第32話

「あああ!!」

 ケイは叫んだ。大地から吹き出すマグマ、その熱風をかいくぐり降り注ぐ氷塊と武具の雨を抜け、ヴァジュラの眼前に迫る。しかし、そこにヴァジュラは思い切り拳を見舞った。ケイはそれをいなし拳を振るうがヴァジュラは難なく躱すと暴風を巻き起こしケイを引き剥がす。ふっ飛ばされたビルに叩きつけられるケイ。苦痛で表情を歪めるが負けん気ですぐさま起き上がる。そこにヴァジュラが能力を発動する。

「ヤバイ!!」

 ケイが叩きつけられたビルは一瞬で溶解、赤熱した超高温の液体となってケイに降り注いだ。ケイはそれを間一髪躱す。

「はぁはぁ....クソが!!!」

 ケイはボロボロだった。戦いが始まってから十数分。ヴァジュラの圧倒的な力に苦戦を強いられていた。苦戦する程度で済んでいるのはさすがと言ったところか。常人なら勝負にすらならない攻撃の嵐をギリギリで凌いでいる。

 辺りはここが本当に街だったのか疑わしいほど変容を遂げていた。地面は割れ、陥没し、所々が隆起し溶岩が吹き出している。空からは吹雪が吹きすさび、いくつも竜巻が発生していた。全て十二神機ヴァジュラの力だ。名に『神』の文字が入っているのは伊達ではない。まさしく超常の所業だ。

「うざったい、うざったい。クソッタレ!」

 ケイは喚き散らす。そしてヴァジュラを睨んだ。ヴァジュラはその漆黒の姿で佇み、4つの光る目でケイを見ていた。

 普通に考えれば勝ち筋など見えないと思ってしまうだろう。しかし、ケイは必死に考えていた。何とかあのクソムカつくクソマシンに目にもの見せてやれないか、と。

『障害の生命力減衰。レートをBに下降。目標の追跡への影響、同時に減少。目標の追跡を再開します』

 その当のヴァジュラは敵意むき出しのケイを無視した。そのまま、ニールの乗るビーグルへと目を向けた。

「無視すんな!!!」

 ケイはIMCを取り出し発動する。ヴァジュラの周囲にフィールドが発生する。拘束術式だ。

『魔力流、反転』

 しかし、そのフィールドは一瞬で歪み消えた。ヴァジュラが直接破壊したのではない。辺りの魔力の流れを乱し、術式そのものを崩壊させたのだ。

「クソ!」

 これは先程から使われていた手だった。IMCが上手く機能しない。ケイの手札が機能しないのだ。

 と、ヴァジュラが突然動きを止めた。

『目標がαに接近。αが戦闘、及び逃走を開始。目標が追跡中。危機レベルB。ただちにαの援護を開始します』

 ヴァジュラはそう言った途端にすさまじい速度で飛んでいった。ニール達の方へ。いや、『本体』を守るために飛んでいったのだ。

「タキタめ。ようやく見つけたみたいだね」

 ケイは疲労で震える足を拳で叩いた。

「クソッタレ! 動け! あともうひと踏ん張りなんだ!!」

 ケイは失われつつある体力を振り絞りヴァジュラの後を追う。



「むうううううん!! これはひどい!!」

 タキタは呻きながらハンドルを切る。銃弾の雨あられを必死に躱そうとしているのだ。しかし、さすがに躱しきれるものではない。ビーグルには穴が空いていく。

「ニール君!! そこのダッシュボードの中にIMCが入っています。その中の青のカードを全部出して下さい!」

「は、はい!」

 ニールはダッシュボードを開ける。そこには色とりどりのIMCの束が入っていた。ニールはその中の青の束を取り出す。

「それを1枚取り出して発動して下さい!」

「は、発動っていうのは」

「『アクティブ』って言えば発動します!」

「は、はい!」

 ニールは言われた通りにカードを取り出す。その時、後部座席の右側ドアが銃弾で吹っ飛んだ。ニールは構わずIMCを発動する。

「アクティブ!」

 すると、車がふわりと浮きあがった。浮遊術式だ。車は慣性そのままに100km以上で宙を飛ぶ。そのおかげで銃弾の雨から遠ざかる。しかし、

「ああ! 落ちます!」

 車は徐々にその高度を落としていく。

「人間用だからこれくらいが限界ですね。私がタイミングを指示します。そこでカードを使って下さい」

「は、はい!」

 車のタイヤが地面に接触する。そこで、タキタはアクセルを全開に吹かした。瞬時にビーグルは150kmまで加速した。

「さすがは新型、エンジンが違います!」

 車はさらに加速し170kmまでメーターを上げる。

「今です!」

「アクティブ!」

 術式が発動し車がまた宙を舞う。加速でどんどん高度が上がっていく。トレーラーにどんどん迫っていく。

「この方法なら追いつけそうですね!」

「良いですよ! このまま行きます!」

 そして、車がまた徐々に高度を落とし始めた時だった。

『目標に到達。回収を開始します』

「げ!?」

 そのビーグルの後ろにヴァジュラが現れていた。漆黒のボディ、そこに浮かぶ4つの目がニールを確実に捉えていた。

「ニール君! 解除!」

「は、はい! どうやれば!」

「解除! って言って下さい!」

「解除!!!」

 その言葉と同時にビーグルは一気に落下した。

「うわああああああ!」

「う、うわあああああ!」

 どんどん加速し、地面が近づいてくる。

「今です! 発動!」

「アクティブ!」

 地面すれすれで術式を発動させ落下は阻止された。そのまま解除しビーグルは地面を再び疾走する。

 しかし、その後ろに再びヴァジュラが迫った。

『回収します』

 ヴァジュラが言うと、とたんにタキタの握るハンドルが動かなくなった。なんらかの術式で車の動きが固定されているのだ。

「う、うーん!! これはピンチです!」

「ど、どうします!」

「クソぅ。これ使ったらまずいんですけどね」

 タキタは懐の『本体』を破壊するために用意したF&JM148を取り出す。効くかは分からないが使わないよりはましなはずだ。だが、

「おらぁ!!!!」

 間一髪、ケイが入った。ヴァジュラのボディに蹴りを見舞う。しかし、ヴァジュラはそれを障壁で受け止めた。甲高い音が強く響く。

「遅いですよケイさん!!」

「悪かったよ!!!」

 そのままケイは戦闘を続行する。何発も蹴りつけるがヴァジュラはビクともしない。全て障壁で防がれている。

「うざい!」

 ケイは思い切り殴りつけるがヴァジュラはそれを右手で掴み、ケイを投げ飛ばした。

 タキタはその戦闘を見ている場合ではない、とアクセル全開で再び発進する。トレーラーとの距離は数百mまで広がっている。ヴァジュラはケイのことなどまったく気にかけずビーグルを追ってくる。

「無視すんなって言ってんだろ!!!」

 ケイはヴァジュラに取り付き拘束した。幸か不幸かヴァジュラはニールが近くにいるので能力を全開で発動しない。これなら、ケイも接近戦に持ち込める。

 その間にタキタはトレーラーを追う。その後ろから四足のマシンが追いついてきた。

「ええい!!! 腹立たしい!!」

 タキタは喚く。マシンは銃弾を乱射した。タキタは蛇行運転でそれを躱す。

 このままでは追いつけない。トレーラーはどんどん距離を離していくのだ。

 状況はやはりまずい。どだい、始めから無理の押し通しだったのを何とかやってきたのだ。しかし、やはり無理があったのだ。

 ケイはヴァジュラに対して本当にギリギリの戦いをしている。あの十二神機に対してたった1人であれだけやれているだけでも御の字だ。それ以上を求めるのは酷というものだった。

 そして、タキタもタキタでギリギリだ。思いつく策を全部使ってはいるのだがあと一歩が届かない。眼の前に勝ちが存在しているのにそれに後少し手が届かない。

 二人の手札を合わせても、どうしてもあのトレーラーに追いつけない。

「クソぅ! どうにかならないですかねまったく!!!」

 タキタはとにかくアクセル全開、そして過去最高のハンドルさばきを駆使してマシン達の追跡をなんとか躱す。

「衝!!」

 その時だった。四足のマシン、その一機が吹っ飛んだ。

『障害の増加を確認』

 さらに、ヴァジュラの前に現れた彼女はその折れかけのランスを思い切りヴァジュラに突き刺した。甲高い音が響き渡る。

 そして、もう一体現れた獣がヴァジュラを全力で蹴りつけた。しかし、やはり障壁に防がれる。

 しかし、ヴァジュラは現れた二人にしばし動きを止めた。

「なんだあんたらレジスタンスか」

 ケイは現れた二人に言った。白騎士と白銀の獣に向かって。そして、その横を疾走していった一台のバイクに向かって。

「ああ、加勢に来た。私はカレンだ。こいつはラングストン。で、あっち走ってったのはドウダン。よろしく、ケイ・マクダウェル」

 と、その二人に向けてヴァジュラが武具を乱射した。二人は飛び退きそれを躱す。そこに出来た隙にケイが蹴りを見舞うがやはり防がれた。そのケイに向けても武具が振るわれたがケイは躱す。

「どの面下げてヨロシク、とか言えんだよお前らは」

「ああ、悪いね。だが、助けが必要なのは間違いないだろ」

「要らないよ、って言いたいけど言えないね」

 ケイは苦々し気に表情を歪める。

「あたしらの目的は管理局に鍵を、ニール少年を渡さないことだ。目的はあんたと一致してんのさ。だから、加勢する」

「あんたらが全部済ませた後にニールを奪わない保証は?」

 振るわれた武具をケイは躱す。

「こっちはもうほとんど計画が頓挫してんのさ。主要メンバーがやられちまったからね。だから、もうニール少年を奪うことはない」

 カレンとラングストンは発生した力場を躱した。

「信じられるとでも?」

「信じてくれとしか言えないね。でも、やっぱり加勢は必要だろう?」

「ちっ。腹立つね」

 ケイは飛んできた武具を掴み取り投げ返す。やはり、光に変換され無力化される。

「了承ってことかな?」

「しなくても勝手に加勢すんだろ」

「その通りだね」

「ただ、加勢すんのはあっちにしてよ。私の方は要らない」

「は? マジで言ってんの?」

 地面が広範囲に赤熱し、3人は飛び退いた。

「要らないよ。こんな雑魚は私一人でどうにかなる。それに、本体さえ潰せば全部終わるんだ。あっちを優先しな」

「.....本当に良いんだね」

「ああ、とっとと行ってよ。タキタ達がヤバイんだ」

「呆れたやつだね。グッドラック、ケイ・マクダウェル」

 そう言うとカレンとラングストンは脇目も振らず先へ行った。後にはヴァジュラとケイだけが残された。

『新たな障害がαの追跡を開始。危機レベル上昇。援護を行います』

「させるかってんだよ!」

 ケイはヴァジュラに突っ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る