第3話 好きってなんだろう

著者:コヤギと申します♪



すき、きらい。すき、きらい。すき、きらい。


 この世には不思議なことが多いですよね。

 昨日、魔界に金髪の女の子が迷いこんでしまって、人間界の入り口まで送ってあげたっていう事がありました。その時にこの日記帳を渡されたんです。話によると交換日記らしいです。今人間界で流行り始めてることだって言ってました。日常を飾らず書くというコンセプトのようなんですけど、それって素敵ですよね!


すき、きらい。すき、きらい。すき、きらい。


 ちょっと自己紹介します。私はしたっぱデビルのコヤギです。力も強くない平凡な悪魔です。でも、あるとき魔王デナイデス様に突然召喚されて、今はなんと魔王城暮らしです! びっくりですよね。なんで私が? って感じでした。

 それに、はじめはちょっと怖かったんです。魔王って言われるくらいだから、きっとコワモテの人だろうと思ってたので。実際にお会いしてみると、けっこう……いえ、かなり? かわいい方でした。あ、これは魔王様には内緒でお願いします!笑

 魔王様は私だけじゃなく、他の女の子たちも次々と召喚していきました。お友達が増えていって楽しい毎日です!


すき、きらい。すき、きらい。すき、きらい。


 そんな私ですが、ちょっと悩んでることがありまして。秘密にしておきたいような、誰かに伝えたいような、よく分かってないですが書きます。……でもあんまりじっくり読まないでください。



「すき、きらい。すき、きらい。すき……あ」

 さいごの一枚。ちぎらないと終わらないけど、ちぎりたくないです。どうしましょう。

「なにしてるのだ、ヒツジ~」

「あ、ヘマトさん。それが、これ……」

 私をヒツジと呼んでくださるのはヘマトさんです。私とは違って名家のお嬢様なんです、すごいですよね! そんな方にニックネームで呼んでもらえるって、仲良しって感じで嬉しいです。

「ちぎって遊んでたのか~?」

 彼女は周りに散らばっている花びらを一つつまんで、私に質問して来ます。

「これは花占いなんです。誰かを思い浮かべて、すき、きらい、って言いながらちぎるんですよ」

「どうして最後までやらないのだ?」

 ヘマトさんは不思議そうに、一枚残った花びらを見ます。やっぱりセレブな人は、こういう遊びをしたことはないのかもですね。

「これをちぎると、きらいって言わないといけないからです……」

「そりゃあ当たり前なのだ。それは魔界タンポポ。花びらを必ず偶数個つけるから、すきからはじめると必ずそうなるのだ」

「ほえー……」

 感心して、思わず変な声が出ました。彼女は頭がいいなって思います。知識があって、でも偉そうにしなくて、そういうところがかっこいいです。

「じゃあ、」

 すがるようにヘマトさんを見ました。ドラキュラデビルの彼女は、いつ見ても素敵です。青白い肌と、それによって一層映えるブロンドの髪がチャームポイントだと思います。

「なに?」

「どうしたらいいでしょうか……?」

「簡単なのだ。きらいからはじめないとすきで終わらないのだ」

「きらいからはじめる、ほえー……」

 またまた変な声が出ました。単純なことだけど、自分には無い発想でした。

「ところで、誰を思い浮かべてたのだ?」

「えっ、それは、あの……」

 なんて答えたらいいか分かりませんでした。

 一瞬魔王様の顔がよぎったんですが、本当にそうなのか分からなかったんです。彼は魔族を統べる王様、わたしはしたっぱデビルですから。

 ただ、純粋に恋愛とかには興味があって……それだけです、きっと。だから誤魔化そうと思ってこう答えました。

「……ヘマトさん」

「……へ?」


 この時なんでそんなこと言っちゃったんだろう! 今思い出しても恥ずかしいです。うまく誤魔化そうとはしたんです。でも、なんだか彼女には冗談として取られなかったみたいで。心なしか青白い肌がほんのり赤くなったようにも見えました。

「あああの、じょ、冗談です、よ?」

「じょ、冗談、そうだ、そうに決まってるのだ」

 お互いに恥ずかしくなっちゃって、喋れなくなりました。そのうちヘマトさんは相棒のヘルファングちゃんにごはんをあげるために、どこかにいっちゃいました。



 ――ということが3日前にあってから、ヘマトさんの様子がおかしいのです。目が合うと露骨に逸らされるし、同時にしゃべっちゃったときはモジモジしてるし、同じ本を取ろうとして手がぶつかったときには、ひゃっ! ってちっちゃく叫ばれました。でもこれは私のせい、ですよね。

 その申し訳なさと気まずさをなんとかしたいので、せっかくヘマトさん本人にアドバイスを貰ったことですし……花占いの件は反対魔法を使って、無かったことにしようと思ってます。

 魔法の名前は「きらいからはじめる」です。……そのまんまですけど。

 どういうことかと言いますと、その日一日だけ敢えて相手をきらいな風に装うんです。それからまた仲良くなっていけば、きっと花占いを無効化できると思うんです!

 相手は……まあ、仮に魔王様ということにしようかなあ。きっと器の大きなお方なので、許してくださるでしょうから。だから他意はないですよ、本当です。



「コヤギ、おはよう」

 翌朝。すれ違いざまに魔王様が、クマの濃い目をこすりながら挨拶してくださいました。きっと夜更かししてゲームをやっていたんでしょう。

「おはよ……いえ、なんでもないです。つーん」

 いつも通り挨拶を返そうするのをこらえ、慌てて口を塞ぎます。危なく作戦が失敗になるところでしたが、ギリギリセーフだと思います。

「ん? あれ?」

 魔王様は首を傾げてました。


 お昼。お世話係のマークンさんが忙しいときには、たまに魔王様に頼まれて家事を手伝うのですが、それも今日はお休みです。

「コヤギ、悪いんだけど掃除の手伝い頼めるかな? 最近魔界触手が増えて来ちゃって……俺ひとりだとあんまりコツが分かんなくて」

早速魔王様がいらっしゃいました。

「すみません。わたしいま忙しいので」

「そっか、ごめんな」

 魔王様は紫色の髪をかき、捨てられた子犬のような顔をされました。心が痛みます……。肩を落としたままマークンさんに話しかけにいっちゃいました。

「……なあ、俺なんかしたっけ?」

「初対面でかなりキョドってまシタからね、うっすら嫌われてたんじゃないデスか?」

「おいおい! そんな、まじかよー!! こうなったらやり直そう、時間を巻き戻すぞ! ホンニャラ~コンニャラ~……」

「たぶんそれ、呪文間違ってマスよ」

「なにー!!」

 遠くでそんなやりとりが聞こえてきました。


 昼下がり。物陰からずーっと視線を感じます。それも二人分。魔王様とヘマトさんです。お二人の感情は別々みたいですけど……それも今日だけの我慢です。


 夕方。ちょっと調べ物があって、お城の図書館に寄りました。偶然にも、すみっこの方から話し声が聞こえてきました。あのお二人です。魔王様の方は、魔導書を開いて頭にかぶっています。何でしょうか、そのファッション。隠れてるつもりだったとしたら……やっぱりかわいいですよね。

 しかし、私のことを話してたらどうしましょう。悪いなあとは思ったんですが、聞き耳を立ててみることにしました。

「コヤギが朝からなんだかおかしい」

「同感なのだ……まあ、吾輩に言わせれば、今日に始まった話ではないがな」

「俺、なんだか避けられてるみたいなんだよ」

「それは日頃の行いのせいではないか~?」

「ばっ、そんな訳……ない、たぶん」

 ……魔王様、ツッコミにいつものキレがないです。

「吾輩は逆に好かれすぎてるみたいなのだ」

「自虐風自慢かよ!」

「しっ、声が大きいのだ。とにかくこれは由々しき問題なのだ」

 ヘマトさんはふっすー、と、鼻を鳴らします。

「とにかく、貴様はさっさとヒツジに謝るのだ!」

「といっても、何を謝ればいいんだよ」

「それことくらい自分で考えるのだ! 魔王のクセにそんなこともできないのか~?」

「なにをー! オコサマのくせに生意気な!」

「お子様じゃないぞ無礼者め! おとーさまにいいつけるのだ~!」

 そういうところがオコサマなんだよ、と売り言葉に買い言葉です。だんだんヒートアップしてきました。でも、言い合いながらもなんというか、仲が良さそうに見えてちょっと羨ましいです。


 ……なんて、いつもの暢気な私なら思うでしょうけど、言い争いの原因は他でもない私です。反対魔法は諦めて、もうネタばらしをしてしまうべきでしょうか? でも、それだとわたしはきらいを言わないといけなくなります。それはいやです……。

 集中力が疎かになってしまったせいで、少し態勢を変えようとしたときに、足元の小さな本棚に躓きました。それは口ゲンカをしていたお二人にも聞こえてしまったようです。

「ん、今なんか音がしたのだ」

「さすが地獄耳」

「にゃに~?! ……じゃなくて、侵入者か?」

「なに、勇者が攻めて来たか?!」

 ここで流石に、もうこれ以上は続けられないなって思いました。表に出て行って謝ろうって決めたのです。まずは立ち上がって……というところで、私は自分の脚に力が入らないことに気がつきました。

(これは、魔界触手!)

 魔界触手が、気づかないうちに身体に纏わりついていました。

「助けて……!」

 と呼ぼうとしたのですが、既に口まですっぽり覆われてしまって声が出せません。声だけじゃなく、息も出来ません。お昼ごろ魔王様に掃除を頼まれていたのに、自分勝手な理由で断っちゃったから、これはきっと私への罰なんでしょう。ああだめ。意識が……遠くなります。

「勇者め、覚悟ー!」

 物陰から紫色と金色が飛び出してきました。でも視界がぼんやりとして、そこからはよく分かりませんでした。



すき、きらい。すき、きらい。すき、きらい。



「……すき」

 自分の喋った言葉に驚いて起きました。

 見回すと、なんだかいつもよりふかふかしたお布団に寝ていることが分かりました。それから、近くの椅子に座って寝ているお二人も。

「ああ、気が付いたのか」

 魔王様の優しい声です。

「すみません、私のせいで――」

「無理に話さなくていいから。なんか欲しいものある? 飲み物とか」

「えっと、じゃあ、ブラックコーヒー牛乳で」

 それを聞くと魔王様は笑いました。

「いいよ、ちょうどアクマコインを稼いだところだったからな」

 そう言って、デナイデス様は自販機に向かって歩いていきました。

 ――なんか、ちょっとかっこいいなって、思っちゃいました。



 その後、お二人にはちゃんと事情を説明して許してもらいました。魔王様はとても安心した様子でしたけど、ヘマトさんはまだちょっと顔が赤い気がします。

「しかしあれだな、コヤギはしたっぱデビルというより、小悪魔だな」

「上手いこと言ったつもりか、このもじゃもじゃ紫~!」


 見慣れたやりとり。日常がまた戻ってくるんだなって分かって、なんだか鼻の奥がつーんとしました。魔法は無事成功したようです!

 そんな感じで、魔王城は今日も賑やかです。ずっとこんな生活が続くといいなって思います。


 この日記帳、次は誰に渡そうかな。これを口実に人間界に行って、遊んでこようかな。

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