第15話 クリスマス

 センター試験まで1ヶ月を切った。栞は毎日黙々と勉強している。落ちる訳にはいかない。パパのお勧めで私立も受験させてもらえるが、私立大学なんて以ての外、実質的には国立一本だ。世間では今日はクリスマスイヴ。街には定番のクリスマスソングが流れ、フライトチキン店には行列ができている。クリスマスか・・・。栞は数学の問題の解答 「X=」の所を「X'mas=」とふざけてみた。答えは一緒だ。=の右に「0」を書き足してみる。よく出来てるじゃん、クリスマスはゼロだって。


 去年はここに来て初めてのクリスマス。パパは張り切って大きなツリーまで出してきて、あれオーナメントがない!佳那どこやった?とか、人のせいにしてた。佳那さんに怒られるよ、勝手なこと言ってると。栞は笑ったものだ。

 栞はふと子供の頃を思い出した。そうだ、小さい頃はお父さんがイブの夜に枕元にプレゼントを置いてくれてた。何故かサンタ帽だけ被って、そーっと入って来て。でも、あたし知ってたんだ。お父さんがサンタさん役ってこと。プレゼントが無くなったのはいつからだろう。お父さんとお母さんの仲が悪くなった頃、中学に入る前くらいからかな?


 今年は去年に続いてパパがプレゼントをくれた。嬉しい。パールのネックレスだった。大人になったら要るからなって少し照れてたけど、娘と思ってくれてる。でも本当は家族じゃない。本当は、あたしは一人ぼっちなんだ。誰もあたしがどこで生まれてどうやって大きくなったって知らない。あるのは「今」だけ。

 パパの厚意で、それもどびきりの厚意で毎日学校に行けて、毎日ご飯が食べられて、毎日ベッドで寝られる。

 栞は急に切なくなった。パパは本物のサンタさんみたいだ。


 だから・・・本当はずっとずっと一緒にいたいんだけど、七夕の短冊にも書いちゃったけど、でもそんな事は許されない。本当はこんな気持ちをパパに持つことも、許されないんだ。想っちゃいけないんだ。

 今は親子。あたしがこの家を出るまではずっと親子のこのままで。神様、そうさせて下さい・・・。


「おーい、しおりー」

 ドアがノックされた。栞は慌てて「X'mas=0」の「'mas」だけを消しゴムで消した。左門がドアを半分開けて顔を見せる。


「栞、外、雪だわ。ホワイトクリスマス。ちょっと見にお出でよ」

 栞は、はあいと答え、左門に続いてベランダに出た。聖なる夜に舞う粉雪。隣の公園はうっすら白くなっている。

「こりゃ明日は積もるかもなあ」

 左門が白い息を吐く。神様、きれいだけど、こんな小道具は要らないよ。気持ちが変になっちゃう。栞はにじんできた目をぬぐった。


「あれ?栞、どうした? 駄目だよ。積もったとしても、雪だるまは作りませーん。何しろ超受験生だからな。手が霜焼けにでもなったら大変だ。書けなくなっちゃう。悔しいのは判るけどな、お預け!」


 底抜けにどーでもいいパパの言葉。でも多分この会話、一生覚えてそうだ。栞は切なさとお可笑しさがチャンポンになって、思わず左門の足を踏んづけた。


「うあっ!いてっ。何すんだいきなり! そんなに雪だるまが悔しいかっ」

「もう、雪だるまをそのまま雪合戦のボールで投げつけたい気分よ!さ、お勉強しよっ!」

 

 栞は凍えた掌を息で温めながら部屋に戻った。そして、先程の X=0 を 改めて X'mas=♡ と書き直した。


 左門は一人残されたベランダで、手摺りに薄く積もった雪をかき集め、超ミニサイズの雪だるまを作った。そうっと手摺りの下に置く。明日の朝にはもう少し太ってるかも知れんな。栞も外を覗いたら気づくだろうな。後で応援旗でも持たせようか。左門は思わず小さな雪だるまに手を合わせた。

『栞の努力が、どうぞ報われますように。全世界の神様、よろしくお願いします』


 聖なる夜は、しんしんと雪が降り積もり、翌日の公園は子どもたちの声で満たされた。そんな様子をベランダの小さな雪だるまも微笑ましく見ている様だった。爪楊枝の腕に『必勝』と書かれた小さな日章旗をくっつけて。


 そうして翌年春、栞はめでたく地元の国立大学経済学部に合格した。

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