事情説明

 紅葉が電話をした十数分後、俺の部屋に国家の犬共が突入してきた――ということはなく、とりあえずリビングまで移動して事情を説明することにした。


「――というわけなんだ」


 紅葉はテーブル挟んで俺の正面に。華恋はなぜか隣に座っている。


「ふーん……それで、どこからどこまでが作り話なの?」


 正直に全部話したのに、なぜ信じてもらえないのだろうか。


「全部本当だ。どうして疑うんだよ」


「あんたみたいな、バカでブサイクで変態な男のところに、女の子が弟子入りに来るわけないでしょ!」


「……グスン」


 嫌だな、泣いてないよ?


「今の言葉、訂正してください!」


 俺が瞳から海水を流してると、華恋が紅葉の言葉に異議を唱えた。


 流石に弟子入りを頼むだけのことはあり、師と仰ぐ俺への暴言は許せないようだ。


 ちょっとだけ弟子にしてもいいかな、なんて思ってしまう。


「確かに師匠はバカでブサイクで変態です! それは初めて見た時から確信していました!」


 前言撤回。こいつだけは絶対に弟子にしてやるものか。


「ですが、そんな師匠のところにも弟子入りに来る女の子はいます! 具体的には私です!」


 しかも、言ってることは超どうでもいい。


 華恋の戯言に、紅葉は頭痛を堪えるように頭に手を当てた。


「ええと華恋さん……でいいのかしら?」


「はい。私のことは華恋とお呼びください」


「なら私は紅葉でいいわ。……それでね華恋さん、あなたはこの男がどれほど変態なのか、本当に分かってるの? もし知らないのならやめた方がいいわよ?」


 俺の精神は不死身ではないので、変態変態と連呼するのはやめてほしい。


「この男はね、平日の昼間から、小学校の周囲をカメラ片手に徘徊して通報されかけたのよ。信じられる?」


「おい待て、あれは誤解だ! 俺はただ、作品のための資料としてJSの写真がほしかっただけなんだ!」


「あんた……そのうち捕まるわよ?」


「JSで捕まるなら本望だ!」


「流石です、師匠!」


 華恋が感極まったという表情で俺を見る。


「おお、分かってくれるか華恋!」


「はい! より良い作品を作るためなら手段を選ばないその姿勢、感服しました!」


 華恋は言葉通り、俺にキラキラと輝く瞳を向ける。


「お前、意外と話が分かる奴だな。流石は俺を師匠と呼ぶだけあるな」


「えへへ、そうですか? それなら私を弟子に――」


「それとこれとは話が別だ」


 まったく油断も隙もない。というか、これ以上の問答は不毛だ。


「お前、どうしてそこまで俺に弟子入りしたいんだ?」


 なので、俺は話を切り出すことにした。


「師匠のようなラノベ作家になりたいからです!」


「どうして俺なんだ? 俺より面白いものを書く作家なんて、たくさんいるだろ?」


 認めるのは癪だが、今の俺はラノベ作家としての知名度は皆無。わざわざJCが弟子入りするほどの価値があるとは思えない。


 まあ、そもそもラノベ作家に弟子入りという時点でかなりおかしいが。


「そんなことは関係ありません! 私は師匠じゃないとダメなんです!」


 しかし、華恋の反応は俺の予想を裏切るものだった。


 華恋は横に置いてたカバンから数冊の本を取り出す。


「見てください! 師匠の作品は全て読みました!」


 取り出したのは俺――JS太郎著作『JSは最高だぜ!』の既刊。


「初めて師匠の作品を読んだ時、確信しました。師匠こそが最高のラノベ作家だと! だから私はなりたいんです、あなたのようなラノベ作家に!」


「…………!」


 ここまで言われて悪い気はしない。というか、最高の作家と言われてだらしなく口元が緩んでしまう。


「そ、そこまで言うなら、弟子にしてやってもいいぞ」


「本当ですか!?」


 パっと顔色を輝かせる華恋。JCも意外と悪くないかもしれない。JSの次くらいに。


「ただし、条件がある」


「条件ですか?」


「締切はなしで構わないから、一本話を作れ。ジャンルは自由、文字数は……そうだな、十万字以上でいこう。お前の書いた作品を読んで、もし面白かったら弟子にしてやる」


 いくらおだてられたからといって、即弟子にしてやるほど俺は甘くない。作家の世界は才能が全て。成功しなければただの地獄であることを、俺はたった二年間の作家活動で充分理解していた。


 現に俺と同期の作家は八人いたが、今では半分以上が筆を折り、ラノベ業界から去ってしまった。


 仮に弟子を取ったら、俺にはそいつをプロにする責任がある。なので、才能のない奴を相手することは時間の無駄。


 だから、これは試練だ。ラノベ業界という生き地獄で戦い抜くだけの力があるかを問うための。


「俺も気軽に弟子を取れるほど暇じゃないからな。才能がない奴の相手をする余裕はないんだよ」


「JSの写真を撮る暇はあるくせに?」


「……あのさ、結構真面目なこと言ってるから茶々入れるのやめてくれない?」


 色々と台無しにしてくれた幼馴染を睨むが、視線を合わせようとしない。


「あの、師匠……」


「ん、何だ?」


 紅葉から視線を外し、恐る恐るといった様子で手を上げた華恋の方を見る。


「実は私、師匠に見てもらおうと思ってすでに一本作品を作ってきたんですけど……」


「……随分と準備がいいな」


 思わず感心してしまうが、よくよく考えてみると、弟子入りに来たのだから自分の実力を証明するために作品を持ってきていたとしてもおかしくない。


「とりあえず見せてくれ」


「分かりました」


 またもやカバンに手を突っ込み、華恋はざっと五百ページほどの紙束を取り出した。


 工具箱、『JSは最高だぜ!』の既刊、五百ページはあるだろう紙束。……あのカバンはどれだけのものが入ってるのだろう。


 カバンに少し興味が湧いたが、今は華恋の作品の方が重要だ。


「これは少し時間がかかるな……」


 パラパラとページをめくり、軽く中に目を通す。どのページもびっしりと文字が敷き詰められている。


 常日頃流行を探るためにラノベは読んでるが、それでもこれを読み終えるにはそれなりの時間が必要だ。


「お前、次はいつ来れる?」


「そうですね……来週の同じ時間帯なら大丈夫です」


「そうか。なら来週の同じ時間にここに来い。俺はそれまでにこれを読んで結論を出そう」


 いくらページ数が多くとも、一週間もあれば余裕で読み終わる。執筆の方にも、大した影響は出ないだろう。


「分かりました、師匠! 色よい返事を期待しています!」


 元気のいい返事をする華恋。


 その後、三人で軽い雑談をしてその場は解散となった。






「さてと……」


 二人が帰った後、リビングに一人残った俺は華恋から預かった作品に手を伸ばす。


 華恋は所々おかしな言動はあったが、面白い奴だった。そういう奴の作品は割りと期待できる。


「どれどれ……」


 ――後に俺は後悔する。読むべきじゃなかったと。

 



 

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