8‐4.二号機

 一ノ瀬と双葉がテクノに出張し、そして滝沢がやってきてから一週間近くが経とうとしていた。


 精神測定の義務化が制定されてから、国は各地方自治体に呼びかけて精神データの回収を急いでいた。迅速に、かつ慎重に行われた義務化への転換が功を奏したのか、梨乃と新しい二号機にインストールするための精神データは着実に数を増やしている。

 それはセキュリティエンジニアの仕事も増えることと同義であり、滝沢は以降、作業用として明け渡された部屋に引きこもった。


「そろそろ信用してみてもいいんじゃないか?」


 藤原は研究員の中では一番多く滝沢と接してきた。藤原が見た感じ、自分たちに特に危害を加えるわけでもない彼を、改めてちゃんと仲間に引き入れようと考えていた。


 だが他の面々はそう簡単ではない。

 梨乃に至っては警戒心を一切解かない生活が続き、徐々に疲労がたまり始めている。もっとも、アンドロイドに疲労という概念はなく、睡眠不足によるバッテリーの浪費である。


「梨乃はもう少しリラックスしろ。疲れが見え始めてるぞ。そろそろバッテリー交換をしないといけなくなる」


 梨乃の反応に、生田が逆に冷静にならざるを得なかった。


「一ノ瀬さんと双葉さんはいつ帰ってくるの? あとどのくらいかかるの?」


「駄々をこねてもしょうがない。俺らは俺らで梨乃の妹の開発に専念するんだ」


 妹という言葉を出せば梨乃は渋々折れた。今までたった一人のアンドロイドとして苦しんできた。妹ができればその苦しみは分かち合うことができる。


 そのためにも、やはり二号機の開発は最優先事項だった。

 たが、もともと梨乃を開発した生みの親は一ノ瀬と双葉。二人がいない今は、二人なしでもできる工程を進めるしかいない。

 あるいは、二人がいなくても完成させるか。


「二人は向こうで頑張ってるんだ。俺たちだけで完成までこじつけよう」


「そうだな。小松、頼むぞ」


「分かりました」


 藤原としても生田としても、部下ばかりに任せるのは少々面目が立たない。小松も同じように、先輩ばかりに頼ってしまうのは成長がないと自分を鼓舞した。



   *   *   *



 梨乃を開発したときの設計図やその他諸々の必要なものは、この研究室の倉庫に厳重に保管されている。

 本体のベースは梨乃に合わせる。しかし、そこから若干別人のような設計にしなくては、便宜上の二号機だとしてもそれこそ機械として製造することに他ならない。

 妹の設計は姉のときよりも少しばかり難しくなっていた。


「どうやって差別化するかだよなぁ。梨乃との違いをどう出すか」


「性格ですかね。梨乃はおとなしいので、逆に騒がしい子にするとか」


「じゃあコントロールできなくなったら小松の責任な」


「えぇ……、何で俺」


 滝沢が来てから一週間、各々が考えた案を出し合って話し合いをしてみるも、これといって大きな成果は得られない。時間だけを浪費して、進捗は壊滅的だ。


 完全に煮詰まってしまった三人のもとに、梨乃がインスタントコーヒーを持ってきてやってきた。


「お疲れ様。少し休んで」


「ああ、梨乃、ありがとな」


 その何気ない優しさが心に沁みたのか、藤原は微糖のコーヒーがいつもより少し甘く感じた。

 そして鼻から抜ける苦みで頭が冴えたのか、藤原はピンとひらめく。


「そうだ。性格は一緒でもいいんだよ。別に違うものにする必要はないんだ」


「でも兄妹とか姉妹って、結構真逆の性格が多いって言いません?」


 小松の疑問に対して生田が補足する。


「だが、性格以外で似ていると言われることの方が多いのが兄弟姉妹だ。なんなら似ている性格でも問題ないだろうってことだな」


「その通りだ、生田」


「なるほど」


 背中を押された藤原の意見に小松も快く納得し、結果、梨乃が横で置いてけぼりにされて困惑する中、妹の性格が決定した。


「えっと、何の話?」


「梨乃の妹の話。どういう子にしようかって」


「どういう子になったの?」


 目の前で自分の妹が作られていくのだ。梨乃が食い気味なのも頷ける。


「梨乃みたいに優しくておとなしい子にしようかと思ってる」


「わぁ……!」


 口を手で隠して感無量といった表情。でもおそらくその感情も、明確な言葉では言い表せない。インストールした精神データにはそんなデータはあまりなかった。

 そういうはっきりしない感情があるからこそ、精神測定の義務化は五人にとっても梨乃や妹にとってもありがたいし、幅広いタイプの精神が収集できるのは心強い。


 性格が決まっていよいよ開発開始だ。素材を本部に発注しつつ、中身を設計していく。

 果たして二人が帰ってくるまでに、サプライズとして完成させることができるのか、そんな遊び心の入った懸念が、藤原の頭を過った。

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