私は私でありたい


 あれから私はモンスター狩りをやめた。スレの皆が心配からの反対意見が圧倒的だったのと、私自身の鬱憤を晴らすために弱者の命を奪う事への罪悪感からだ。もう無邪気に蝶の羽を毟る幼子ではない。




 もう一人の自分を演じる……違う、演じさせられる。



 古いゲームにあったな…。もう一人の自分という仮面をつける。周りが私に子供という仮面を付け様とするから私はあえて仮面を付けた。19歳という仮面を自分で選んで。


 なのに実際は選んだ仮面がいつの間にか周りが望む仮面にすり替わってる。


 周りに合わせる。日本では極当たり前の処世術だ。それは協調性を生む。慣れたそれなのに今は辛く、怒りさえ感じはじめている私がいる。



 だって本当の私を誰も認めない! 存在を許さない!

 29歳という女を! 人の妻だという事実を! 一児の母という私を!!



 少しだけ勇者な彼を羨ましく思った。こんな考えを言ったら彼は怒りだしそうだ、「俺だって同じだ、連中は俺の勇者っていう肩書だけを見てる」 容易に想像はつくけれどそれでもいいじゃないかなと思ってしまう。


 だって彼には力があるんだから。


 日中の休憩時間を自室で過ごす中、開いていたステータス画面を見ながらそんな思想に耽る。目の前に浮かぶジョブを表す「お母さん」の文字。それだけが今のあやふやながらも私を確立出来る唯一。私の証明。


 自己確認を終わらせ部屋を出る。挿げ替えられた仮面ではなく自分の意思で選んだ仮面を付けて。二階の奥に設けられた自室から家人の居住区の扉を開く。テーブルの席に初めて来た時より大きくなったお腹を抱える奥さんが居た。私に顔を向け、視線が絡むとニッコリと笑って口を開いた。


 「イシーダ。近々、貴女に来客があるわ」

 「……来客…ですか…?」

 「ええ。宿商会経由でブランフォードの女将さんから手紙が届いたの」


 一瞬の戸惑いと軽い混乱をすぐに奥さんは正常に戻してくれた。ついでに女将さん達がいる所はたしかそんな名前であったはずだ。マシエドの街に来てから調べてみたはいいものの、すっかり今の今まで忘れてた。すみません。


 「嬉しいです。いつ頃の予定なんですか?」


 私は嬉しそうに笑みの形を張り付けて奥さんに尋ねる。


 「勇者様のご出立の後ってあるわ。レッスが来るらしいから私も会えるのが楽しみなの、あの鼻垂れ坊主が今じゃ神殿兵なんて! 沢山からかってやるつもりよ」


 茶目っ気たっぷりに微笑む奥さんに「それは是非拝見させてもらわなくちゃ」と相槌を打つ。ひとしきり雑談を交わし、干した洗濯物を回収に向かった。頭の中ではレッスが来る「意味」に考えを巡らせて。


 

 調子はどうだい? なんて軽口を交わす為に来る、なんてはずない。

 いい知らせか、悪い知らせ……後者の可能性が高いよね…。



 時期が勇者出立の後。これは何か関係があるのか? 甘い考えをすれば召喚失敗者の捜索終了、とか? 勇者が旅立ってしまえば追求する者なんかいないし。捜索隊解散でレッスも自由がきく様になって、……筋は通る。



 いや、楽観視はいけない。


 洗濯物を手早く回収しながら私は、一日の仕事が早く終わる事を初めて願った。何故だかこの案件を早急に皆に知らせたい焦りを抱えて。



 私の屋内に戻る足取りは知らずに小走りになっていた。









 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る