第36話

 3人が去ったあとの元第一ポート市。焦土と化した辺り。そこには取り残されていた。ヴァジュラが。完全に機能を停止し動かない。魔力反応はまったくなく、そもそもその中核となる頭脳が喪失してしまった今、動くはずはなかった。恐ろしい怪物はとうとう倒され、物語はハッピーエンドへと向かっているのだ。このヴァジュラはもはや無用の長物であり、ただの物体であり、やがてその腕の鍵もろともオルトガが回収するであろう残骸だった。そのヴァジュラ、その前に1人の男が現れた。

「ああ、全部終わってしまったね」

 男は突然現れた。何の前触れもなく現れた。そして、男は何の変哲もない男だった。普通の見た目で普通の服装。声から仕草から取り立てて述べる特徴のない普通の男。

 男は機能を停止したヴァジュラを見上げた。

「うん。完全にやられたな。彼らの勝利だった。そして、私達の敗北だ。目的は成し得なかったし、悲願は潰えた。惑星管理システムはもうしばらく宇宙の彼方を回っていてもらうしか無い」

 男は顎を撫でた。じっとヴァジュラを見ていた。

「でも、それは管理局の目的だ。僕の目的はどうやら叶うみたいだね」

 その時だった。ヴァジュラの目が、4つの目が光った。そして、その体が震えた。魔力反応が増大する。

『gggggargggrrrrrrllll』

 ヴァジュラは言った。さっきまでの人の声を使った合成音ではない。得体の知れない恐ろしい声。機械の怪物に相応しい咆哮だった。ヴァジュラは立ち上がった。

「さぁ、十二神機ヴァジュラの真の復活だ!!!」

 男は両手を広げ、そのヴァジュラを仰ぎ見た。しかし、

「一式『絶』」

 そのヴァジュラの頭部が唐突にずり落ちた、真っ二つになって落ちたのだ。男は固まった。そして、ゆっくりと振り返った。そこには刀を持ったスミスが立っていた。

「アーネスト・スミス。遅いご登場だね。やはり、最後は君だったか。見事なものだ。十二神機の頭を両断するなんて。あのケイくんでも出来なかったことだよ」

「寝起きのヴァジュラに不意打ち仕掛けて上手くいっても自慢にもならねぇよ。まぁ、とにかくこれで本当に終いだ。てめえの野望は完全に砕けたぜ」

「ああ、どうやらそのようだ。本当に残念だよ。不完全でも、ボディだけでも十二神機に灯を入れれば、後は自己修復機能で本当に目覚めるかも知れない。そして目覚めれば本当の本当に世の中がメチャクチャになるかもしれない。そういう僕の企みを君は見事に打ち破ってくれたわけだよ。今だけじゃない。始めにニールくんの家に来た時からずっと、君は僕の計画を邪魔し続けてくれた。ケイくんやタキタくんに仕事を任せたのも、管理局やギルドに工作を働いてくれたのも。”影”たちの動きを止めてくれたのものね。いや、まったく。君のとの戦いは疲れたよ。そして、僕の負けだ。残念だよ」

「ああ、そうだろう。だから、てめえもとっとと退場しろ」

 そう言ってスミスはカチリと刀を鳴らした。いや、鳴らしたのではなかった。

「疾いねぇ」

 男の体は両断されていた。肩口から腰までばっさりと。スミスは目にも止まらない速さで男を斬ったのだ。しかし、男の傷口から出血は無かった。男は相変わらずニヤニヤと笑っていた。

「せっかく宿敵とご対面だっていうのに随分釣れないねアーネスト・スミス」

「目障りなだけだ。宿敵なんて思っちゃいねぇよ」

 そう言ってスミスはまたカチリと刀を鳴らした。今度は男の顔が真っ二つになった。

「そうかい、少なくとも僕は君が目障りだよ。だって、僕は君に負けたんだから」

「そうか。そいつはえらい勘違いだな。お前も思ったより小物らしい」

 男は真っ二つの顔で訝しげに表情を歪めた。

「お前が負けたのは俺じゃねぇ。ニールとケイとタキタだ。お前に勝ったのはあいつらで世界を救ったのはあいつらだ。そういうわけでな、あばよクソ野郎」

 そう言ってスミスはまたカチリと刀を鳴らした。そして男は頭の天辺から股下まで綺麗に両断された。そして、男はその端から灰になって消えていった。ようやく男は消滅した。

「やれやれ。くそったれ」

 スミスは忌々しそうに言い、焦土の大地を歩き出した。



「いやはや、これにて手続きは完了ですねぇ」

「ようやくですか」

「はい、お疲れ様でした」

 ニールとタキタは背伸びをした。その前に座っているのはオルトガ自治特区入区管理局の職員だ。時刻は朝の10時半。場所はオルトガへ続く門の真ん前だった。そこに作られた仮設テントの中でニールとタキタはオルトガに入区するための最後の手続きを終えたところだった。

「これで、11時にはオルトガに入れますよニール君。おめでとうございます」

「は、はい」

「ニール君。どうやらまだ実感が無いようですね。あと30分も経てばニール君はあの門の向こうに入ります。それは、本当のゴールにたどり着くってことなんですよ」

「と、とうとうなんですね」

「ええ、そして”ようやく”です。本当にお疲れ様でした、ニール君」

「タキタさんもお疲れさまでした」

「いえいえ、私なんて大したことありませんよ」

 タキタは手を振った。ニールはほう、と一息吐いた。言われてもいまいち実感は無い。あと30分もすれば旅が終わる。一体全体どういうことなのか。ニールにはまだ良く分からなかった。

「何か思い残すことは無いですか? ニール君。こっちでしか買えないものを買っておくとか」

「とは言ってもまるで何も無いですよ」

 ニールはテントの外を見た。そこは人の海だった。昨日の第一ポート市陥落から退避していた人たちが入区審査を受けに押し寄せてきたのだ。そして、そこにはその人達しか居ない。当然街は無い。何を買うことも出来なかった。

「まぁそうですよねぇ」

「....うーん」

 ニールは額に手を当てた。

「ケイさんとタキタさんとちょっとゆっくりしたいです。飲み物でも飲んで」

「おやおや、そんなことで良いんですか」

「はい。やっぱりお二人にはお世話になったので」

「そうですか? なら、そうしましょうか」

 そう言ってタキタが席を立ち、ニールもそれに続いた。二人はテントを出る。すると、そのテントの横にケイが居た。体のいたる所に包帯が巻かれており痛々しい姿だった。

「終わったの?」

「はい、万事滞りなく。あとは11時の開門を待つだけです」

「なるほどね」

「それで、その前にニール君が3人で慰労会を行いたいそうですよ」

「慰労会ぃ?」

「い、いえ。ちょっと飲み物でも飲んでゆっくりしたいなって思っただけです」

「ふーん。なんか良く分かんないけど、良いよ。って言っても店も何も無いけど」

「あっちでオルトガの軍が飲み物を配給していたはずですよ。そこで貰ってどこかで座りましょう」

 タキタが指差す方向ではオルトガの軍人がクーラーボックスから飲み物を人々に配っていた。たくさんの人が群がっている。

 3人はそこまで行くと、

「取ってきてよタキタ」

「私ですか.....」

 という軽いやり取りの後にタキタが人混みをかき分けかき分けようやく軍人のところまで行き飲み物をを手に入れた。戻ってきたタキタはコーヒー2本にレモンティー一本を持っていた。

「へぇ、オルトガ製かぁ。初めて飲むな」

「普通外には出回りませんからねぇ。かなりのレア物ですよ」

「へぇえ」

「ニール君にとってはこれがこれからの”当たり前”になるわけですけどね」

「そ、そうことですね」

 ニールは言われてまじまじとコーヒーのペットボトルを見た。随分じっと見ていた。

「どんだけ見てんだよニール。見過ぎだよ」

「あ。は、はい」

 頭を掻くニールを見てケイは笑った。

 3人はそのまま歩いてテントの下の休憩スペースまで行った。簡易テーブルの周りを簡易イスが囲っている席の一つに座った。

「ええと」

 ニールは言う。何か言おうと思ったのだ。しかし、あんまり言葉が浮かんでこなかった。ケイとタキタは笑いながらニールを見ていた。ニールも苦笑いする。そしてようやく言う。

「あ、あの。皆さんお疲れ様でした。か、乾杯」

 ニールはコーヒーのペットボトルを持ち上げる。ケイは吹き出した。

「なんだよそりゃあニール。サラリーマンの飲み会じゃないんだから」

「あ。す、すいません」

「いいよ謝らなくて。はい、乾杯」

「乾杯です」

 3人はそれぞれのペットボトルを当てた。それから中身を口にした。

「はぁん。美味しいねオルトガのコーヒーは」

「紅茶も美味しいです。さすがオルトガの科学力ですね。紅茶やコーヒー一つとっても進んでいるんですよ」

「そういうことなのかな」

「そういうことですよ。いやぁ、すごいですねぇ。ニール君はこれからそんな街の一員になるわけですよ」

「そ、そうですよね。なんか想像もつかないです」

「そうだ。ニール君、あっちに行ったらどうするんですか? 家とかは決まってるんですか? そうですよ、すごい今更ですけど一体どうなるんですか?」

「え、ええと。スミスさんが手配してくれてるそうです。向こうに行ったら迎えが来るそうで」

「ほほぉ。割とVIP待遇なんですね」

「スミスにしちゃ良くやってるね。何よりだ」

「は、はい。だから、心配はしなくて良いんですよ」

 ニールが向こうに行ったらどうんな生活をするのか若干心配していたケイとタキタだったので上手く段取りがされているのは何よりだった。

「え、ええと」

 と、またニールが言いよどむ。

「ん? どうしたニール」

「い、いや。ええと」

 また、言葉をつまらせるニール。ケイとタキタは黙って言葉を待つ。

「本当にお二人は強いんですね。僕をあんな怪物からここまで送り届けてくれたなんてすごいです」

「おやおや、ニール君。ようやく気がついてくれたんですか。そうなんですよ? 私達は運び屋としては大分腕が立つ方です」

「これでも結構な修羅場くぐってきたからね。まぁ、それにしたって今回はメチャクチャだったけど」

「本当ですよ。ヴァジュラの方は腕輪ごとオルトガが回収するみたいですねぇ。管理局の方はどうやらもうお手上げ状態みたいですね。ヴァジュラの周りはオルトガの軍が総力を結集して見張ってますから」

 ヴァジュラの周りにはあれからものの数分でオルトガ軍が張りついた。今や一個大隊クラスの人数と装備がヴァジュラの周囲に常駐しており誰も近づけない状態だ。そこで調査が行われている。関係者から聞くと腕輪はヴァジュラと完全に融合しており外れないのだそうだ。

「でも、そんな活躍も誰も知らないんですね。あんなにケイさんとタキタさんは頑張ったのに」

 ケイとタキタの活躍は誰も知らなかった。第一ポート市をメチャクチャにした怪物マシン。それがどうやら十二神機であるという噂はもう世界中に広がっていて皆騒然としている。ネットを開けばそのニュースと憶測でてんやわんやの状態だ。そして、その噂の矛先は管理局にも向きつつある。十二神機ヴァジュラを回収したのは管理局で、それが動いたということは当然疑惑は管理局に向くのだ。この先どうなるかは分からないが管理局の立場が悪くなるのは必死だった。

 そして、ヴァジュラに関する噂はひっきりなしに飛び交っていたがそれと戦った者についての情報はまるで無かった。皆知らないのだ。騎士団やオルトガの軍隊がヴァジュラを止めたともっぱらの話になっていた。

「良いんだよニール。私達の仕事はいつもそんなもんだ」

「慣れっこですからね」

「それに騒がれたら騒がれたで面倒だからね。むしろこれ以上何も起きて欲しくないもんだよ」

「ええ。ケイさん欲が無さすぎますよ。有名になればお金もがっぽがっぽ儲かるんですよ?」

「ええ。面倒だよ」

「まぁ、そうはならなでしょうけどねぇ」

 タキタもケイも苦笑いだった。ニールはやはり悔しかった。

「やっぱりおかしいですよ。二人はあんなに戦ったのに。二人は世界を救ったのに」

 ニールは拳を握り言った。

「違うって言ってるだろニール。世界を救ったのはあんただ。私達はあんたを届けただけだよ」

「いえ、やっぱり2人が救ったんですよ」

「頑固だね。じゃあ、3人で世界を救ったってことにしよう。これは私達3人だけが知ってることだよ」

「は、はい!」

 ニールは笑った。全部すっきりはしなかったがそれでも良いと思った。3人で世界を救った。言葉にしたらすごいことだった。やはり、それもニールには実感を持てなかった。なので言葉だけちゃんと覚えておこうとニールは思った。

「え、ええと。うーん」

 また、ニールが言いよどむ。

「なに、まだ何か言い足りないのニール」

「うーん。何か足りない気がして」

「ああ、ニール君。ひょっとして魔獣の話じゃないですか?」

「いや、違うでしょ。あんたら結局昨日も話しまくってたでしょ」

 ニールとタキタは昨日の夜。オルトガ空軍の空艇の中でも魔獣の話に花を咲かせケイは呆れたのだ。

「い、いや。それはちょっと違いますね」

「あ、ああそうですか」

「馬鹿なこと言ってないでよ。さて、ニール。11時前だよ。時間だ」

「え。もうそんな時間ですか?」

「ああ、門まで行こう」

「おやおや。あっという間でしたねぇ。もうちょっとニール君と話したかったですけど」

「まったくだよ。名残惜しいね」

 ケイとタキタはまた苦笑いだった。ニールも良く分からないが合わせて苦笑いをした。3人は席を立つ。休憩所から出て目指すはオルトガ自治特区に続く大門だった。

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