9-3.完遂

 テクノから招集がかけられたとき、テクノも国と提携していることが発覚した。

 かつて働いていた会社といえ、悪事に手を染めるのであれば一ノ瀬たちが見逃すわけもなく、会社自体を利用したあとで摘発か何かの処置をする予定でいた。そしてその筋から国の計画を探ることこそ、二人が招集に応じた理由だった。


 最初は手こずると思っていた。


 政府と提携していれば、情報規制もそれだけ強固なものになるのは当然だし、反政府組織紛いの行動があからさまになれば、計画の捜査どころか、研究室の存続さえ雲行きが怪しくなってしまいかねない。

 だから最初は出来るだけ隠密に、あくまでワーカロイドオフィスの開発にだけ集中しているように見せた。



 その計画の捜査も、社長自ら情報を差し出してくれたことで容易く一段落ついた。

 この結果、二人はワーカロイドの新型であるワーカロイドオフィスの開発に注力することができるようになった。


 そこからの開発の勢いは凄まじかった。国の計画の情報を手に入れてすぐに研究所に帰りたい、という気持ちもたしかにあるだろう。だがそれを抜きにしても、社内の新人の中でも優秀な武井と寺本を一切寄せ付けないほどだった。


「基本設計はこれでいいか?」


「はい、大丈夫だと思います。先輩、こっちはこれで大丈夫ですか?」


「ああ、完璧だ。ここの仕組みは——」


 他の同期から頭一つ抜きんでていると自負していた武井も、正直二人の頭の中がどうなっているのかが理解できない。もちろん、寺本も同様だ。


「武井、社長にちょっと聞いてきてほしいことがあるんだが大丈夫か?」


「あ、はい、大丈夫です」


 新人二人の出来ることは、天才二人の使いっ走り程度だ。


「一ノ瀬さん、双葉さん、お弁当もらってきました」


「ありがとう、そこに置いておいてくれる?」


 会社との間で伝達役になったり、昼食を開発室に持ってきたりすることくらいしかできない。他に手を出しても二人の邪魔になるだけだ。

 特に武井にとっては、この空気は少しばかり面白くない状況でもある。


「先輩、はい」


「あ、ああ。……ん」


 双葉は箸で弁当の中のおかずをつまむと、作業に徹して両手が塞がっている一ノ瀬の口に流れるように運んでいく。


 恋愛感情なんてものはないが、幼いころからよくしてもらっていたお兄さん的存在が目の前で、つい数年前に知り合ったばかりの女性と仲睦まじくしている光景は、嫉妬のような感情くらいは生まれてしまうものだ。

 隣で弁当を食べる寺本が、時折「俺が相手になってやろうか」などと言うが、箸をくわえながら一ノ瀬と双葉を見る武井の耳に届く機会は訪れなかった。



   *   *   *



 そんなことがありながら、自然光のない開発室での生活がもうすぐ半月が過ぎようとしている。ワーカロイドオフィスの設計も終盤にさしかかり、工場や他の部署に赴いて実際の製造にシフトしなければならない時期だ。


 同時に、一ノ瀬たちの計画も新たな動きをする時期でもある。

 ちょうどいいことに、寺本は急遽別のプロジェクトに参加することになり、渋々部屋を去っていった。一方の武井はこのワーカロイドのプロジェクトに残ったままだ。ここら辺も全て社長の山岸の厚意なのだろう。


 テクノにやってきたときの監禁のようにも見える状態から一転して、三人は人の目を気にせずに動くことができるようになった。

 だが実際に山岸からもらった情報を読んでみると、予想を大きく上回っていた。


「これ、すごいですね。政府の計画が核心まで網羅されてる……」


「当然といえば当然ではあるが……。しかしこんな代物をよくも提供してくれたな」


 この情報さえあれば、社員に聞いて回る必要もなくなった。


「作戦変更。設計書が完成したら工場に行くぞ。終わったらすぐに研究所に戻るぞ」


「了解です!」


 行動指針が決まるや否や、一ノ瀬と双葉は再びワーカロイドオフィスの設計作業へと意識を戻し、手を動かし始める。

 武井はその間にもいらなくなった弁当のゴミやらデータやらを片付けていき、二人がすぐにでも工場へ移動できるように準備を進める。



 外が見えず時間や日にちの感覚がなくなりかけたとき、一ノ瀬と双葉は手を止め、武井がそれに気づいて唾を飲み込む。

 そして、


「双葉は不要なデータをすべて消去。武井は下で車の用意をしておいてくれ」


 一ノ瀬の静かな、それでいて力強く素早い指示で、残りの二人は短く返事をしながら一斉に動き出した。

 一ノ瀬は作成した設計書データを小型ストレージに移動させて社長室の扉を開くと、それを勢いよく山岸の書斎机に叩きつけた。


「社長、設計書です。これを今から工場に送ってください」


「あ、あぁ、もちろんだ! よくやってくれた! ありがとう!」


 山岸は一瞬だけ一ノ瀬の圧に気圧されながら、自分のパソコンに設計書データを移動させ、画面を睨む。

 その数秒後、険しい表情を一変させた。


「よし、承った。さぁ、すぐに研究所に向かいなさい」


「はいっ! ありがとうございます!」


 一ノ瀬は居ても立っても居られず、頭を下げることすら忘れて飛び出していく。


 ワーカロイドの製造開始と、計画の捜査。

 成し遂げた一ノ瀬と双葉は、車に飛び乗って研究所へ向かった。

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