第29話 希望の世界10 救出

花の香りが届いた瞬間、えぬはふっと気が楽になった。何も考えたくない。考えるのが面倒くさい。ただ、流れに身を任せる。明日がわたしにはある。楽しみたいことがいっぱいある。気を楽に、希望をもっていれば、希望に包まれて生きていれば、この世界は天国のように思える。


突然、カナヘビが短い足を一生懸命に動かしながら、素早い動きでマヤの手から紫色の花を奪った。カナヘビの戻った先には、見覚えのある3人がいた。


「うん、やっぱりこの花が諸悪の根源か」そう言ってケイは花を地面に投げた。


「えぬ、迎えにきたよ。目は覚めてる?」


「まさか、俺たちのことがわからなくなんてなっていないだろうな」


アンナとショウが言葉とは裏腹に大して心配していない様子で言った。


「みんな、来てくれたんだ」


「その様子だと、うん、大丈夫そうだね。さっきの龍が来たときは何事かと思ったけど、一部始終は見ていたよ。えぬ、君の力はすごいね」


ケイに感心されて、顔が赤くなっていくのがわかった。


「とりあえず、余所者に対する視線が痛いから、早いとこ去ろうぜ」


ショウに言われて、はっと周りに目をやると街の人々が表情のない顔でにじり寄ってきている。


「マヤちゃん、ごめん。でもわたしや明日に希望をもつのはいいんだけど、なんていうか、何かそれだけじゃ違う気がする」


「希望をもって生きることの何がおかしいの。明るい未来のために今日を生きて、何が間違っているの」


マヤが語気を荒くして言った。


「うまく言えないけど、今、マヤちゃん、怒ってるから」


えぬは深呼吸してから言った。


「希望は、自分の中に見出すのがいいと思うの。他に求めてしまうと、怒りに変わってしまうから」


「うん、そろそろまずそう。行こう」


カナヘビの腹を軽く蹴り、ケイは手綱をとった。取り囲む人々の前をからかうように素早く走り抜け、えぬをひょいと拾い上げて後ろに乗せた。思いのほか大きな背中は、枕のように暖かかった。

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