小さな鵺は静かに嗤う

床波

第1話【ネオン街のアナコンダ】

1-1 【アタシの好きな人】

荒野の中、青年は空を見上げていた。

彼の横では、誰かが叫んでいる。しかし、その声は青年には届かなかった。

闇夜に浮かぶ一筋の光は、まっすぐとこちらに降りてくる。

それが、流れ星じゃないことを知った青年は、静かにわらった。



第1話


ーーーー


10月12日 東京 某所


この日は、朝からサァサァと雨が降っていた。しかし、この華やかな街はそんなことは気にしない。派手な赤い傘をさし、人の中を歩いて行く。ギラギラと光るネオンたちは雨水を反射して、いつもより街は眩かった。眠らない街、と呼ばれるこの街で生まれ育ったナナにとっては、目もくらむネオンは眩しいものではなく、むしろ心地いいものだった。


ナナはこの街で夜の仕事をしている。嫌悪感なんて全くなかったし、この街で生きているなら当たり前と思っていた。なるべくしてきた人生。それに、この街で生きていると色んな人に出会える。それがナナの楽しみでもあった。そして、今のナナが最も熱を入れていることがー…


きょうク〜ン」

いつものようにナナの店の前でスマートフォンをいじっているきょうに、ナナは声をかけた。恭はゆっくりと顔を上げ、ニコリと微笑んだ。それだけでナナの心が上擦るのを感じた。


今、ナナが最も熱を注いでいるのは彼だった。

スラッとした体格で、手入れされた金髪に、甘い顔を兼ね備えている。一度街を歩けば全ての女は振り向くのだ。男だって振り向くと思う。そんな色男が、今ナナを見ているのだ。キュンとしないわけがない。


「ナナさん、こんばんは」

「ごめんね、待った?」

「ううん、今来たところ」

受け答えまで完璧だ。この色男、どこまで完璧なのだろうか。まるで、少女漫画から飛び出して来たような王子。そんな王子が、今日ナナの家に泊まりにくる。初めてのおうちデートなのだ。ナナは、今までにない嬉しさを噛み締めていた。



「へぇ〜〜ナナさん立派なマンション!」

マンションに着くなり、恭が感心した声をあげた。

「そんなことないよ、アタシと同じで、住んでるのキャバ嬢ばっかりだし」

「そうなんだ」

恭はナナが夜の仕事をしていることをしっている。恭もまた、この街で生まれ育ったらしく、夜の仕事になんの抵抗もなかった。そこがまたナナの恋心をくすぐった。キャバ嬢がバレると昔の男は去っていったが、恭は違うのだ。ナナの仕事を理解してくれている。それが嬉しかった。


2人は談笑しながら、エレベーターで5階にあがる。ナナの部屋は502号室で、両隣りはキャバ嬢だ。ここは街の中心でセキュリティもしっかりしているので、稼ぎのいいキャバ嬢たちの好物件なのだ。両隣りは別の店のキャバ嬢だが、どちらも売り上げNo3には入っており、ナナも看板で顔を見たことがある。あぁ、今どっちか部屋から出てこないかなぁ。そうしたら恭を自慢できるのに。きっと羨ましがるだろうな、こんなイケメン。そんなことを考えながら、鍵をあけた。


ガチャ


ドアの開いた音がしたが、ナナの部屋のドアではない。横の503号室のドアが開いた。やった、自慢できる、と思っていたのもつかの間。


「あ、どうも」

503号室から出て来たのは、見たことのない男だった。




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