第4話

「遅いですよケイさん。期限は今日から4日なんですよ?」

「うるさいな。女の子が身だしなみ整えてんのに文句言う男はモテないよ」

「そういうこと言わないで下さいよ。リアルに心に刺さりますんで...」

 タキタとケイ、そしてニールはタキタのビーグルを停めている駐車場に居た。ここからが出発地点だ。タキタとニールはシャワーを浴びて服を替えたいと言うケイをしばらく待っていたのだ。ケイは動きやすい赤のパーカーにジーンズという服装に着替えていた。

「で、結局経路はどうなったの」

「基本的に空路を行こうと思っています。まずこの車で空港に行って、いつもの業者に頼んで運搬してもらいます。途中給油でトゥキーナに降りて、その後はオルトガまで一直線ですよ。空路なら襲ってくる者もそうそう居ないでしょうからね。トゥキーナは発着許可に時間がかかりますが、それを含めても3日あればオルトガまで行けるでしょう。いやぁ、ニール君。どうやら順調にあなたを送り届けられそうですよ」

「わ、分かりました」

 ニールは相変わらずだ。

「まず空港まで車で行くってこと。じゃあ、砂漠を抜けるのか。嫌だなぁ。暑いし。そもそもタキタの車エアコン効かないし」

「ちょっとちょっと。そんなことありませんよ。私の自慢の車ですよ。メンテナンスは怠っていません」

「そもそも古いからエアコンの性能自体が悪いじゃん」

「ヴィンテージって言ってくださいよ。この車は簡単に手に入るものじゃないんですよ」

「興味ないなぁ」

 タキタが心から愛し、念入りに手入れしているビーグルだったがケイにはさっぱり良さが分からないのだった。

「おっと、こんなところで雑談している場合じゃありません。さっさと出発しましょう。余裕があると言っても時間制限はあるんですからね」

「はいはい。じゃあ行こうか」

 そう言ってケイはニールに後部座席に乗るように促した。ニールはビクッとして、それから少しあたふたしてから後部座席に乗り込んだ。それからケイとタキタは運転席と助手席にそれぞれ乗り込んだ。

「では、出発しましょう。いざ、オルトガへ!」

「はいはい、良いから早く行こうよ」

「いざ!」

 ケイの嫌味もタキタには聞こえない。いよいよ出発となり、もはやこれから手に入ることが確実だと思いこんでいる栄光にしか意識が行っていないのだ。

 そうして車は発車した。駐車場を後に街の大通りに出る。ここから一直線に通りを走って街を出て砂漠を超えれば空港だ。2時間弱の道程である。大通りは交通量が多く、速度はゆったりとしたものだった。タキタは機嫌よく街の中を飛ばしていった。かけている音楽に合わせ鼻歌まで歌っている。

「ニール君はこの街に住んでるんですか?」

 と、タキタがご機嫌な調子でニールに聞いた。

「詮索はしないのが仕事のひとつって言ってなかった」

「これくらいは良いでしょう。ニール君ずっと緊張でカチコチですし。雑談ですよ雑談」

 ニールは若干しどろもどろになりながらも答えた。

「こ、この街に住んでます。住んでました」

「ああ、そうですね。これからオルトガに住むわけですからこの街ともお別れですねぇ」

「は、はい。ちょっと悲しいです」

「良く景色を見ておくと良いですよ。これで世界有数の大都市なんですから」

 そう言われてニールは窓の外に目を向けた。景色はみるみる流れていく。高層ビル群や人や車。たくさんの店に広告塔。

「す、すごいです。こっちの方はこんな風になってたんですね」

「おや。ニール君ひょっとして自分の住んでいる辺りからあまり出たことがないんですか?」

「は、はい。ほとんど出たことないです。一回だけ学校の旅行で湖の方まで行っただけです」

「ほほう。じゃあ、これからの景色は全部ニール君にとって初めて見る景色なわけですか。良いですねぇ、若いと全部が新鮮なんですね」

「私達なんて飽きるほど見てる上に悪い思い出も絡んでむしろうんざりするくらいだけどね」

「もう、ケイさん。せっかのニール君の感動に水を差さないで下さいよ」

「はいはい、悪かったよ」

 ケイは手をヒラヒラさせた。車は進みようやく都心を抜けた。ここからは道幅も広がり、道を行く車の速度が上がる。ここまで来ればあとは砂漠まで一直線だ。

 それにしても、と二人は思う。二人はニールがどういった訳ありなのか詮索するなと言われながらもやはり想像していた。何かの組織にうっかり関わってしまったのかとか。家族が何らかの理由で国に追われる身になったのかとか。少なくともオルトガに行くということは何かから逃げているということだ。なので、それに伴って若干は言葉に後ろ暗さを感じられるのではないか、カタギではない空気があるのではないかと二人は思っていた。しかし、ここまで会話してニールは正真正銘の普通の子供なのだと二人は感じていた。気弱で引っ込み思案なところは見受けられるが全て普通の範疇だ。二人は何故ニールが特級の扱いでオルトガまで行こうとしているのかいよいよ予想がつかなくなった。ケイは不安が募っていったが、タキタはもう依頼を達成したかのように思っているのであまり気にはならなかった。

「あ、あの。お二人はこの仕事をされて長いんですか?」

 今度はニールの方から質問だった。確かに普通に生活していて運び屋のお世話になることはあまりないだろう。国だの管理局だのの大きな依頼をこなしてニュースになったり有名になったりしている者も居るには居る。中にはそういった知名度を利用してタレントになったり、起業したり、政治家になるものも居るくらいだ。一般的に言えば運び屋の仕事は有名な部類に入る。しかし、それは運び屋のキレイな部分ばかりがクローズアップされて認知されているのが現状だった。汚れ仕事も多いということはあまり知られていない。そして、そんな後ろ暗い世界に足を突っ込んでいる一般人は少ない。なので、運び屋の仕事は有名だが一般人は何をしているかを良く知らないという奇妙な距離感があった。

「私はまだ2年ですね。ケイさんは...」

 タキタは少し言いよどむ。

「もう、7年になるね。15から始めたから」

「そ、そんな若い頃から。すごいですね」

「別にすごかないよ。貧しいけど腕っぷしには自信がある、みたいなのは早くからこの仕事を始めてるやつも多いから。まぁ、儲かる時は儲かるけどそうじゃないときはまるっきりな仕事だから不安定だけどね」

「そ、そうなんですか。大変ですね」

「まぁ、7年もやってたらいい加減慣れてきたけどね」

「ニール君は間違ってもならない方が良いですよ。危険ですから」

「そ、そうなんですか」

 ニールは一生懸命しゃべっている感じだった。どうやら、気を使って自分から会話を試みたようだ。その割には受け答えはしどろもどろで形式的だ。口下手なのか、と二人は思った。

「君、口下手なんだね」

「え」

「ちょっとケイさん。そんなこと言わなくてもいいでしょう」

「口下手なんなら無理して話さなくて良いよ。こっちから話すからそれに答えてればさ」

「ケイさん。言い方ってもんがあるでしょう。ニール君誤解しないでくださいね。この人は別にうるさいって言ってるんじゃないんですよ。会話が苦手なら無理しなくて良いよ、って優しさで言ってるんですよ。言葉が足りない上に普段がああだから前者の意味合いに聞こえたでしょうけど」

「あ、は、はい」

 ニールはなんとかタキタの言葉を理解したようだ。ケイは時折不意打ちのように優しさを見せる時があったが普段の言い方がきついのでそのように取ってもらえない事が多い。相手を逆上させる場合の方が多かった。タキタも始めはそういう意味だと気づけず勝手に凹んでいたこともあったのだった。それから付き合いが伸びるにつれてなんとなくどういう意図で言っているか理解出来るようになってきたのだが。

「まったく。口下手なのはケイさんも一緒ですよ」

「余計なこと言うね。傷ついたよ」

「はいはい、申し訳ありません」

 そんな風に他愛の無いことを話しているとニールも少しは緊張がほぐれたのか表情が柔らかくなってきた。無理に話さなくても良いとケイが言ったがその後もニールは「好きな食べものはなんですか」だの、「趣味とかあるんですか」だのと明らかに無理をしているような質問をした。大丈夫なのかと二人は思ったが本人はさっきよりは楽しそうだった。なのでニールなりに打ち解けてきたのかもしれないと二人は思うことにした。ちなみにケイの好きな食べ物はラーメン、タキタはバナナパフェ、趣味に関してはケイは音楽、タキタはアイドルの追っかけと答えた。そして、二人がニールの年について聞くと12歳とのことだった。

 そうこうしている内に車は街の端までやってくる。空港まで後1時間とちょっとという感じだった。

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