第10話
「だから! これは私が正式に受領した特級運搬証明書なんですよ! なんで使えないんですか!」
「ですから。これは特級ではありません。偽物です。スキャンしてもコードもでたらめですし、問い合わせてもそのような依頼は存在していないことになっています」
「そんなはずありませんよ! 偽造防止の細工だって完全でしたよ! 8000万の仕事なんですよ!」
タキタは軍の受付と揉めていた。相手は困り顔を通り越して若干のイラつきを見せている。タキタは必死だ。こんな風にやり合っているのはタキタが提示した特級が認可されなかったからである。
ケイの元にやってきたタキタ。愛車のビーグルのドアを開け開口一番に言った。
「ケイさん。特級の認可が降りません。有り得ない事態です」
それから車の中で簡単にケイの戦闘での状況の報告と確認を済ませ、それからずっとタキタは事態の異常について不満を爆発させていた。
タキタは空港に着くと迷わず軍のポートに向かったらしい。軍は突如観測された異常な魔力源について騒ぎになっており、調査と解析を行っていた。タキタはそこに乗り込み、
「騒ぎの中心に居るものです。こちらでおたくの船を借りたいのですが」
と、得意顔で言ったのだ。タキタはいつも使っている運び屋ではなく、より安全な軍の船を使うことにしたらしい。特級を見せればそれぐらいは可能なはずだからだ。特級にはそれだけの特権がある。そして、特級を見ると受付は顔色を変え特級を受け取り手続きを開始した。しかし、受け取ってスキャンした瞬間に受付の顔色はさらに変わった。主に疑念の色に。それから受付はタキタに説明を聞くとギルド総本部に問い合わせをした。数分で終わった通話の後に受付は言った。
「申し訳ありませんがこれは偽造品の可能性が高いです」
タキタは絶句した。受付にそんなはずはないだの、もっとしっかり調べろだのとにかく色んなことを言いまくった。受付はご丁寧にもタキタの言った分だけスキャンを行ったがやはり読み取り不可だった。唖然としたタキタだったがそこではたとケイの事を思い出し端末で通話。その後ケイを拾い現在に至る。
「だからちゃんと調べて下さいよ! そんな訳ないんですから!」
「ですから。もう、14回もスキャンしました。コードがデタラメで読み込めないと同じ数だけ申したはずです。これは偽物ですよ」
「なんで...なんで偽物だって分かるんですか! これは本当に極秘の仕事なんですよ。だから、ギルドでも限られた人しか知らないだけなんじゃないですか? 明確に偽物だっていう根拠を教えてください」
タキタは場をわきまえずに喧嘩腰だった。名誉と8000万の魔力がタキタを狂わせていた。
「ギルドに問い合わせましたところ『そんな依頼はない。アーネスト・スミスの依頼ならば偽物の可能性が高い』との返事を受け取りました。ギルドそのものが偽物である可能性が高いと言っているのです。そしてコードが読み取れません。これは特級を精巧に模した紙切れであると言わざるを得ないのです」
「そ、そんな。そんな馬鹿な....」
「加えて。私共立場上はあらゆる証明書の偽造に関する教育を受けています。もちろん特級に関するものもです。そして、実際に何度か偽造された証明書も見てきています。その知識と経験から言わせていただければこの特級は偽物のパターンと酷似しているのですよ」
「嘘です....。特級のはずなんです....。私達の初めての大仕事のはず....」
タキタは消え入りそうな声で呟く。
「どちらにしてもスキャン出来ないものを認可するわけにはいきません。どうかお引取りください」
「嘘です....」
タキタは膝から崩れ落ちた。そのタキタの肩にケイが手を置いた。
「行こうタキタ」
「ケイさん。こんな...こんな馬鹿なことあります?」
「あるんだよタキタ。なにせあのスミスの依頼だ」
「嘘です.....」
タキタは天井を仰いだ。
「嘘ですよこんなの!!!」
タキタは吠えた。
「なんで....なんでこんなことに....」
タキタはイスにもたれて天井を見上げ呟いていた。この状態がかれこれ20分ほど続いている。場所は空港のカフェでタキタ、ケイ、ニールは店の中央にある丸テーブルに座っていた。店には他にも客がおり、放心状態のタキタを不審げに、あるいは気の毒気に見て通り過ぎていくのだった。
「あ、あの...」
ニールがなんとか口を開く。しかし、ケイが制した。
「前にもこうなった時があったけど話しかけないほうが良いよ。ていうか、何言っても聞こえないから」
「で、でも...」
「良いから。コーヒーでも飲めば少しは落ち着くだろうから待ってよう」
「は、はい....」
3人の元にコーヒーと軽食が運ばれてくる。混んでいたので随分時間がかかった。しかし、タキタは目の前にそれらが並べられても気づかない。天井を見上げてブツブツ言っている。そんなタキタを見かねてケイが言う。
「タキタ」
「そんな...そんな馬鹿な....」
「タキタ!」
「へ...? はい...。あ、ケイさん....。そういえばここはどこですか?」
タキタは放心状態のままケイに引きずられて来たので状況すら把握していなかった。
「空港のカフェだよ。コーヒーとサンドイッチが来たよタキタ。とにかく食うんだ」
「いえ、今..何も口にする気が起きません...」
「良いから」
ケイはタキタの口にサンドイッチを押し付けた。渋々タキタはそれを口にした。もごもごと咀嚼する。そうするとようやく少し落ち着いたようだ。それから、コーヒーも一口飲んだ。
「ケイさん。また言いますけどこんなことあります?」
「あるんだよ。やっぱり最初から妙だとは思ってたから」
「でも、特級が偽造って...。しょぼいパチもんならまだしもあんな精巧なもの聞いたことないですよ。それこそ本当に世界に数人しか作れる人間なんて居ない。それも1人を除けば全員監獄の中のはずです」
「だから、あのおっさんはその残りの一人に高い金出して依頼して、わざわざ私達に仕事を押し付けるために偽造品を作らせたんだよ」
「そんなことあるんですか...」
「あるんだよ。あのおっさんなら」
「ううう...。そうですか。そうですね。スミスさんなら有り得ますねぇ....」
タキタは鼻をすすった。目が涙ぐんだらしい。目深に被った中折れ帽のせいで見えはしなかったが。タキタはようやく現実を受け入れ始めたようだった。
「嘘っぱちだったんですか。私達が受けた依頼は特級だってことも報酬8000万だってことも」
「特級は嘘っぱちだったね。でも、8000万は何がなんでもふんだくるよ。地の果てまで追っても払わせてやる。割に合わない」
「そうですよ。その通りですよ! なんですかあのマシンは! あんなケイさんでも勝てないような怪物出てくるなんて聞いてないですよ!」
「あれは『目標をロストした』って言って転移した。ということはこの先にも現れる可能性は高いよ」
「なんですか。じゃあ、この先にもあの怪物は私達に付き纏うんですか。ニール君をオルトガに送り届けるまであの怪物を退け続けなくちゃならないんですか? どこもかしこも危険じゃないですか。おちおち寝てもいられませんよ」
「あいつは空は飛べなかった。いや、この先どうなるかは分からないけどとりあえず今のところは飛べなかった。だから、空は安全...のはず」
「確証はないんですね。この先どうなるか分からないっていうのは? ていうかあれは何なんですか本当に。あんなハイスペック中のハイスペックなマシン軍用でも聞いたこと無い。いや、軍用どころかこの世の中であれだけの魔力量と運動性能、それでナノマシンを使うロボットなんて聞いたことないですよ!」
「それについてはあいつが気になることを言ってたけど.....」
と、ケイが言いかけた時だった。その傍らですすり泣く声が聞こえた。ニールだった。
「ごめんなさい...僕のせいで...ごめんなさい...」
ニールは何度も謝っている。二人はそれを見て口ごもった。二人はもう確信していた。あのマシンが狙っていたのはニールだったと。あのマシンはニールを奪うために二人に襲いかかったのだ。そして、スミスが依頼したこの仕事とはあのマシンからニールを守りながらオルトガに送り届けることなのだと。つまり、全ての鍵はやはりニールが握っている。そして、この依頼が嘘っぱちだったのだとしたらニールも二人を騙していたということになる。そして、今ニールは謝っていた。
「.......。一体どういうことなんですかニール君。ケイさんなんて死にかけたんですよ」
「ごめんなさい...」
「私のことは良いからタキタ」
「良かないですよケイさん。死にかけたんですよ?」
「良いんだよ。だから、とにかくニールの話を聞こう。ニール話してくれる?」
「.....はい」
ニールは涙を拭いながら言った。そして、ニールは話し始めた。
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