第20話

「私のこの『黒翼』の能力、なんなのか気になってる?」

 ケイはどこか陰のある笑みを浮かべて言った。

「はい、不思議だなぁとは思ってました。魔術とは違うものなんですよね」

「うん違うね。いや、同じような部分はあるけど根本的に違うものだ。この羽は私の体を魔導機関エンジンに作り変える器官で、外から魔力を取り込む端末なんだよ」

「体を魔導機関エンジンに作り変える、ですか」

魔導機関エンジンがどういうものかは知ってる?」

「す、少しくらいは。誰でも魔術を使える機械だって。魔力を流したら魔術を発生させるものですよね」

「そうだね。すごく簡単に言えば魔導機関エンジンは『自動魔術発生装置』だ。大災厄の前、まだ西暦が使われてた頃、18世紀末にディートヘルト・ハイゼンベルクって魔術師がゴーレムの技術を応用して発明したものだね。これの登場で人類の文明は飛躍的に発展したんだ。今までたくさんの知識と鍛錬を行わないと使えなかった魔術が誰でも簡単に使えるようになったんだからね。それで、今では都市システムから身近な家電まで私達の生活に無くてはならないものになってるってわけだ」

「な、なるほど。でも、体を魔導機関エンジンに作り変える、ってそんなことして大丈夫なものなんですか」

「大丈夫じゃないね。なにせ本当はこんなものあっちゃならないんだから」

 ケイは少し目を伏せた。

「ニール、私はね。この『黒翼』っていう兵器を作る実験の実験台だったんだよ」

「え.....」

 ニールは言葉を失った。

「私は元々孤児でね。まだ赤ん坊だったころに両親が事故で死んじゃってるんだ。それから教会に引き取られて暮らしてたんだけどね。11歳のころだったよ。私を引き取りたいって人が現れてね。女の人だった。私は周りには嫌だって毒づいてたけど内心は嬉しかったんだよ。ようやく『親』が出来るって。でも、ダメだったんだ。そいつは『黒翼』の研究所の研究員で教会を出て1周間後の日、目を覚ましたら私は実験室の寝台に寝かされてた。そこからは地獄の日々だったよ。苦しみと痛みの日々。ああ、本当にひどいもんだった。その前までの孤児の日々だって、私は辛くて嫌でたまらなかったけどそれだってましに思えた。戻りたいとさえ思った。なんでも良いからここから開放してくれってね。何度も研究員に襲いかかったり、逃亡しようとしたりしたよ。でも、全部ダメだったんだ。術式で全部コントロールされててね。だから、私はぶっ壊れそうになりながら、いや半分壊れながら半分死にながらされるがままに過ごすしかなかったんだ。実験の経過なんて覚えてない。どこで何をされたのか、されたことにどんな意味があったのか、いつの間にこの背中の能力を手に入れたのか。全部分からないんだ。気づいたらこうなってた。全部苦痛で分からなかったんだよ。何日かかったのかも、寝てたのか起きてたのかも。それで一通り手術が終わったみたいで、そこで少しだけ休養させられた。そこで、初めて私以外にも同じように連れてこられた子供が居たことに気づいたんだ。みんな、死んでるのかと思うほど表情がなくて動かなかった。それから、また実験が続いて。やっぱりそれからまた苦痛で何も分からなくなって。気づいたら一緒に来た子供が減っていってた。出ていけたのかそれともそれ以外だったのかは未だに分からない。それがずっと続いたんだ。いや、ずっとって言ったけど後で聞けばふた月だったらしいけどね。まぁ、私には永遠みたいに感じたよ。ああ、あの時私の人生は一回完全に壊れて、一回完全に終わったんだ。それでも、それの終わりにも終わりが来た。その研究は違法なもので、とうとう捜査の手が伸びたんだ。その時に私を助けたのあのくそったれスミスだったんだよ」

 ケイは自嘲的に笑った。

「それで保護されて、専用の施設で治療をされて、それからスミスが私を引き取ったんだ。そこから私を育ててくれたんだよ。あいつは運び屋にはなるなって言い張ったけどね。反抗期だったのかこうなったってわけ」

 ケイは肩をすくめた。

「それで大きくなって世の中の仕組みを理解していくうちに思ったんだ。あの研究は公ではアポロジカの研究施設が暴走したってことになっててその研究施設を壊滅させることで事件は終わってた。でも、アポロジカを上から支配してるのは管理局だ。管理局が知らないわけは無い。だから、多分すべての元凶は管理局だってね。それで、私は管理局を憎んでるし、復讐したいと思ってるんだよ」

 ニールは話を聞きながらも何も言うことが出来なかった。

「でも、こんな風に悲劇みたいに話してるけどね。実はもうあの頃の苦しみとか絶望感とかをあんまり思い出せなくなってきてるんだ。あんなに苦しくてこれを起こしたやつを必ず殺してやるって強く思ってたのにね。時間ってやつは救いで、でも残酷だ。うん、それでも多分これは良いことなんだろうって思ってるよ」

 ケイはコーヒーをすすった。

「それでも、管理局絡みの、特に上層部の悪意を見るとすごく激しい憎しみとか怒りが湧き上がってくるんだ。あの、マシンにしたって同じ。どうしたってぶっ壊してやりたいって思う。だから、まだ『昔のこと』ってかっこよく言えるには程遠いんだよね」

 ケイは苦笑した。

「まぁ、私の過去はそんな感じだよ。悪いね。自分じゃ昔のこと話してるだけだからそんなつもり無いんだけど、聞いた人からしたら随分重いらしくてさ。空気が重くなっちゃったね」

「い、いえ。そんなことは....」

 ニールは言うがその先を思いつけない。『同情します』とか『苦しかったんですね』とか何を言ってもケイに言うにはふさわしくないように思われた。とても重い過去だった。ニールはケイにそんな過去があるなんてことは全然思いもしなかった。そんな苦しい過去がありながらこんな自分に当たり前みたいに優しくしてくれていたのか、とニールはありがたいやら申し訳ないような気持ちになった。それでも、何か言わなくてはならないとニールは思った。

「大変だったんですね」

 だから、何かしっくりこなくともその中でも一番ましだと思える言葉をニールは言った。これが失礼でケイが激怒したとしてもそれでも言うべきだと思った。何か言わなくてはと思ったのだ。ケイは笑って返した。

「ああ、大変だったよ。まったくもってくそったれさ」

 ニールはケイが怒らなかったことに安堵したが、もっとふさわしい言葉を言えなかった自分が情けなかった。それでも言葉を続けた。

「それなのにその能力は使うんですね」

「うん。まぁ、この羽は忌々しいものだけどそういう過去を忘れないための戒めでもあるんだ。それに、それ以上に仕事に使えるんだよこれ。まぁ、とっとと外したいからその方法を探してはいるんだけどね。中々これが見つからなくてねぇ」

 ケイは苦笑した。

「すごいですね、ケイさんは」

「ああ、そうだよ。私はすごいんだ。こんなタフな女世界広しといえどそう居るもんじゃないよ。っていっつも自分を褒めてるんだよ。これが」

 ニールは不思議だった。ケイの過去は凄惨なものだ。普通の人間がまず味わうことのない苦痛を味わってきている。それに生まれだって良くないらしい。ニールは本当に不思議だった。ケイの人生はニールは失礼を承知で思うがどう見ても不幸なものだったからだ。だが、目の前のケイは笑っていた。それは別に嘘くさい笑顔ではなかった。普通に笑っていたのだ。

「ケイさんは不思議な人です。どうしてそんな風な目に遭ってそんな風に笑えるのか僕には分かりません」

「強がりだよニール。今だってあのマシンに出くわしたら怒りと憎しみで頭が真っ白になるんだ。全然立ち直ったとかそういうことは無いんだよ。ただ、昔よりましになってるってだけだよ」

 ケイは面倒そうに表情を歪めた。

「それでもすごいです。ケイさんのと比べたら僕の生い立ちなんてなんてこと無い」

「そんなことないよ。苦しみは各々その人のモンだと私は思う。他の誰かが耐えられることでもその人にとって耐え難い苦しみならそれはその人にとって苦しいことなんだ。どっちが上とか下とかあるもんじゃないと私は思うよ」

「そ、そうですかね。ありがとうございます」

「感謝するようなことでもないよ。さて、時間も良い頃合いだね。悪いね、最後の方はなんか説教臭くなっちゃったね」

 ケイは端末の時計を見ながら言った。

「そんなことないです。僕は話を聞いてもらえて嬉しかったです」

「私もだよ。自分の昔の話をしたのも久しぶりだった。聞いてくれてありがとうニール」

「はい」

 ニールはにこっと笑った。誰かに感謝されるのは久しぶりで、その相手がケイでニールは嬉しかったのだ。何か力が腹の底から湧いてくるようにニールには感じられた。

「じゃあ、もうそろそろ戻ろうか」

「はい、そうしましょう。タキタさんも待ってるかもしれないです」

 もうカルネは無くなっていた。ニールが残ったコーヒーを飲み干し、二人は席を立った。それからレジで会計を済ませると二人は店を出た。

 ニールは自分の話を聞いてもらえて本当に良かったと思ったし、ケイの話を聞けたことも良かったと思った。それから、本当に本当のところをケイに話せないというのがとても悔しく思えた。でも、それもケイたちのためだ、と思い直したのだった。

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