異界帰りの超能力者 ~異世界召喚に巻き込まれたと思ったら魔王の方からやって来た件~

五十嵐 亮

異界召喚編

第1話プロローグ


 この世界には、人知れず異形の者達が存在する。

 人類はそれらを、時代と共に関わり方を変化させてきた。

 

 時に、英雄と呼び崇めた。

 時に、化物と呼び迫害した。

 時に、神の使いと呼び奉った。

 時に、妖怪と呼び恐怖した。

 

 異形の者達はここではない、どこか別の世界からやって来ていると言われている。そして、人の感情を食べ生きているため、彼らの本質は基本的には悪であり、不滅。

故に、彼らは人を悪意なく殺す。


 そんな悪の化身たる異形の者達と、戦う者達が大昔から存在する。

 例を挙げれば聖騎士、祓魔師、呪術師、陰陽師など。ここ最近になってからは超能力者も異形の者達との戦いに参入してきた。

 そんな彼らを纏める組織、聖王協会。

ロンドンに本部を置き、世界各地に支部を展開している異能最大組織の1つ。

他には、東京の国土異能力対策課、ニューヨークのトワイライトなどがあり、一昔前には、組織でなく強力な個であるが、"怒れる銃使い"に、世界各国を神出鬼没に飛び回る"怪盗オペラ"なんて輩もいたらしい。

詳しい説明は今回は割愛する。

 

 人類と異形の者達、両者の戦いは常に苛烈を極め、記録によれば、既に七度も大戦が繰り広げられている。


一度目、二度目は、人類同士が団結できず、大戦としての形を成さなかった。

三度目は、妖魔を統べる皇帝──妖王を撃破したが、その配下を滅するまではできなかった。

四度目は、人類側の指揮官と妖王が一騎討ちの末相討ちとなり、その後乱戦になり決着はついていない。

五度目は、本格的な戦争にはならなかった。

六度目は、何故かあらゆる記録が抹消されている。

七度目は、後に隻眼の大天狗と呼ばれる指揮官、雨宮清剛の英雄的な活躍により、人類の勝利となった。


だが、それでも妖魔は次々と異界から現れ、さまざまな手段で猛威をふるう。

そして、人知れず八回目にもなる、人類の存続をかけた、過去最大規模の大戦が始まろうとしていた。






ここは、ロンドン。聖王協会の本部である。

聖王協会本部の一室。

木製の円卓が広大な白亜の空間の中央に虚しく置かれている。無駄な家具や装飾品、美術品はなく、ひどく簡素な部屋だ。

この部屋は、聖王協会からコードネームを与えられた十二名の幹部、円卓の騎士

しか入室が許されない。

十二もある漆黒の玉座のような重厚な椅子に腰掛ける人物は四人の異能力者。

彼らは同じ組織の人間であるにも関わらず、聖王協会の制服を着用しているのは一人もいない。


一人目は、ラフな真っ白なTシャツを着た金髪の美男子。

二十代そこそこに見える長身細身のいつも笑顔を絶やさない優男。

そして、金色に煌めく瞳はどこか遠くを見つめているように達観した印象を抱かせると共に、僅かに胡散臭さを醸し出している。

彼こそが、ジョーカーというコードネームを持つ、聖王協会の全てを取り仕切る男。

だが、この男にはコードネーム以外のあらゆるパーソナルデータが存在しない。本名不明、出身地不明、経歴不明、年齢不明。

全ての情報が不明の謎めいた男だが、実力は折り紙つきだ。多種多様なあらゆる術を、多岐に渡って行使する姿から「千技の魔術師トリックスター」の異名を持つ。


そのジョーカーの正面に座っているのは、暇そうに肩肘をついた三十代の黒人の男。

類い稀な恵まれた背丈に体躯、盛り上がった筋肉、スキンヘッドの頭部。かろうじてジーパンを履いているが、上半身は何も着ておらず、西洋の龍の刺青が姿を覗かせている。

初見の人物が相手ならば、いかにもマフィアにいそうなこの男に間違いなく怖じ気づくだろうが、一番気にしているのは本人だろう。

何故なら、この男──コードネーム、エンシェント・ドラグーンは、実は面倒見が非常にいい人物として、聖王協会で知られているからだ。

彼の肉体には原初の龍の力が宿っており、鋼よりも硬く、並の龍よりも力強い。まさに、体こそが最大の武器であると言えるのだが、それ以外には何の能力を持たない。


昇り龍の描かれた真っ白な浴衣を纏いながら両腕を組み、いびきをかいている紫色の瞳をした初老の男性は、和尚というコードネームを持つ。

樽のような大きな腹とモジャモジャと生やした真っ白な髭、そして優しい笑みを浮かべるその姿は正しく好々爺。現に、多くの者達から慕われると同時に、孫のように思い可愛がることからも、見受けられる。

そんな和尚の能力は仙術。

仙術とは、修得が最も難しい術の一つとされ、修得した者は不老となる。つまり、和尚は見た目通りの年齢ではない。

そのことから、聖王協会の人間はジョーカーと和尚、どちらが年上かよく議論の話題に上がるのだが、両人とも何も言わない──本人達に馬鹿正直に質問する命知らずがいない──為、答えは不明だ。


この部屋に居る最後の一人は、年端も行かない日本人の少年。夢の国からやってきたネズミがプリントされている市販の可愛らしい子供服を着ており、少々、場違い感が否めない。

実年齢は、ようやく十歳を越えたであろう年頃なのだが、それよりも更に上に見える少年はとても美しい容姿をしており、髪は腰まで伸びる程の長さだ。十人いれば、十人とも振り返り、その美しい容姿を手放しで称賛するだろう。だが、残念なのは、その容姿の美麗さを帳消しにするほどの態度の悪さと口の悪さ、そして目付きの悪さだろう。

両足を円卓上に乗せ、口に含んでいたガムを当たり前のように左手親指で円卓にへばりつけている。そして、どこかつまらなそうに虚空を眺めている両の眼はどこか虚ろだ。

よく見るとその瞳は、深紅に煌々と輝く最高峰の芸術作品の傑作のように美しい。最高級のルビーでさえも陳腐なガラクタに思えてくる。その上、動作のどれをとっても洗練されていることが分かる。

行動に重度な問題があるだけで上手く隠せば、名のある名家の人間と言っても正体を見破るられることはないだろう。

この少年は、ジョーカーの弟子であると同時に聖王協会歴代最年少幹部でもあるが、コードネームは与えられていない。理由は、ジョーカーが与えていないからなのだが、実力は非常に高い。表向きは、超能力だけとなっているのだが、全ての力を知っている者はジョーカーだけだろう。


聖王協会の幹部の権限は、全員等しく同等であるのだが、序列が存在する。

その序列の順位の判断材料は戦闘能力の他に、聖王協会への貢献度、戦闘以外の事務や外交などの能力など様々である。つまり、数多の分野で、高い水準での能力を有していなければ、手には届かない。

優秀な者が現れ、幹部の席が空いているのであれば、過半数の幹部からの承認を得れば、直ぐにでも幹部になることが可能となる。


話を戻すが彼ら四人は、序列上位の者達である。

序列一位は、ジョーカー。

二位は、日本人の少年。名を神月帝という。

三位がエンシェント・ドラグーンであり、四位には和尚。

ジョーカーに関して言えば、聖王協会を纏めているため──他に纏めようとする者がいないのだが──序列一位であるのだが、二位から四位は、ただの戦闘能力オンリーで、のし上がった者達である。

だからといって、ジョーカーが他の三人と比べ、特別劣っている訳ではない。


つまりはその気になれば、最強、最狂、最凶、最恐の名を欲しいままにすることさえ容易な人外の怪物達。

そして、第八次妖魔大戦における人類の切り札。

そんな彼らの中で最初に口を開いたのはジョーカーだった。


「今回の大戦で確認されている妖王は四体──」

「ならば、妖王を我々で一人一体倒せばすむ。軍を四手に分けて同時に攻撃を仕掛けるか?」


答えるように、ジョーカーの話を続けたのはエンシェント・ドラグーン。

そんな彼に代表して呆れたような視線を向けるのは、少年。


「どうした?他に案があるのなら言ってくれ」

「そんなアホみたいな作戦、同意する訳ないだろ。もうちょい頭使え。筋肉ダルマ、ハゲ、タコ」


エンシェント・ドラグーンの黒い頭部に血管が浮き上がる。顔には、精一杯笑顔を頑張って張り付けているつもりなのだろうが、目が全然笑えてない。

そこで双方の会話の間へ入ったのは和尚。内心ではエンシェント・ドラグーンへの案を反対しながらも、まずは少年へと代替案の提示を求める。


「ならば帝よ、他に作戦はあるのかの?」


帝と呼ばれた少年は、面倒そうな表情でおもむろに口を開く。


「軍を四手に分けるも何も、四体が纏まっているのを聞いてないのか?アレが何とかすればいい」

「アレって、もしかして僕のこと?」

「当たり前だろ。他に誰がいるんだよ」

「一応僕、きみの師匠なんだけど。全軍で攻め込めばよくない?」


アレ呼ばわりされた挙げ句、大役を任されそうになったジョーカーは頬を引き吊らせながら少年へと質問したが、雑に対応されメンタルに多大な深い傷を負った。


「それでいいな、はい終了!お疲れ様!それじゃあ解散」

「そうか、ならば我は準備を初めなければな」

「それならば、儂も行くとしよう」

「……アッ!帝、ガムを処理してから行って!」


少年達は、ジョーカーを置いて勝手に退室していく。

普段は、少年を除けばという制約が含まれるが、ここまでジョーカーの言うことを聞かない訳ではない。むしろ、エンシェント・ドラグーンも和尚もジョーカーを互いに信頼し信用している。


だが、エンシェント・ドラグーンと和尚は、少年について信頼しているかと問われれば、首を縦には振らないだろう。

何故なら、その少年は、彼の師匠と同じく不明な点が多いからだ。彼が十歳の時に、ジョーカーが孤児院から連れてきたと公表しているのだが、どこの孤児院とは述べたことは一度もない。

そして、未知の能力を使い、数多の妖魔や裏切り者達を容赦なく屠るその姿は、彼らでさえも恐怖を禁じ得ない。その力は、あまりにも強力であると同時に万能であり、超能力以外にも人ならざる力を有していることは、彼らは感じていたが何も言えなかった。理由は、ジョーカーがその力に何らかの価値を見いだしていたからだ。

ジョーカーは自らが探しだした少年を、自らの弟子とすると、古今東西あらゆる知識、武術、学問、思想など多くの情報を教え込み、死刑が確定した反逆者を実戦訓練として一対一で戦わせたことも一度や二度ではない。それはあまりにも苛烈を極め、逃げることも許されず、ただ是として受け入れる以外の選択肢は存在しなかったが、それを望んだのは他でもない少年自身。

ジョーカーの教育が一通り終えると、一般訓練生の中でも一握りの優秀な生徒を集めた特殊訓練生の部隊に所属し、同期と共に幾つもの任務をこなした。他の訓練生から見れば、非常に厳しく難しい内容の任務であろうとも、少年にとっては、あまりにも簡単すぎるものだった。

そこで、少年は師に相談すると──


「だったら、幹部にでもなってみるかい?」


あっけらかんとした様子を見せ、観察するような視線を向けられた少年は、これもジョーカーの想定内の事象なのだと理解し、大人しく史上最年少幹部へと昇格した。

そして、数ヶ月が過ぎ、現在に至る。






少年がバルコニーの手すりに座りながら空を見上げれば、漆黒の闇の中を星が瞬いている。嵐の前の静けさ。このことわざが少年の頭をよぎる。

誰もがあまりの美しさに生唾を呑み込む絶景を、この少年には黒い大量の絵の具にビー玉を適当に投げ入れたかのような乱雑な光景にしか見えない。まるで、目的を失った自らを戒めるような天を瞳に映しながら歪んだ笑みを浮かべる。

不意に星へ向かって手を伸ばすが、当然の如く何も掴めない。あの時のように大切な物は、いつだって手には届かない。


「どうしたんだい、帝?昔のことでも思い出したかい?」

「さあな、作戦の実行は明日だぞ。ちゃんと他の組織の連中にも伝えたのか?」

「ちゃんと伝えたよ。そして、従ってくれるそうだよ」


ジョーカーが後ろに手を組みながらゆっくりと近付く。

その顔には、他の誰かの前では決して見せることのない、紛れもない愛情が浮かんでいる。


ジョーカーは少年を育てた。罪滅ぼしとして。それも、幾重にも折り重なった罪滅ぼし。

本当ならば、争いとは無縁の環境で育てたかった。だが、少年の力はあまりにも大きいがために、それは不可能だ。

故に、厳しく育てた。自らの手で。他の者に手を出されることなく、可能な限り多くの情報を教え、それを他でもない少年も望んだ。

もう一人でも生きていけるだろうと思いながらも、いつまでも手元に置いているのは、自分が少年と離れたくなくなっていると気が付いたのは最近だ。

それでも、少年のために。


「帝、この大戦が終わればどうするんだい?」

「何も決めてない。まあ、何も変わらないんじゃないのか」

「……そうなのか。帝、きみに聖王協会、円卓の騎士の序列一位の僕からきみに指令を下す。この大戦が終わり次第……」


ジョーカーは、続く言葉が喉に引っ掛かって出てこない。

いつの間にか瞳はうっすらと潤み、脳裏には数多の思い出が甦る。


少年のために栄養食を一から勉強したこと。

風邪をひいた少年を一晩中看病したこと。

翌日、風邪がうつり少年に看病されたこと。

少年が興味を持った国へと一緒に旅行したこと。

少年とキャッチボールをしたこと。

少年が自分の誕生日に不格好なネックレスをくれたこと。


幾つもの記憶が水泡のように浮かび上がっては消えていく。


「ジョーカー!俺、やりたいことできたんだ!だから!だから、この大戦終わったら聖王協会から出ていくからよろしくな!」


少年は大きな声でジョーカーに呼び掛ける。だが、声が震えていることからも空元気であることは明らかだ。


振り返り、ジョーカーの方を向いた少年の表情はいつもの気だる気なものと変わり、真剣なものだった。そして、瞳はジョーカーと同じく潤んでいる。


少年に気遣われたジョーカーは自嘲気味に笑いながら、幼い我が子を抱き締める。

少年が、世界で最も恐れられた魔術師に対して送る言葉は、消え入るような口調ではあったものの、ごくありふれたものだった。


「ジョーカー、今までありがとうな」

「こちらこそありがとう。そして君達にはすまない事をした」

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