中学生の頃、俺はを望んでいた。明日にもこの国がどこかの国と戦争を始めたら、それはきっと面白いことだろうと考えていた。

 中学時代とはつまるところそういう時代だ。誰も彼もが着たくもない制服に身を包み、つまらない日常に息を詰まらせ、管理され、抑圧されている。

 戦争を知らない俺たちにとって、戦争は解放の象徴だ。暴力は人間をいちばん人間らしくさせるし、人間らしい生き方を生きるときが、人生が最も生き生きとする瞬間だ。

 だからこの時代はみなが暴力的で、本当の自分を求めてぶざまにもがいていた。もがいてもがいて、そうしてようやく暴力とは痛みを伴うものなのだということを知るのだ。だがその頃の俺はその痛みにも自分の暴力にも無自覚で、つまりはいちばんぶざまな時代だった。

 俺はその頃「本当」を求めていた。俺の場合、本当のものは書物の中にあるものと思っていた。だから神楽坂海月かぐらざかみづきと最初に言葉を交わした場所が学校の図書館だったことは、なんとも皮肉な話だった。

 古紙から立ちのぼる微細な埃に窓の夕陽が光を投げかけて、微生物の屍骸めいた白い粒子が空中を漂っている。

 まだ入学式からも日がない頃のことで、俺は小学校より少しだけ程度の上がった蔵書棚を、いまだ新鮮な気持ちで見ていた。

 俺はその日、二冊の本を借りようとしていた。ひどい誤訳悪訳で有名な海外ミステリの文庫本と、旧字体で印刷された三島由紀夫の金閣寺。当時の俺は、小説というものは読みにくければ読みにくいほど高尚なのだという妙な信仰を持っていた。

 カウンターの内側にはひとりの女子生徒が腰かけていた。彼女は暇つぶしに読んでいたらしい大判本から目を上げて俺の顔をちらりと一瞥し、事務的な動きでその本を受け取った。そうして裏表紙を開いて、奥付に貼られた黄ばんだ貸出票に真新しいあかの図書印をした。

 そこで俺と彼女との関わりは終わるはずだった。

 向こう側とこちら側をカウンターに区切られた、社会的な業務上の関係。だが、手続きの終わった本を俺に差し出したときに彼女がふと口にした一言が、その境界を破ることになった。

「その本、僕も読んだよ。実に面白い本だった。まさか犯人が被害者の秘書だとは思いもよらなかったな」

「――――え」

 俺は唖然として女子生徒の顔を見やったが、彼女はこともなげに読みかけの本に目を落として、二度と俺を見ようとしない。俺は抗議の声を上げたかったが、閑とした図書館の雰囲気に沈黙を強いられて、何も言わないまま図書館を出た。

 その時に会った女子生徒が神楽坂海月だった。この劇的な出会いが、俺のなかに神楽坂という奇妙な人物を強く印象づけたことはいうまでもない。

 なにより衝撃的だったのは、結局その小説を最後まで読んでみれば、神楽坂が俺にばらした結末は嘘も大嘘、実際は全然違う人物が犯人だったことだった。

「今までで一番『意外な犯人』だっただろう?」

 後日、俺が教室で神楽坂を問い詰めると、彼女は飄々と笑った。


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