10-3.脳を動かす

「バイタル安定しています。まったく問題ありません」


 小松が梨乃の状態を告げる。紆余曲折はあったものの、何度か繰り返してきたこの作業に梨乃を含めた全員が慣れ、最初ほどの異常は見られなくなった。


「滝沢さんの方も大丈夫そうですか?」


『はい、こちらには何も影響はないです。続けていただいて構いません』


 別室で国民の精神データや梨乃のバックアップデータを管理する滝沢とも連携しつつ作業を進めていく。

 これを藤原、生田、小松と滝沢に一任し、この間に一ノ瀬と双葉は妹の図面と睨み合っていた。


「顔や姿形はどうします? 梨乃ちゃんに寄せるのは当然ですけど」


「ベースは梨乃のやつを引っ張ってくるのは決定だな。瓜二つの双子の姉妹、っていうのも悪くないが……」


 藤原たちが考えていた仮の設計書でも、ベースを梨乃のものにして外見を妹にするとなっていたし、口頭でも言っていた。


「生年月日が違うから、双子はちょっと現実的じゃないですよね。やっぱり少しだけ違う感じでいいですね」


「ああ。むやみに考えるだけ無駄だろうな」


 結局初めの案のまま、「本当の妹のように似せる」という結論に至ったが、問題はどう似せるかだ。

 目に見えない部分、つまり基本の型などは、再三言っているように梨乃とまったく同じでも構わない。しかし目に見える体や顔に関しては、まったく同じの場合むしろ双子という関係に近づいて見えなくもない。

 その細かい違いが、今回の妹の開発の最大の難点だった。


「どうにかして姉妹らしい差異を出したいんだが、どうしたものか……」


一ノ瀬は思わぬ問題を前に頭を抱え、唸る。頭が良い開発者ゆえに、単純なことでもややこしく考えてしまっていた。

一方の双葉は、人差し指を顎に当てて宙を見て、何となく呟く。


「実際の姉妹とかの情報があれば、そこから模倣とかはできそうですけどね」


 思わず、悩んで額をこする一ノ瀬の手が止まる。


「……ああ、なるほど……。そういうことでいいのか」


 沈んでいた頭を起こし、この世の姉妹を探しに検索をかける。


「ううん……。たしかに姉妹で調べればそうなるんだが……」


「どうしました? ……ああ、まぁ、そうなりますよね」


 双葉は再び頭を抱えた一ノ瀬の顔の横から、画面を覗き込む。

映っているのは、今を生きる芸能人姉妹たちの写真だ。テレビや新聞で目にする彼女らが、姉妹揃って微笑んでいる写真が並んでいた。

 ロボット開発が再び盛んに行われるようになり、人工知能が発達しつつある今日でも、芸能人は存在している。

 しかし、芸能人の在り方や芸能人そのものが変わってきているという現状も、たしかにあった。


「最近の芸能人って、人っていうよりはキャラクターですもんね」


 人間がそのまま登場して話すことは少なくなっていて、いたとしても番組の司会者などの一部にとどまっている。

 では、他の出演者はどうやって出演しているのかというと、オリジナルのキャラクターになって出てくることが多くなった。あるいは、デザインもなく声だけで出演することで、いわゆる「謎の~」を狙う方法が増えていた。

 つまり、生身の人間の姉妹の画像が、驚くほど少なかったのだ。


「兄弟とかでもいいんじゃないですか? ああ、兄弟でもダメですか……」


 双葉に言われるがまま再び検索をかけるも、結果は姉妹と同じで、キャラクターの姉弟の画像がほとんどだった。


「先輩は兄弟とかいないんですか?」


「え、ああ、いや、いない……な」


 ふと何気なくしたはずの質問の答えに、若干の躊躇いがあったように双葉は感じたが、気のせいだろうと、また姉妹の話に意識を戻した。



 一ノ瀬と双葉が兄弟姉妹について四苦八苦しているころ、梨乃のバックアップの方では首相の石田から連絡が来ていた。


『精神データの提供だ。義務化になったことで、以前よりもまともなデータが手に入っているはずだ。滝沢のところに送ったから確認してみてくれ』


「分かりました。ありがとうございます」


 藤原は同時に滝沢に連絡を取る。


「滝沢さん、精神データを送っていただいてもいいですか」


『はい…………送りました』


「ありがとうございます」


 研究室のデータベースから転送されてきた精神データの一覧を開き、どんな性格や感情が集められたのかを確認した。

 データの一覧と言っても、何がいくつある、のような単純なデータではない。

 画像や数値などの単純なデータの学習であれば、ひたすらそのデータ軍を学習させればいい。だが、このプロジェクトで扱うデータ軍はそもそも今まで数値化できなかったもので、非常に面倒くさいものになっているのだ。


 しかしそこも現役の研究者たちの腕の見せ所である。

 藤原と生田は送られてきたデータに改めて目を向け、梨乃や妹に対してどう扱っていくのか、こちらもこちらで四苦八苦しそうな雰囲気を出していた。


「妹のベースは梨乃、っていうのは外見もそうだしさんざん言ってるからいいとして、おとなしく優しい子っていうのは難しいな」


「幼いころの梨乃はおとなしかったが、それと同じにするのは安直すぎるか」


 一ノ瀬と双葉同様に藤原と生田は頭を抱える。


「別に同じでもいいんじゃないですか」


 そこに割り込んできたのは小松だった。


「何か良い案でもあるのか」


 さらに小松は自分の案を続ける。

 小松曰く、ベースが同じとするのならば、昔の梨乃と同じでも特筆すべき問題はなくむしろあり得る話だ。成長したあとの性格を梨乃と差別化すればいい。


「ちょうど新しい精神データも来たんですし、バックアップが終わったら精神のアップデートもしちゃいましょう。今後の梨乃の性格を基準にして妹の性格を考えても、別にいいと思います」


 そう言い終わって作業に戻った小松を見て、藤原と生田は言葉を失っていた。長く続く人工知能やアンドロイドの研究と研究所生活が、物事を難しく考えてしまう方向に脳を変えてしまったのかもしれない。

 そう考えると小松はまだ日が浅く、梨乃を除けばここのメンバーでは最年少だ。一ノ瀬や双葉ともさほど年の差がないとしても、他の研究員よりもまだ柔らかい脳をしているらしい。



 今回の妹の開発が、面々の脳みそを久しぶりに働かせる難題であると同時に、梨乃にとっても葛藤と決断を迫られる難題であると分かったのは、妹が完成したあとの話だった。

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