回想 神隠し編

1 神隠し事件

 地下水道での事件から二週間後。


檜葉ひばちゃん。今日って何日だっけ?」


 仕事で夜光やこう警察署を訪れていた美岡みおか咲苗さなえが、向かいの席で小難しい顔をして捜査資料とにらみあっている檜葉ひば優典まさのりに問い掛けた。


「檜葉ちゃんはよしてくれませんかね、捜査官殿。今日は五月十日ですよ」


 雑談なんぞに付き合ってられないというのが檜葉の本音だった。

 先月児童公園で起こった殺人事件は未だに解決の糸口は見えず、十年前に都内で発生した連続殺人と手口が酷似しているという新情報が、現場をさらに混乱させていた。

 事実関係の確認に追われている上に、怪奇かいき事象じしょう特別とくべつ対策室たいさくしつと署との橋渡し役までこなさなければいけない今の檜葉の立場は、なかなかハードなものである。


「今日でちょうど四年になるのね」


 咲苗は憂いを帯びた表情で、窓の外の景色を見つめていた。


「そういえば、そうでしたね」


 檜葉が捜査資料を捲る手を止めた。仕事に忙殺されて失念していたが、もうそんなに経つのかと思うと、時の流れを感じずにはいられない。


「神隠し事件。あれが全ての始まり」

「あの事件が無ければ、じんはもっと普通の少年として人生を歩んでいたでしょうね」


 咲苗は対策室の捜査官として、檜葉は警察官として、それぞれの立場で事件に関わっていたのでよく覚えている。深海ふかみじんという少年を闇へと引きずり込み、ファントムと戦う宿命を植え付けたあの事件のことを。




 四年前の五月十日に起こった、中学生の集団失踪。

 通称、神隠し事件。


 夜光第一中学校の一年生五名が突如として失踪したこの事件。

 その内の一名は事件発生の五日後に発見されたが、残る四名は未だ行方不明のままとなっている。


 唯一発見された生徒の名は深海尋。

 当時まだ十三歳であった。




 物語は四年前へとさかのぼる。


 放課後の一年二組の教室で、六人の生徒が机を囲んで談笑を交わしていた。そのうちの一人、明るい性格でクラスの中心人物である藤沢ふじさわ宏人ひろとが、唐突にある話題を切り出した。


「なあなあ、裏山の都市伝説って知ってるか?」


 生徒たちは裏山という呼称しているが、正確にはそこまで高度の無い丘であり、キャンプ場や自然公園といった野外施設が有名だ。今月末には第一中学の生徒達も写生大会で訪れることとなっている。


「古い神社があって、そこで何年か前に人が消えたってやつか?」


 宏人の友人で、運動神経抜群の森塚もりづかりょうが答えた。


「何それ、怖いよ」


 和人の隣の席の女子生徒、富良野ふらの千佳ちかが大袈裟に肩を抱き、か弱い女の子アピールをしている。彼女の視線は、常に宏人の方へと向けられていた。


「は、初耳だけど、そんなことがあったの?」


 涼の向かいの席の男子生徒、四方木よもぎはるかが消え入りそうな小さな声で言う。大人しい性格の遥は、友人同士で話している時でさえもどこかおどおどしている。


「実は、四年前の写生大会の時にうちの生徒が一人迷子になったらしくてな。古い神社の境内で、鞄やスケッチブックは見つかったらしいんだけど、結局本人は見つからず、今も行方不明のままなんだってさ」


 遥の疑問に宏人が嬉々として答える。中学生という年頃だ、怪談や都市伝説といった話題が楽しくて仕方がない。


「宏人、それって本当なの?」


 特別こういった話しに興味があるわけではないが、宏人と話題を共有したい一心で千佳が食いつく。


「俺の従兄がここの生徒だった時に実際に起こった事件らしいぜ。図書館で当時の新聞も調べてみたけど、本当にうちの生徒が行方不明になってたし」

「じゃあ、間違いないね」


 遥も納得がいった様子で、しきりに頷いている。


「それでさ、こっからが本題なんだけど。明日みんなでその神社を見に行ってみないか? なんだか面白そうじゃん」


 宏人は好奇心の赴くままに提案した。明日は土曜日で学校が休みなので、皆で集まって行動するのにも都合がいい。


「おっ、面白そうだな。俺は賛成」


 涼が真っ先に名乗りを上げる。休日に裏山で古い神社を見に行くというのは、活発な性格の彼の冒険心をくすぐった。


「私ももちろん行くよ。宏人と一緒に」


 休日を宏人と共に過ごせるというだけで、千佳は大賛成だった。


「で、でも、何か怖いよ」


 賛成の流れに逆らって遥は消極的だった。元々行動的なタイプではないし、オカルト染みた話しも苦手としている。


「みんなで行けば大丈夫だって、ビビるなビビるな」


 涼が豪快に笑い飛ばし、遥の背中を押そうとするが、やはり遥の態度は煮え切れない。


「人数は多い方が楽しいだろ」

「う、うん。分かったよ……」

「決まりだな」


 涼の圧に押され、結局は遥が折れた。大人しい遥にとって快活で押しの強い涼は少し苦手なタイプだ。


深海ふかみ志藤しどうはどうする?」


 宏人が残る二名。深海ふかみじん志藤しどう世里花せりかに確認する。


「どうせ明日は予定も無いし、付き合ってやってもいいぜ」


 そこまでオカルトに興味は無いのだが、暇つぶし位のつもりで尋は頷いた。


「じゃあ、私も行く」


 尋も一緒ということが決め手となり、世里花も裏山行きを決めた。オカルト染みた話しは少し苦手だが、裏山へのピクニックだと思えばそれなりに楽しみだ。


「世里花も一緒で良かった。危うく女の子はあたし一人になっちゃうところだったよ」


 女子が他にも参加することが決まり、千佳も表面上は喜んでいた。


「よし、決まりだな。明日は駅前のバス停に集合な」


 宏人の案に全員が頷いた。神社に近いキャンプ場の入り口まではバスで行ける。そこから先は少し歩くことになるが、それほど険しい道ではないので、中学生の足でも神社を目指せる。


「持ち物は各自に任せるけど、午後までかかるだろうし弁当を忘れるなよ」


 宏人が白い歯を覗かせる。ピクニック気分なのはみんな同じだった。


 ※※※


「ピクニックみたいで楽しみだね」


 教室を出た尋と世里花は、生徒玄関で靴を履き替えていた。宏人と涼、千佳の三人はまだ教室に残って雑談をしている。遥は母親の迎えが来たそうで、一足先に帰ってしまった。


「おや、志藤さんと深海くん。今帰りかい?」


 声を掛けて来たのは同じクラスの男子生徒で、優等生と評判ののぼり契一郎けいいちろうだ。この頃の尋と契一郎は出会ってまだ日が浅く、友人という程の関係ではなかった。


「藤沢達と教室で少し喋ってた。そういう幟も今帰りか?」

「ちょっと職員室に用があってね」

「ああ、それでか」


 今日の日直は契一郎だったことを尋は思い出す。


「それじゃあ二人とも、いい週末を」


 そう言い残し、契一郎は一足先に校舎を後にした。


「俺達も帰るか」


 それぞれの家の方角への分岐点まで、尋と世里花は一緒に帰ることにした。


 今日は五月九日。

 明日は、運命の五月十日。

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