第9話 命護りし八翼 極光放つは咎への断罪

 ―――アインスの町


 隣国の兵士たちは笑みを浮かべながらアインスの町を侵攻すべく、少しずつ近づいてくる。

 門兵達も武器を構えるがもともと軍戦などを想定されていない武器ではとてもではないが正規軍にはかなうはずもない。

 町にいる誰もが未来を想像する…血塗られ終わる自分たちの末路を。


 そしてすぐそばまで来た兵士たちの隊長が「突撃!」と声をあげようとしたその時、町とその周りは空に突然放たれた激しい光により視界が奪われる。町の住民も攻め込もうとしていた兵士たちも。

 ようやく光が収まり空を見上げた見たものは、


 輝く八翼を広げ空に立ち瞳を閉じている美しき女神…アーヴァロンの姿だった。


 彼女は背中の翼を大きく開く。

 すると翼から小さな光が雪のように降り注ぎ世界を覆いつくす。

 町の住民も、隣国の兵士たちも思わずその幻想的な光景に心を奪われる。


 光の雪が降り注ぐ中、アーヴァロンが静かに目を開く。

そこには綺麗な銀色と金色の瞳があり、その瞳は隣国の兵士たちの隊長に向けられていた。神が静かに美しき声で男に話しかける。

                    

「止まりなさい人の子よ。ここから先は我が護りし領域ここから先に進むことは許されません。もしこれより先に進むのならば命の保証はできません。自分の国へと帰りなさい」


 神のその声に隣国の兵士たちは動揺し隊長のほうを見る。

「自分たちはどうすればいいのですか?」と。

 そして隊長の男は頭をブンブン振るとまわりの兵士たちに呼びかける。


「お前たちひるむな!あれは敵軍の出した幻覚魔法だ。ひるむな!」


 男のその話を信じた兵士たちが「おおおおおおお」と声をあげて士気を保とうとする。


 そして隊長は先ほどの問いに笑いながら答える。


「断る!ここを手に入れて俺の功績をあげ俺は国で貴族になるのだ!故に下がるわけにはいかない。何より俺は神なんて信じないのでな!こんな魔法なぞ効かんぞ!」


 男はあくまで幻覚魔法で映し出された神の虚像だと思い込み、町の中にいると思われる魔法使いに答える。そんなものはいないのに。

 再び神の声が周囲の人間すべてに響き渡る。


「ならば町の住民を殺す必要はない。町を奪って住民たちを解放しなさい」

「断る!俺は人が死ぬときにする表情が大好きなんだよぉ!知ってるか偽物の神!普通に人間を殺せば『殺人』だが……戦場なら殺せば殺すだけ『英雄』になるんだぜ!こんなに楽しいことやめられるかよ!」


 男は狂気を浮かべながら酔ったように話す。それはもはや異常者のそれだった。





 この神と隊長のやり取りに兵士も住民も集中している中、一人膝をついて祈りを捧げている者がいた。…アヴェマリアだ。


 彼女は何度もアーヴァロンにあって会話をしている。

 だからこそ気づいている。いつも暖かい日の光のように優しい神の声が…怒りに満ち恐ろしいほどに冷たくなっていることに。

 神が激怒していることに。


 彼女は祈る。

「どうか…神が人に呆れ…我らを見捨てませんように」と。






 そんな中、神と男の会話は続く。


「……最終警告です。今すぐ軍を引き国に帰りなさい。今ならばまだ許しましょう」

「ハハハハ!誰がそんなことするか!ここはもう俺の物になることが決定したんだよ!それに神なんているわけないだろう!この偽者め!行くぞ!全軍突撃!!!」


 神の忠告を無視した男は全軍に一斉に進軍の号令をかける。

 この瞬間…この男達の運命が確定した。


 神は静かに目を閉じて呟く。


「是非もなし。我が愛しき子らに刃向けし愚か者どもよ!神罰を受けよ!」


 そう言いながら八翼をさらに大きく広げアーヴァロンを中心に町も軍の兵士も全て範囲に収めた魔法陣が空に展開される。

 瞬間兵士たちが驚き足が止まる。


「な…なんだあれ?」「あんな魔法見たことない」「まさか本当に神なんじゃ」「防御魔法を急いではれ!」「はったりだろ!」


 など様々な言葉が戦場を飛び交う中、神言が紡がれ…アーヴァロンのもう一つの神格「守護」の力が発動する。


「滅び回帰し光へ帰れ!其は浅ましき業持ちし咎人なり!守護の名のもとに今こそ神の守りを顕現せり。【天光回帰アルド・アルジローレ】」


 その言葉を鍵として神の力が発動する。

 それは悪しきを無に帰す神の光。優しき神の守護の意思。


 空から降り落ちていた光が空へと戻っていく。時が巻き戻るように。

 そしてその光を見ていた兵士たちはやがて自分の異変に気付く。

 彼らの体は足の先から少しづつ光の粒子に変わりながら空に昇って行っていることに。

 先ほどまで意気揚々と攻め込もうとしていた兵士たちから悲鳴が上がりだす。


「助けてくれぇ!」「嫌だ!嫌だぁぁぁ!」「うわぁ!やめてくれぇ!」

「……ははは…これは夢だ!夢だ!」「許してくれ!俺は命令されただけなんだ!」「……あ…あ…あ」


 その声を神は聞いている。だが神は静かにその様子を見つめる。

 悲しそうな表情で。


 しばらくして空にのぼっていた光が収まる。

 そして光の収まった戦場には…誰もいなかった。


 攻め込もうとしていた兵士の隊長も。


 その命令を受けていた兵士も。


 その者たちが落としていった武器すらも。


 全て光になって消えていった。


 空からその様子を見たアーヴァロンは悲しげな表情をした後に町の住人たちに視線を向ける。そして翼を広げながら彼女は、


「愛しき子らに祝福を!そして害せし悪意に戒めを!」


 と言い住民たちに加護を与えた後、光を纏いその場から消えていく。

 彼女の消えた後には光り輝く羽が広がり光になって消えていった。





 ――――神界 上位神の間


 転移を終え私は上位神の間に帰ってくる。

 気分は最悪だ。できれば誰も殺したくはなかった。

 でもあれ以上の横暴を許すわけにもいかない。

 私だって神になった自覚くらいはある。

 これは必要なことだってわかる。

 それでも…誰も犠牲になってなってほしくなかった。


 他の上位神のみんなが心配そうにこちらを見てるけど今の私は会話もする元気はない。

 暗い気分のまま私は上位神の間から出ていこうとしたその時私を誰かが呼ぶ。


「……まてよ。アーヴァロン」

「……何?…」


 私を呼んだのはヴァルドゥールだった。

 彼は少し気まずそうに私に言う。


「……なんだその…少なくともお前は大事なモンを守ろうとしていた。だから……お前は…その…あんまり気にすんな。俺だって信者は大事だからな。……それと…お前が生まれたばかりの時お前を認めないなんて言って悪かった。お前は立派な神だ。すまなかった!」


 彼はそういうと頭を下げながら謝ってくる。

 そこには私を気遣ってくれている言葉と自分の思ったことを伝えようとしているまっすぐな言葉があった。

 思い返してみれば彼が私にちょっかいをかけていた時、どことなく私を心配して言っていたような気がする。


 そう考えているとイヴァルティアが隣にやってきて私に言う。


「……不器用ですが…優しいんですよ?彼。言葉使いや態度はあれですが……いつも神になったばかりのあなたを心配していましたから」


 やっぱり私を心配してくれていたんだ。

 そう思うと心が温かい気持ちになる。

 今の冷え切った私のなかに小さな火が灯る。


 私はヴァルドゥールの前まで行って笑いながら話しかける。


「……ふふっ…前半はともかく、後半は今言うことじゃないよ」

「なっ!それは!」


 何か言い返そうと知ったヴァルドゥールが顔だけ上に向ける。

 そんな彼に私は満面の笑みを浮かべて彼にお礼を言う。


「認めてくれてありがと。これからもよろしくね!ヴァルドゥール!」


 お礼を言った私はヴァルドゥールからもらった元気を胸に上位神の間から出ていく。


「行くよハスデヤ!疲れたから一緒に寝よ!」

「はい!お供します我が神!」


 元気に返事をしたハスデヤと一緒に自分の部屋に帰る。


 これからも嫌なこともあるかもしれないけど…頑張ろう




 ―――上位神の間


 アーヴァロンが出ていった上位神の間そこには集まったイヴァルティアとケリュケイオン、アポロヌスとヘクセンチア…そしてアーヴァロンの顔を見た時の姿勢のまま固まったヴァルドゥールの姿があった。

 ヴァルドゥール以外の神達は固まって頭から湯気を出している彼について話し合う。


「…ああ…あれは…惚れましたね」

「アハハ!あれは惚れたねー」

「うん。あれは惚れたね」

「同意見。惚れた」


 他の神達はにやにやしながら上位神の間から出ていく。



 そして上位神の間には固まったままのヴァルドゥールが一人残された

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