第38話 ふたご座流星群を見にいこう

 あの巨大な月は沈み、夜空は星で埋め尽くされていた。

 暗い甲板上では、遙か彼方で灯台の柔らかな光がゆっくりと点滅しているだけだった。

 吐いた息が夜目にも白く輝いて、散った。


 未冬はフュアリに誘われ、甲板に上がって来ていた。ダイエットするなら、いいコースを教えてあげる、と深夜に連れ出されたのだ。


 階段を昇りドアを開けると、冬の外気が肌を刺した。二人は、ブルッと震えた。

 そして、空を見上げる。

「はあ……っ」

 思わずため息がもれた。

「これが全部、星なの?」

 吸い込まれるよぉ。未冬は、ぽつんと呟いた。


「寒くない、未冬?」

 となりで、フュアリが小さく声をかける。

「大丈夫……、ちゃんと厚着してきたから」

 心が、どこかへ飛んでしまったような声で、未冬は答えた。


「月が出ていると、星がほとんど見えないからね。特に時間が重要なんだ」

 未冬は、四人でお月見をした、あの夜を思い出した。


「すごいよ、こんな星空の下ならずっとジョギングしていられる」

「それでもいいんだけど」

 フュアリはその場に腰を下ろした。未冬もその横に座る。

「あの方角を見ていてごらん」

「何が見えるの?」

 さあ、何だろうね。ふふっ、とフュアリは笑った。


「あ、あれーっ!」

 星が、星が動いた。

「なに、今の。星が、すーっ、て」

「あれが流れ星。どう、びっくりした?」

 うん、うんと頷く未冬。

「すごい、どうしてあれが出るって分かったの?」

 月があんな事になってしまって以来、天体に興味を持つ人間が急激に減っていた。だから、こんな知識を教えてくれる人も、今はいないのだ。

 フュアリは遠くを見る目になった。

「いつも、この時期になるとね、決まって見られるんだよ」

 少しだけ、種明かし。

「ふたご座流星群と云ってね」


 未冬は、フュアリがなんだか寂しそうな事に気付いた。涙ぐんでいるようにも見える。

「フューちゃん。どうしたんだい」

 頭をなでてあげる。

「ごめん、未冬。今までは家族と来てたから、ちょっと思い出しちゃった」

「それで、私を誘ってくれたんだ。ありがとうね、フューちゃん」

 照れ笑いでまた空を見上げるフュアリ。


「でも、本気の流星群はこんなものじゃないよ」

「うおう、それは楽しみ」

「あ、ところで未冬。流れ星が消えるまでに三回願い事を言えたら、それは叶うって知ってる?」

 え、何それ。未冬の目が丸くなった。

「よ、よし。やってみるよ。って、あー、もう流れたっ」


 また一つ、流れ星。

「成績が上がりますように、成績が上がり……」

 切実すぎるよ、フュアリは吹き出した。

「だめか、もっと短いお願いにするか」

「いいよ。ご自由に」


 未冬が大きく息を吸い込んだ。

 星が流れた瞬間。


「フューちゃん好き、エマちゃん好き、マリーンちゃん好き!」


「どう、言えてた?」

 フュアリは、ぽかんとしていた。

「あ、ああ。言えてた、と思う」

 でも。

「それ、何のお願いだよ、好きって。びっくりした、何の告白かと思った」

 へへ、未冬は笑った。


「みんなとずっと、友達で居られますように、っていうお願い」

「ばか、そんな事。お願いするまでもないだろうに」

「分かんないよ。わたしとエマちゃんが結婚したら、フューちゃんの事はないがしろにしちゃうかもしれないよ」

 ニヤニヤ笑いで未冬が言う。

「ふざけるな。そんな事したら絶対許さないからな。お前達の寝込みを襲って、二人とも犯しちゃうから」

「あ、それもいいね。すごく楽しみ」


 本当にばかだな、未冬は。

 でも。

 お兄ちゃん。わたしは楽しくやってるから心配いらないよ。

 フュアリは心の中でささやいた。

 宇宙の事や、地球の歴史をいっぱい教えてくれた優しい人だった。


 これから、もしかしたら、お兄ちゃんの事を思い出すことが少なくなるかもしれないけど、許してくれるでしょ。

 だって、寂しくなっても、今はみんながいるんだもの。


 突然、未冬が声をあげた。

 フュアリも空を見上げる。

「あぁ」

 まるで雪が降るように、星が流れていく。


 冬の夜空にまた一つ。そして、また一つ。

 二人の前を流れては、静かに消えていった。


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