全てのカケラを一つに

「大切なこと……?」


「解りませんか? なら、そこに映っているものを見てみてください」





 枝に纏わせた氷を絶え間なく修復させながら言って、アキラはちょうどカンナの横にある鏡台をちらと見る。





「……?」





 カンナは怪訝そうに鏡を見る。そのカンナに、アキラは問う。





「カンナさん……あなたは、いま美しいですか?」


「え……?」


「自分は美しいと、胸を張ってそう言えますか? いま鏡に映っているその顔を、胸を張ってプリンセスに見せられますか?」


「っ……な、何を……?」





 カンナは鏡から目を逸らし、





「わ、わけの解らないことを言っていないで、わたくしを放しなさい! 今すぐ放さないと、この氷ごとあなたを燃やして――」


「できませんよ」





アキラは冷然と言う。





「『美は力なり』……。美しさこそが全てであるこの世界で、自分の醜さを認めてしまったあなたには、私の女子力は跳ね返せません」


「というか、させないよ、クイーン。あなたに、そんな恥の上塗りは」





 炎の後ろに潜んでいたキッコが、弾かれたような勢いで跳び出す。





 その手には一振りの剣。





 空気を裂く一瞬の煌めき――そして、コトリという小さな音。





おそらく痛みさえもなく、一瞬にして事は終わった。





 カンナの足元に落ちた、ハートのカケラ……。キッコは、ほとんど血にも汚れていないそれをひょいと拾い上げ、





「アキラ、やっぱり君は凄いよ。っていうか、ボクたち二人が組めば最強じゃん。できないことなんて何もないよ」


「それはどうも」





 後は任せてと言ったクセに、もし本当にあのまま突っ立っていたら消し炭にされていた。アキラはそう文句の一つでも言いたいところだったが、今はそれよりも……とカンナに向き直る。





 カンナを拘束した氷の枝は、既に水になって溶け落ちている。にも拘わらず、カンナはその場から一歩も動けずにキョトンと立ち尽くしている。





 だが、その胸にはコーデごとぽっかりと穴が空き、そこからは少し血が流れ出している。





 部屋を包んでいた炎が、すぅっと消えていく。





 キッコはその手の剣をふわりと風に溶かして、ガラスが割られ、カーテンが焼き尽くされた窓の外へ目を向ける。





「クイーン・カンナ……もう夢から覚める時間だよ。ここから見える景色を、ちゃんと受け止めなくちゃ」


「イ、イヤッ! やめてっ!」





 キッコの言葉で気を取り戻したように、カンナがその場に蹲る。





「今のこの国なんて、見たくありませんわ……! この国は……プリンセスが作られたこの国は、いつまでも美しい姿であってほしいのです! せめて、わたくしの記憶の中だけでも!」





 ――ああ、そうか。





 と、アキラは不意に納得する。だから父は道場を閉めようとしたんだ、と。





 父は、きっとカンナと同じだったのだ。母と一緒に切り盛りした道場が廃れていくのを見るのが悲しい、辛い。だから、自分から道場を閉めてしまおうとしたのだ。





 だが、そうだとしても――





「いいえ、カンナ」





 アキラは首を振り、カンナの傍に膝を下ろす。





「まだこの国は終わってなんかいません。確かに、昔のほうがずっとこの国は美しかったんでしょう。でも、そうやって昔と比べてばかりで、今ある美しさを見逃してはいけません。この国は、まだ生きています。過去へ逃げなくても、プリンセスの魂はまだそこかしこで生きていますよ」


「プリンセスの、魂が……?」


「ああ、これが――クルミが、その最たる証拠だ」





 と扉を開けて現れたのは、腕にクルミを抱えたチナツとアヤネだった。クルミはまだ目を覚まさないらしく、抱きかかえられながらグッタリとチナツの首元に頭を預けている。





「クルミ……?」





カンナは呆然としたようにクルミを見て、息を呑む。





「そうですか……。クルミが、もう……」


「もう? もう、って……?」





 どういう意味だろう? アキラは困惑するが、チナツは淡々と、





「アヤネ。アキラにあれを」





 ほんのわずか水色が混じった、シンプルな白いワンピース。『クールビショップ・サマリースワンコーデ』姿のアヤネが、こちらへ歩いてきて、





「はい、アキラ」





と、大切そうに持っていた物をアキラに手渡す。





「……アヤネさん、抜けたんですか」





 澄んだピンク色に輝きながら、鋭く尖り、ひやりと冷たい、ガラスのカケラのような物。渡されたのは間違いなく、プリンセスのハートのカケラだった。





「ええ。今朝起きたら、自然と抜けていたの。あんなにずっと痛くて苦しかったのに……こんなにあっさり」





 そう言うアヤネの笑みは、どこか悲しげでありながら、それでも綺麗に澄んでいる。





 さてと、とキッコが言う。





「これで全部集まったわけだね。ボクが割ったプリンセスのハートが」


「え……?」





割った? アキラが驚くと、チナツが言う。





「それは違う、キッコ。お前が割ったのではない。プリンセスご自身が割れと仰ったのだ。そうすれば世界は生まれ変わるから、と」





 そうよ、とアヤネが頷く。





「確かに、割ったのはキッコ、あなただったわ。けれど、それはプリンセスの願いだったじゃない。わたしたちはみんな、それに従うしかなかっただけ……」


「ちょっと待ってください! 『プリンセスのハートを割った』って……? チナツさんは確か、プリンセスが――その……眠ってしまって、それで割れてしまった、って……!」


「我々が割ろうとしたことは事実だ。だが、『割れた』というのが正確な言い方だ。私たちの力では、プリンセスのお言葉通りにハートを割ることはできなかった。私たちは失敗したのだ」


「失敗した……?」


「いいえ、それは違いますわ……」





カンナが胸を押さえながら、弱々しい声で言う。





「おそらくは……そもそもわたくしたちには無理なことだったのです。プリンセスも最期は、それをお伝えになりたくても、そうできない状態にあられたのです」





 状況が上手く呑み込めない。アキラは困惑しながらチナツを見るが、チナツはアキラと目を合わすことなく冷然と言う。





「まずは、全てのカケラを一つにしなければならない。キッコ、持っているカケラをアキラに渡せ」





 そう言うと、まずはチナツ自身がポケットからそれを出してアキラに渡し、キッコが自らの分とカンナの分をアキラに渡す。





「クイーン・カンナ」


「……ええ、解っていますわ」





チナツに睨まれて、カンナはベッドの傍の壁に設けられていた小さな金庫の扉を開け、その中にしまわれていた箱の中から一つのカケラを取り出し、アキラに差し出す。





「これは……?」


「かつてポーンがお持ちになっていたものですわ。ポーンが亡くなられてからはわたくしの物――ではなくて、わたくしが大切に保管しておりましたので……」





 まだ執着が抜けきっていないのだろうか、こちらを見る目つきもまだ恨めしげなカンナから、とりあえずカケラを受け取る。





 そして、綺麗なハートの形になるよう、全体的な形を見ながらカケラを組み合わせると、





「あ……」





 上手くはまった部分に淡い光が生じて、するとそこからは割れ目がすぅっと消え去り、カケラが完全に結合していく。





 それを二つ、三つと続けると、つるりと綺麗なハートが出来上がった。





「流石は神人様……。こんなこと、わたしたちじゃできないわよね?」





 アヤネが傍らのチナツを見上げ、チナツは緊張した表情で頷く。チナツだけではない。キッコまでもが表情を強張らせているのを見ながら、アキラは問う。





「これで、プリンセスは復活するんですよね? これをどうすればいいんですか?」


「いいえ、神人様。そのハートはまだ不完全ですわ。中身が、まだ空洞なのです」





 カンナはそう言って、チナツの腕の中で眠るクルミへなぜか視線を移す。





「クルミが……どうかしましたか?」





どうしたのだろうか、全員が陰鬱な面持ちで目を伏せている。





 カンナはその胸の傷を抑えながら、消え入るような声で言った。





「クルミは……人ではないのです」

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