第22話

「動くな!」

 リタは叫んだ。そしてケイは足で急ブレーキをかけ止まった。リタまで10mほどか。リタは銃を構えていた。その銃口はニールのこめかみに突きつけられていた。

「絶対にそこから近づくな。つまさき少しでも動かそうものならこの少年の頭を撃ち抜く!」

 リタはケイに向かって言い放つ。その姿、その声はリタのものだった。

「け、ケイさん」

 ニールは半べそだった。当たり前だ。こめかみに銃口を突きつけられているのだから。ケイは歯噛みする。しばし、両者は沈黙する。

「な、なんなんですかこれは。一体なんなんですかリタさん。一体どうしたっていうんですか」

 ニールはか細い声でリタに問うたがやはりリタは無言だ。ただ、ケイを睨んでいる。

「お前、リタじゃないな」

 ケイは言った。姿、声は間違いなくリタのものだ。しかし、ケイはこれがリタではない別人だと確信した。

「騙されたよ。どう見てもリタだった。挙動とか、動きのクセとかもリタそのものだった。だから、安心仕切っちゃったよ。完全に私の落ち度だ」

 ケイはリタの姿をした別人を睨む。そして彼女は言った。

「お前の落ち度じゃないさ。『第三法則』以外で私の変化を見破れたやつは居ないからな」

 そして、リタの姿がぐにゃりと歪み一瞬で別人になった。それは獣人だった。狐の耳を生やし、腰からは狐の尾が生えている。狐の女獣人だった。

「私はドウダン・デュカス。レジスタンス『クリーチャーズ・オブ・リバティ』の一員だ」

「名前を名乗るの。不用意じゃない?」

「どうせ、お前たちの『友人』が調べ尽くしているさ。隠しても無駄だからな」

「スミスか。なんか裏で動いてると思ったらそういうこともしてたのか」

 ケイは目を細めてドウダンを睨んだ。『クリーチャーズ・オブ・リバティ』。管理局が掌握するこの世の中を変革させようと動く革命組織の内のひとつだ。主に獣人によって構成され、世界全土でも3指に入る勢力を持っている。世界でもレジスタンスとして知れ渡って居る組織だった。

「で、その革命家がなんでニールを?」

「白を切っても無駄だ。この少年が『鍵』を持っていることはもう私達は分かっている」

「『鍵』?」

 ケイはドウダンの言葉に疑問符で返す。

 と、そこへタキタがようやく追いついてきた。全力で走ってきたために激しく息切れしている。

「ハァハァ....。なんだっていうんですか。あなたは一体誰なんですか!」

 タキタは絶叫した。心から叫んだ。

「『クリーチャーズ・オブ・リバティ』の一員なんだってさ。それでニールを攫うつもりらしい。今の今までリタに化けてたんだ」

「いや、何言ってるか分からないです」

「この少年は『鍵』持っている。それを使って我々は管理局と駆け引きをするつもりでいる」

「いや、何言ってるか分からないです」

「この少年は我々の本拠地に連れていく。そして....」

「だから! 何言ってるか分からないって言ってるでしょう!!!」

 タキタは絶叫した。あまりの声の大きさにケイもドウダンも一瞬肩を震わせた。

「なんで私が困るようなことを言うんですか。なんで私が悲しむようなことを言うんですか! もっと楽しい話をして下さい! もっと私が幸せになるような話をして下さい! 私達は! 数々の困難を乗り越え! ようやくここまでやって来たんです!! そして、これから全ての事柄をうまくこなし、ニール君をオルトガに送り届け! そして私達は1億を手に入れウハウハライフを送るんです!! なのになんですかあなたは! 一体なんのつもりなんですか! パフォーマーなんでしょ? そうなんですよね? サプライズで私達を驚かせてもてなしてくれてるだけなんですよね? そうなんですよね? そうだと言って下さい!!!!」

 タキタの魂の絶叫だった。おとずれた不条理に、崩壊した自分の幸福に耐えられず受け入れられずその激情が腹の奥から吹き出したのだ。タキタは目深に被った中折れ帽の向こうから渾身の眼光でドウダンを睨みつけた。睨めば自分の理想通りに現実が動くとでも思っているのか。しかし、ドウダンは残酷に言い放つ。

「すまないが、私はドウダン・デュカス。『クリーチャーズ・オブ・リバティ』の一員だ。この少年は私が我らの本拠地に連れていく」

 それを聞いてタキタの体は震えた。

「キイイイエエエエエエエ! やっちゃってくださいケイさん!!! ボコボコにぶちのめす時です!!!」

「いや、無理だタキタ。落ち着け。ニールの頭に銃が突きつけられてるでしょ」

「これが落ち着いていられますか! あんまりだ! なんとかならないんですか!! あの銃をどうにかして目にも留まらぬ早さで消滅させられないんですか!!」

「無理だ。少なくとも今は」

「じゃあ、じゃあ。我々は指を咥えてニール君が連れ去られるのを見てるしかないっていうんですか」

 ケイは奥歯を噛みしめる。タキタは常軌を逸しているが今言ったことは間違いではなかった。状況は悪い。このままでは何も出来ずにニールが連れ去られてしまう。

「それ、虚仮威しでしょ。ニールが居なかったら交渉にならないじゃん」

 ケイは銃を指して言う。

「この少年を管理局の手に落とすくらいならこの場でこの少年を殺す。我々を舐めるな」

 ケイは舌打ちした。

「失礼しちゃうね。それは私達がニールをあのマシンから守れないっていうことを前提にしてるじゃん」

「ああ、お前らには無理だ。相手は十二神機『ヴァジュラ』なんだからな」

「やっぱり十二神機だったか.....」

 ケイは再度舌打ちした。

「完全に覚醒したならおよそ人間の敵う相手ではない。全世界の国軍、騎士団が動かねばならない。そして、やつがこの少年から鍵を奪ったならそれでジ・エンドだ」

「ふーん。『鍵』、『鍵』ね。それはニールの腕輪のこと?」

「その通りだ。この少年が懐に持っているバングル。それこそが世界を滅ぼす『解放錠ディザスター・キー』だ」

ドウダンは言った。 



「『解放錠ディザスター・キー』? なんなのそれは」

 ケイは言った。ドウダンはその言葉に訝しげに眉をひそめた。

「ふむ。本当に何も知らないようだな」

 ドウダンは今までの会話からケイたちが事の核心については何一つ知らされていないとようやく理解した。

「そうなんだよ。こちとら何一つ知らされないまま仕事してたんだ。大変だったよ」

「そうか、なるほど。アーネスト・スミスか。やつがお前らの身の安全のために情報を隠匿したんだな」

「ニールもだよ。ニールは私達のために何を聞かれても答えなかったんだ」

「そうか、ならこの先は言わないほうがいいだろうな。お前たちのためにも、そしてこの少年のためにも」

「案外優しいんだね。冷徹な女戦士かと思ったけど」

「我々は破壊を楽しむ異常者集団じゃない。あくまで世界の変革のために動く有志の組織だ。殺し合いに慣れても最低限の人間性は保ってるつもりでね。お前たちを騙したことも悪いとは思っている」

「年端もいかない子供のこめかみに銃口突きつけといて良く言うよ」

「仕方がない。背に腹は変えられない。お前と真っ向勝負をしても勝てる気はしないのでな、黒翼のケイ・マクダウェル」

「まぁ、そりゃそうだろうね」

 ケイはニールを人質に取られてさえいなければ文字通り一瞬でドウダンを倒す自信はあった。ニールはずっと半べそで震えている。ケイは悔しさで拳を握りしめる。どうにかしなくてはならない。

「それで? もう行っちゃうのかな」

「ああ、お前たちに話すことはもはや無い。核心を知る気はないんだろう」

「いや、待ちなよ。聞かせてよ『核心』ってやつを」

「何だと?」

「ケイさん?」

 ケイの言葉にドウダンが、タキタが、ニールが驚く。

「知ったらもはや後戻りは出来ないぞ」

「そうですケイさん。あなたに危険が及びます」

「悪いねニール。でも、カルネ食いながらあんたと話して、あんたに話を聞いてもらって聞きたくて仕方がなくなっちゃったんだよ。なんにも知らないであんたを守るのなんて嫌になったんだよ。まだ、話してないことがあったんだろうニール」

 ケイの言葉にニールは口を開けない。なぜならあの時やはり話したいことがあったのだ。しかし、あそこでそれでも話さないと決めたのもニールの意思だった。

「ダメです....。やっぱりダメですよケイさん」

「悪いねニール。これは本当に私の勝手だよ。タキタ。あんたも聞きたくなかったら耳塞いでな」

 ケイの言葉にタキタは顎に指をかけて考えた。

「ふむ。いえ、私も聞きましょう。ケイさんとはコンビですからね」

「なに。さっきまでの怒りはどこに行ったの」

「いえいえいえいえいえいえ。まだ、全然怒ってますよ?」

 タキタの口調と肉体からは怒りが溢れ出していた。それもさっきとは違い静かな怒りだ。

「だから、その勢いもありますね。いい加減なんにも知らないっていう状況にさえブチ切れそうになってます」

「はいはい。じゃあ、後で後悔するね。これで良いや。さぁ、話しなよ革命家」

「良いのか?」

「良いって言ってるでしょ。さっさと話しなよ」

 ケイは顎をしゃくって促した。

「妙な奴らだ。知らないぞ、どうなっても」

 そうしてリタは話しだした。

「惑星管理システムは知っているな」

「うん、知ってるよ」

「『大災厄』を引き起こした張本人。本体は人工衛星の中のスパコンで、『大災厄』の後に遥か彼方影響の及ばない遠くへ飛ばされ、今は月の周回軌道の外側を回ってるって話ですね。破壊不能だったから遠くへ飛ばすしかなかったとか」

「そうだ。そして、一言で言うならこの少年が持っている『鍵』は惑星管理システムの再起動キーだ」

「な」

「つまり、それを使ったら惑星管理システムがまた活動を再開するってこと?」

「そういうことだ。つまり、『大災厄』が再開される」

「なんてことですか」

 タキタとケイは知らされた事実に驚愕する。そしてニールは悲しそうに目を伏せた。ああ、知ってしまったと。

「なんで、なんでそんなことを管理局が? 彼らは世界を滅ぼすつもりなんですか?」

「連中にそんなつもりなんてないさ。やつらは恐らく『神の頭脳』を手に入れたいだけだ。あれは世界の未来を正確に予測し、さらには人間には理解できないオーバーテクノロジーを生み出せる。それを掌握出来れば管理局の地位は盤石なものになるからな。傲慢なんだよ。だが、そんなことにはならない。間違いなく再起動したシステムは『大災厄』を再開する。再び世界が崩壊する」

 『大災厄』の再開。再び十二神機が現れ、世界中の大地が裂かれ、気候がめちゃくちゃになり人類の文明が崩壊する。

「そ、そんな大事とは。でも、何故なんです。何故ニール君がそんな代物を」

「この少年は、その一族は『大災厄』に深く関わっているからだ。その張本人と言っても良い。この少年の曽祖父は惑星管理システムを作り、運用したジム・チャールズその人だ」

「な。あのマッドサイエンティスト、ジム・チャールズですか」

 ジム・チャールズの名を知らないものはこの世界には居なかった。教科書にも載っている名だ。『大災厄』の事を学ぶ時に初めに習う名だ。『大災厄を引き起こした狂気の科学者』として。惑星管理システムは彼が作り、そして神の頭脳となったシステムを運用し『大災厄』を後押ししたと言われていた。

 ニールはさらに深くうなだれた。嗚咽を漏らし涙を流した。恐らく、ニールはこれを聞かれたくなかったのだ。

「そして、そのジム・チャールズが後世に残したのがこの『解放錠』だ」

 ドウダンはニールの懐からバングルを取り出した。

「これは十二神機以上の合金で作られ、禁術がかけられていて並大抵のことでは破壊出来ない。それをこの少年の一族は150年前から代々受け継いできたわけだ。『世界を滅ぼす鍵』をな。少年には悪いが、そんなものを残したという点はまさしくマッドサイエンティストだ。そして、そんなものを押し付けられた少年には同情する」

 ケイは舌打ちした。

「なんだろうね。あんたの言葉を聞いているとイライラするよ」

「なら、話すのを止めるか?」

「はいはい、悪かったよ。続けて」

「ふん。そして、この鍵はジム・チャールズの血族と共にあって初めて使用が可能となる。なので、管理局や我々はこの鍵、そして少年の身柄の両方を必要としたわけだ。そして、今までもこの鍵を巡ってたくさんの殺し合いが起きてきた」

「なるほど。ですが良く分からないんですよ。じゃあ、なんで十二神機自らが我々を襲ってくるんですか? 管理局の刺客でも良いんじゃないんですか?」

「これも推測だが。恐らく連中はすぐさま惑星管理システムを起動したいんだろう。十二神機はそれそのものがシステムの端末だ。あれを使えばすぐにでもシステムにアクセス出来る。後はようやく動かせたおもちゃに試運転させてやりたかったというのもあるのかな」

「そもそも、あれは一体なんなんですか?」

「言っただろう。『十二神機ヴァジュラ』だ。セルメド大陸の生成に関わった4機の内の1機だな」

「いえ、でも。十二神機にしては弱すぎますよ。そもそも行動範囲に限界があるっていうのはなんなんですか。というか、人間が十二神機を完全に掌握出来るものなんですか」

「......。それについては我々も調査中としか言えない。弱いのはまだ覚醒してないからだろうと分析されている。つまりこれから完全なヴァジュラになる」

「うーん」

 ドウダンの言葉は恐ろしいものだった。十二神機の復活。それはすなわち世界規模での大混乱が起きるということだ。しかし、タキタは首をひねった。何かが引っかかったのだ。それはドウダンの言葉がタキタたちを騙すためのまやかしではないかという疑問ではない。しかし、そのタキタには発言をそのまま受け取ることがどうも引っかかったのだ。何かが間違っているような。

「とにかく間違いないのは、この先あのマシンは我々にもお前たちにも手に負えないものになるということだ。そうなる前に我々がこの少年を...言葉が悪くなって申し訳ないが...この少年を使って交渉する。そしてあのマシンを止め、管理局にもいくらか傷を負わせるつもりだ」

「そういうことですか。それでオルトガ。あそこに逃げ込めば管理局は手を出せない。あそこの軍隊なら下手すれば十二神機の一機くらいなら落とせますしね」

 ようやく、ケイとタキタにはこの仕事の目的が分かった。

「要するに、世界を救うために仕事してたんですか私達は」

 ニールは世界の命運を握る惑星管理システムの再起動キーを持っていた。それを管理局が奪いに来たところをスミスが保護。そして、そのニールをケイとタキタが安全なオルトガまで運ぶ仕事を受けさせられた。それを阻み、鍵を手に入れるために十二神機ヴァジュラが遣わさた。そして、さらにそれを阻むためにドウダンは今ニールを拘束しているのだ。

「なんてことですか。大変なヤマだった」

 タキタは理解した事実を前に驚愕で上ずった声で言った。

 それを聞いてニールが言った。泣きながら。

「ごめんなさい。ケイさん、タキタさん。本当にごめんなさい....」

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