第32話 作戦会議を図書室で

 マリーン・スパイトフルと、ミハル・タチカワの二人が机に並んで話し込んでいた。どちらも手にした本について語っているようだ。

「これ、良かったです。さすがミハルさんの選んだ本ですよ」

「ああ、よかった。私もマリーンのこの本、大好きだな。このね、主人公のね…」

 そこで、未冬に気付いた。

「おや未冬。珍しいね、読書しに来たの?」


 ここは士官学校の図書室なのだ。

「いや。わたしは基本マンガしか読まないから。二人はどんなの読んでるの?」

 マリーンとミハルは顔を見合わせた。にこっ、と笑う。

「えへへ、こんなのだよ」


 未冬は、渡された本をぱらぱら、とめくってみる。

「え、ええ?」

 すぐに食いついた。

「ちょっと、あの。これって、…うわ、いやいや、…これは、そんな事を♡…ほほうぅ。…ああ、いやん」

 何事かぶつぶつ言いながらも、本から目を離さない。

 やがて、真っ赤になって顔をあげる。

「はあー、こんな世界があったんだね。何これ」

「男の子同士の、愛の物語」

 くわーっ。未冬は頬を押さえ、奇声をあげた。


「ふたりとも、いつもこんなの読んでるの」

「まあ、そうだね」

「ファンタジックで、素敵でしょ?」

 たしかに、わたしも好きになりそうだけれど。でもファンタジーでは、ないかも。


 見回すと、他にも同じクラスの子がいた。

 アンドロイド疑惑の、ミリア・カーチスだった。

 何を読んでいるのか、ちょっと、のぞいてみる。

 気付いた彼女が表紙を見せてくれた。

『ブレードランナー6』ノベライズ版。

 わざとなのだろうか。疑惑は深まるばかりだった。


「ところで、どうしたの未冬」

「ああ、そうだ。忘れるとこだったよ。男の子の愛の物語が衝撃的過ぎて」

「はいはい」

 マリーンに、さらっと流された。

「実は今度の訓練のことなんだけど」

 拠点防衛訓練。もう一度、地上科だけでチームを組んで飛翔科と対戦することになったのだ。どうやら前回の組み分けは失敗だと分かったらしい。


「作戦を考えようよ、マリーンちゃん」

「ええっ、すごいやる気だね。わたし、半分諦めていたんですけど」

 なにしろ相手はユミ・ドルニエ率いる高速戦隊だ。撃墜するなんて不可能なのではないか。マリーンは当然そう思っていたのだけれど。


「あれ。そういえば未冬、射撃できないとか言ってなかった?」

 ミハルが気付いた。

「ふっ、いつの事を言っているんだい、君は」

 未冬は肩をすくめ、両手を拡げて言った。仕方ないな、と首を振っている。

「こいつ、こんなキャラだったっけ。ちょっとドルニエが入ってきてるぞ」

 苦笑してミハルが言う。


「訓練したんですよ。わたしもっ」

 そう言うと制服の裾をめくる。白いお腹が、模擬弾であざだらけになっている。

「あれからエマちゃんと毎日特訓したんだから」

 はあー、と二人はため息をついた。一方的に撃たれたようにしか見えない。

「エマさんって、容赦ないんですね」

「私も、絶対怒らせないようにしよう」


「丁度よかった。ミハルちゃんにも意見を聞きたいんだけど」

 ユミ・ドルニエと互角に渡り合った彼女だ。いい戦法を知っているに違いない。

「おいおい、ドルニエの次は私の班とやるんだろ。手の内を教えられると思う?」

「もちろん。ミハルちゃん優しいもの」

 臆面の無い奴だなぁ、ミハルは笑った。


「いいかい。あいつらの戦法は『一撃離脱ヒットアンドアウェイ』これに尽きる。高速で接近し、敵を攻撃。反撃がくる前に離脱する。地上科とは最も相性が悪いかもしれないね」

 うんうん、とマリーンが頷いている。

 彼女の格闘戦の能力をもってしても及びようがない。


「だけどね。あいつらはそれが最大の弱点でもあるんだ」

 ほう。未冬とマリーンは身を乗り出した。

「あの人たちは、飛び方が直線的過ぎる」

 言ったのはミハルではなかった。

 いつの間にか、ミリア・カーチスが横に立っていた。

「まるで、スズメ蜂のように飛ぶ。だから、そこが付け入る隙になるかもしれない」

 無表情な顔なのだが、少し悔しさを浮かべているような気がする。あと一歩でユミに撃墜されたからだろうか。


「あの短機関銃マニアの殺人狂がキーポイントかな」

 お願いだからフューちゃんを悪く言わないで。本当はいい子なんです。

「そう。あとは、自分たちで考えるんだね」

 ミリアは片方の口角を少しだけ上げた。


 そうか。何となく分かった気がする。

「マリーンちゃん。寮に帰って作戦会議だ。絶対、今度は勝とうね!」

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