第14話 希望の世界1 花に囲まれた町

気がつくと、中世ヨーロッパのようなレンガ造りの街並みの中にいた。冷たい飛沫がかかる。振り向くと噴水があり、水から避けて色とりどりの屋根が見える。子どもたちの賑やかな声が聞こえる。近くには母親たちが談笑している。綿で作られたような簡素な服を着ているが、しっかりと手入れがされているようで決して見すぼらしくはない。


噴水を作る中心に円状に石畳の広場が広がっていて、えぬは噴水の近くに座っていた。立ち上がろうとすると、足元に花が咲いているのに気がついた。赤、黄色、桃色、それぞれが主張するように大きな花びらでせめぎ合っているが、押し付けがましくはない。その中の紫色の花を摘んで、えぬは鼻に近づけた。すうっと甘い香りがした。


この世界は、本当に希望と幸せに満ちた世界のようだ。とりあえず辺りを散策することにした。暖かな日差しが降り注ぐ。ふと、制服のスカートの裾あたりに何かついているのに気がついた。いつのまにか豚の鼻のブローチがスカートについていた。ブー太かな。何だろうとは思ったが、いつも側にいてくれると思えば素直に嬉しかったのでそのままにしておいた。


「ごきげんよう」


ふと声をかけられた。声のほうを見てみると、綿ワンピースを着た上品そうな女の子がいた。自分と同じくらいの年だろうとえぬは思った。「こんにちは」と人見知りのえぬは素っ気ない返事で答えた。


「変わったお洋服ね。どこか別の街の方ですか?」


「はい、遠くのここよりずっと遠くの街のから来ました」


もはやこのような流れには決まり文句で答えるようにしている。


「そう、じゃ飛行船できたのね。きょろきょろしていた様子を来たばかりなのかしら。この街はホルプという街。笑顔の絶えない希望の街。ゆっくりしていってくださいね」


その後少女から、ホルプの街について詳しく話を聞いた。とても平和な街であること、街中に花が咲きほこり、人々の生活にも欠かせないものになっていること、飛行船が街の外との移動手段になっているのと、宿や観光地の花畑のこと。


終始にこにこしていた少女だったが、1つだけ顔を曇らせる話題があった。街の外について聞いたときのことだった。


「あなたは飛行船で来たからわかりづらかったと思うけど、あまり街の外には気軽に出ない方がいいですよ」


「なぜ?危険でもあるの?」


「危険というか……ちょっと説明がしにくいんです。ごめんなさいね」


そう言って口をつぐんでしまった。


1通りのことを聞いてえぬは少女と別れた。別れ際にお互いの自己紹介をした。少女の名前はマヤといった。「えぬ、変わった名前なのね。今日はいい日になったわ。明日はもっといい日になるでしょう。ここは希望の街だから。それでは、また会いましょう」と言って少女は近くの馬車に声をかけ去っていった。


えぬは広場から街路樹と花壇に彩られた大通りを抜け、マヤに教えてもらった宿を目指した。大通りでは楽団がパレードをしていて、人々の歓声で賑わっていた。


大通りに面した大きな宿を見つけた。紹介してもらった宿は確かにここだったが、まだの数から察するに相当な部屋がある。高級そうな宿の様子にここに押しかけて泊まれるのかと心配になった。


シャンデリアのような贅沢な照明に、仕立ての良さそうなカーペット、重厚な木のフロント。引き返そうかと思ったが、もともと奇妙な世界の旅だ。また何とかなるだろうとえぬはフロントへと向かった。


以前にも、1日働いて、その分の対価として泊まらせてもらったという経験はある。今回もそのように提案しようとえぬは思った。


幸いにも、立派なシャツを着たフロントマンはその提案を受け入れてくれた。ただし「いいんですよ。ここはホルプ。希望の街。貴女の明日への希望につながるなら、喜んで」と言ってただでの宿泊を認めてくれた。さすがにそれは申し訳ないと思ったえぬは、何度か「働きます」と言ったがフロントマンは頑なにそれを断った。


何となくホルプという街の雰囲気に違和感を感じながらも、新たな世界に来てたまった疲れには抗えなかった。真っ白なシーツのベッドに身を沈め、えぬは深い眠りに入った。


物音が、した。


急に目が覚めた。慌てて体を起こして部屋中を見回した。暗くてよくわからない。震えた手で灯りのランプを取った。


ぼうっと、暗闇の中から男の姿が現れた。声をあげる間も無く、えぬは後ろから羽交い締めにされ、口を抑えられ、布を被せられた。布から漂う薬の匂いを吸った瞬間、えぬは深い眠りに落ちた。






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