道の駅・龍勢会館→山逢の里キャンプ場

第五話「ランチに迷う。でも、やはりカツカレーを選ぶ」

 ジューシーという言葉は、肉にこそふさわしい。

 果物がジューシーとか言われても、当たり前すぎておいしさの表現としては、まったくもって盛りあがらない。

 だが「この肉、ジューシーだ。肉汁がジュワ〜ッとでてくる」など言われれば、食欲へダイレクトに響いていく。

 泊は自分の手にある一口だけ噛んだメンチカツを見ながら、そんなことを考えていた。


 最初の歯ごたえは、やはりサクッ。

 サクサクサクッという音と共に歯が食いこむと、次に来るのは肉汁。

 しかし、これはジュワ〜ッと攻めてくる感じではない。

 シュワッ、プシュッって感じに、まるで炭酸のように、噛むたび弾けて飛びこんでくるのだ。


 本当にいい肉の脂はおいしい。

 それは「脂」という字を見てもわかる。

 この漢字にある「月」は「つきへん」ではなく「にくづき」だ。

 つまり「肉」を現す。

 そしてつくりの「旨」は「うまい」とも読む。

 つまり「肉で旨い」のが「脂」なのである。


(ほむ。脂が甘い……)


 ソースをかけなくても肉の旨味がたっぷりで味わえるが、そこにソースをかけるとまた風味が高まる。

 醸し出されるコクは甘露。

 これは帰りにお土産にしなくてはと心に誓う。


(冷凍物も売っていたが、キャンプ場で揚げるのは面倒だからな……道具もないし)


 とりあえず、スマートフォンで撮ったメンチカツの写真を友人二人へ送る。



――とまり@ソロキャン中:花園黒豚メンチカツの飯テロ喰らえ!



 そしてネコ耳をつけた泊のアイコンと共に、テキストをチャットで送信。

 その返事は電光石火だった。

 スマートフォンの画面に、イヌ耳をつけた晶のアイコンが映る。



――AKIRA@ランナー:うまそー!


――とまり@ソロキャン中:事実、うまい。

――とまり@ソロキャン中:口の中が幸せなこと、この上マックス。絶賛、昇天中……。


――AKIRA@ランナー:くっそ〜〜〜!

――AKIRA@ランナー:練習休憩中で腹ペコだから 今すぐここまでブツを運んでこい!


――とまり@ソロキャン中:フッ。

――とまり@ソロキャン中:そうくると思ったので、すべて始末してから飯テロした。


――AKIRA@ランナー:この悪魔め!

――AKIRA@ランナー:後生だからお土産を……


――とまり@ソロキャン中:考えておこう。

――とまり@ソロキャン中:今後の貴様の態度次第だがな……。


――AKIRA@ランナー:悪魔というより悪党だな!



 さらに表示されたのは、ウサギ耳の遙のアイコン。



――はるはる@お休みです:おはようございますー。とまとま、花園についたのねー


――とまり@ソロキャン中:早くはないがおはよう。花園の道の駅だよ。


――ハルハル@お休みです:おいしそうなメンチカツねー

――ハルハル@お休みです:これからランチ? わたくしもご一緒していい? ヘリで行くからー


――とまり@ソロキャン中:ヘリポートなんてねーよ……。

――とまり@ソロキャン中:いや、あってもくんなよ。はるはるなら、本当に来そうで怖い。


――ハルハル@お休みです:うふふー


――とまり@ソロキャン中:じゃあ、そろそろ出発する。


――AKIRA@ランナー:気をつけろよ。オレも また走ってくる


――ハルハル@お休みです:気をつけてねー。遠い空から見守っているわー(監視衛星)


――とまり@ソロキャン中:はるはるの家、本当にもっていそうで怖いからやめて……。



 いつものバカ会話が終わると、スマートフォンをしまう。

 心配する二人には、定期的に連絡を入れることになっていた。

 金銭以外は放任主義の親よりも、よっぽど心配してくれる。

 ありがたいことだと思いながら、泊はPS二五〇にまたがった。


 そこからしばらくすると、皆野寄居有料道路に繋がる皆野寄居バイパスにはいる。

 有料道路を通らないと、荒川に沿って大きく北へ迂回しなければならない。

 金がかかるが、やはり時間と距離が短縮できるのは大きい。

 バイパスに入ると、すぐに荒川を渡る高い橋にさしかかる。

 左には、荒川の白と青が美しく伸びている。

 右には、玉淀たまよどダムと、それによりできた玉淀湖が見えている。

 橋の高度はかなり高いため、空中散歩気分だ。

 運転中で、ゆっくり見られないことが残念である。


 そこから加速度的に、建物が減っていった。

 山や田畑ばかりとなり、自然の中に飛びこんでいく感じが味わえる。

 それは否応なしに、「キャンプに来た」という気持ちを高めてくれる。

 不思議と電車の旅よりも、そういう移り変わりが実感できる気がした。


 長いトンネルを抜けて、皆野寄居有料道路の真ん中辺りまで来ると、右手に休憩所という建物が見えた。

 売店と軽食店という感じだろうか。

 峠の茶屋のような雰囲気を醸す店構えには、一休みしていかないかというようなお誘いの看板、そして泊のことを誘惑するのぼりが立っている。


(おにぎりと……みそアイス!? 秩父と言えば味噌……味噌なのかぁ……)


 有料道路もあと半分。

 確かに休憩したくなる絶妙なタイミングだ。


(ほむ。だが、誘惑には負けない……)


 もし、これが完全な空腹だったら敗北が決していたことだろう。

 しかし、今の泊には偉大なる守護の力が働いていた。


 口の中に残るメンチカツの風味。


 あのうまき肉汁の記憶。

 それが誘惑から守ってくれる。

 彼女はメンチカツに心で礼を述べてから、バイクのアクセルを開け放つ。

 だが、決してこれは逃げではない。


(味噌を味わうのは、またのちほどだ……)


 別に秩父の味噌を食べないとは言っていない。

 あとで味わえばいいのである。


(今は好機ではない……待っていろ、味噌)


 そこからまたしばらく走って有料道路を下りると、道端には温泉の看板が目立ってくる。


(ほむ。ドッグスパ……犬専用の温泉があるのか……)


 それらの看板を横目にひたすら進む。

 そして見えてきたのが、次の目的地だった。


(あれか。【道の駅・龍勢会館】……雰囲気いい……)



【道の駅・龍勢会館】

http://www.ryuseinomachi.co.jp/ryusei/



 交差点に面して、瓦屋根の古民家のような建物が見えてきた。

 手前に見えている大きい建物が、龍勢茶屋。

 中には、食事処と農産物直売所が入っている。

 その後ろにも建物があり、それがどうやら「龍勢会館」本体らしい。

 龍勢というなんともかっこよさげな名前だが、どうやらペットボトルロケットのすごいやつのことらしく、それを飛ばす祭りが埼玉県秩父市吉田地区であるらしい。

 それが「龍勢祭」、正式名称は「椋神社例大祭」。


(ほむ。展示を見に行きたいけど時間がないな。帰りにでも寄ってみるか……)


 とりあえずは、茶屋でランチである。

 ここに美味しいカツカレーがあると、ウェブの情報で泊は見つけていたのだ。

 それ以来、頭の中がカツカレーに支配され、今日の昼飯はこれしかないと決めていたのである。


 店は、一昔前の喫茶店か食堂のような雰囲気だ。

 入口には、メニューのポップがたくさん貼ってある。


(ビーフ、ポーク、チキン、すべて入ったカレー……これだ。この平等感。こいつにさらにトンカツをのせる。……あれ? 豚の勝ちじゃないか。どうせならカツもビーフカツ、ポークカツ、チキンカツを平等にのせるべきなのでは?)


 そんなどうでもいいことを考えながら、泊は店内に入ることにする。


 中にはテーブル席が縦に三卓ほど並び、なぜか真ん中にカウンター席らしきものがある。

 その反対側にも、テーブル席が並ぶ。

 まだランチタイムには早いせいか、お客さんは家族らしき三人組だけのようだった。

 右の方を見れば、直売所へ続く通路がある。

 かつては、この茶屋と直売所の間にピザ屋があったらしいが、今はなくなっているようだった。

 左手には、券売機がある。

 どうやら食券制らしい。


(腹具合は……今日のわたしはイケている! 大丈夫をありがとう、道の駅・はなぞのの店員さん! ……って、味噌ポテト? ここでも味噌の誘惑……。くっ。メンチカツを食べてなければ、これにも挑戦したのに。だが、後悔などしていないぞ! うまかったし。……ああ、でも味噌ポテト……気になる……)


 葛藤しながらも未練たらたら。

 それでも最初の予定どおりカツカレーの食券だけを買い、席について店員に渡す。

 ご飯は普通の白米と、古代米というのを選べた。

 よくわからないで悩んでいると、店員が「半分ずつにできる」というのでそれで頼むことにした。


 ワクワクとしてしばらく待つ。

 その間、チャットで龍勢会館についたことを書きこんでから、これからの予定を考える。


(この後、直売所を覗いてから出発。一二時半にでれば、チェックインの一三時には余裕で間に合う。その後、設営してから執筆。夕方に風呂に入って夕飯食べてまた執筆して……)


 自然の中で執筆三昧。

 そんなキャンプ場でのことを考えると、カレーを待つことよりもワクワクできた。

 気分がよければ調子がのり、半日で二万字ぐらい書けてしまうかもしれない。

 そうしたら、ウェブ掲載小説のストックがかなりたまってくれる。

 それに今回は、二泊三日だから明日は丸一日、執筆することができる。

 キャンプの用意や往復で時間を取られるが、それを考えてもおつりがくるかもしれない。


「お待たせしました。カツカレーです」


 目の前のテーブルに置かれたカレー。


(おお……カオスにカラフル……)


 それはなんとも彩り豊かに盛られたカツカレーだったのである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2018/12/scd001-05.html

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