第15話 空母の辺境にあるもの

 昨日のことである。

 ハヴィに連れられた未冬は、軍事エリアを自走通路に乗って横断していた。

 通称、西ブロックから東ブロックへ。

 ただし、都市空母の進行方向によって、いつの間にか実際の東西とは逆転していることも良くある。つまり太陽が西ブロックから昇ることも決して珍しくはないのだ。


「ここからは歩きだ」

 自走通路のプラットホームに降りたハヴィが、忌々しそうに言った。

「でも、まだ続いてるよ」

 不思議がる未冬に、彼女はため息と共に答えた。

「よく見ろよ、ここから先は動いてないんだ。50年くらい前に故障して、それっきり直してないんだって」

 はあー、と未冬も驚いた。

「あの、ハヴィちゃん。間違ってたらごめんね。これから行く所は、軍の技術開発部、なんだよね」

「そうだよ。実験部隊というのが俗称だけどな」

「なのに、こんな通路も直せないのかな」

「……うん。未冬にしては良いこと言った。着いたら主任技官に言ってやってくれ」

 それから二人は艦の外壁部に向かって歩き続けた。


 以前、士官学校の寮は安普請だと言ったことがある。

 それは訂正した方が良さそうだ。未冬はそう思いながら、ハヴィに問いかけた。一縷いちるの希望とともに。

「あの、ハヴィちゃん。ここ、きっと何かの倉庫なんだよね」

「いいや。ここが、技術開発本部、だ」

 ハヴィはにべもなく答えた。


「だって」

 演習場とおぼしき、広さだけはある空間の一部を薄板で仕切り、所々窓らしき穴を開けただけの一画。入り口付近は、訳のわからない機械がいくつも転がっている。

 倉庫と言ったのも百歩譲ってのことだ。普通はスクラップ置き場と呼ぶだろう。

「ハヴィ・ラント、入ります」

「失礼しまーす」


 室内も外とたいして変わりはない。変な機械が所狭しと並べられている。ただ、机が据えられて、研究者らしき人たちが作業をしているので、やっと室内だと分かる。

 二人を待っていたのは銀髪で白衣姿の、長身の男、だった。

「お、男?」

 未冬は思わず声をあげた。この都市空母のみならず、世界中で男性の数が激減している。こんな、ちゃんと成人した中年男など、滅多に見られるものではない。

「あれが主任技官のグールド・タンク教授だ」

 ハヴィが紹介する。


「おい、そこの小娘」

 大声で教授が言った。きっと耳が遠いのだろう。

「わたしですか」

 ハヴィは嫌そうに答えた。

「違う!そっちの、乳のでかいほうだ」

「くっ」

 右手を握りしめるハヴィ。

「お前か、『飛べないアヒルの子』は。ふふっ、待っていたぞ」

 やせこけた頬をにっ、と歪めて教授は言った。


 未冬は気付いた。

 教授の左目は義眼だった。いや、義眼というような生やさしいものではない。本来の目に似せようという努力は全くみられない代物。

 全体が鈍い銀色で、中央には瞳孔の役割をするのだろう、カメラの絞りのようなものが見える。さらにその奥では小さなレンズが前後してピントを合わせているようだ。こんなのが、よく眼窩に収まっているものだと未冬は感心した。


「ほう、わしのこの目が気になるか」

 なぜか未冬の瞳がキラキラ輝いている。

「はい。それ、そこからビームが出るんですか!」

 教授は無言でハヴィの方を見た。眉をひそめて、何か言いたげだった。

 ハヴィは片手で謝る仕草をしている。


「ふ、ふっふふ。なんと、一目でそれを見抜いたか。そうだとも」

 気を取り直した教授はそう言うと、窓から演習場の方を指さした。

「あの的を見るが良い。今からそれを見せてやろう」

「はいっ」

 的の方に向き直った未冬の後頭部を、教授が思いきり、はたいた。

「いった。何するんですか」

「阿呆かっ。出るわけがあるまいが。いや、もちろん、わしの技術をもってすれば、簡単に出来るのだぞ。今だって、距離を測るためのレーザーは出せるからの」

 それが何の役にたつのか分からないが、自慢げな表情で教授は言った。


 教授!と奥の机から女性が立ち上がった。

「ビームは駄目だって言ったでしょ。もう忘れたんですか」

 つかつか、と彼らに歩み寄る。


 教授も長身だが、この人も同じくらいの背がある。二十歳過ぎくらいの年齢。黒髪を後ろでまとめた、少しクールな感じのその容貌、未冬はどこかで見た事があるような気がした。

「こいつは、助手1号のレオナ・ロメオ。わしの娘だ」

 彼女は肩をすくめた。


「あ、分かった。ドルニエちゃんだ」

 未冬が声をあげた。この雰囲気がそっくりだった。

「すみません、友達によく似てるんでびっくりしちゃって、つい」

「ああ、ユミ・ドルニエね」

 レオナは別に驚いた様子も無い。

「なんだ、知り合いだったんですか」


「あれは、わしの最後の娘だ」

 教授が口を挟んだ。

「異母姉妹、ということになるのかな」

 レオナが少し微妙な表情になった。……それって。

「つまり、わしが、というか、わしの冷凍精液がその二人の父親ということだ」

「生々しい話は止めてください!」

 また怒られている。この教授。

「あなたも、教授に変なことそそのかさない方がいいよ。結局自分に返って来るんだからね」


「最初に確認しておくぞ。本当に飛べないのだな」

 タンク教授は未冬の顔を見詰めた。

「そして、飛びたいという意思は十二分に持っている、と」

 は、はあ。と未冬は仕方なく頷いた。

「飛ばせてやろう。お前は今日から飛べないアヒルではないっ!」

 ロースト・ダックにされそうなんだけど。小さくハヴィが呟く。

「あれを見ろっ」

 彼が指さした方を見た未冬は口が、ぽかんと開いた。



「なに、そこに何があったの?」

 フュアリが身を乗り出した。士官学校寮の食堂である。

 未冬は思い出してため息をついた。あれを何と言って説明すればいいんだろう。


「簡単に言えば、背中に装着する巨大なプロペラだったよ」

 その内、頭に装着できるくらいコンパクト化するのだ、と言っていたが。


「それで、飛べるんですか」

 マリーンがなんともいえない表情で訊いてきた。

「うん。実験では、装着した人形の方が凄い勢いで回ってた」

 四人でひとしきり爆笑したのだったが、エマがぽつん、と言った。

「飛べてないじゃん」


「だから、あとは意思の力で何とかするんだ、って。わたしが選ばれたのはそんな理由らしいんだけど」

「意思の力って、脳波でコントロールするとかじゃないんだね。体力勝負なんだ」

 呆れたようにフュアリが言った。

「だって、どこも予算不足なんだって。レオナさんが嘆いていたよ」


 それは、予算の問題なのか。未冬をのぞく三人は同じ事を思った。どうか、この子が無事でありますよう。そう願うしかなかった。


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