年齢詐称したくてするんじゃない

 ああ! 地をだせるって素晴らしい!!


 女将さんに紹介状を貰って新しい職場に無事ありつけてから、ひと月。新たなサイクルになった生活にすっかり馴染んだ。男として脂の乗った40代と思われる宿屋のご主人、諦めていた時に出来た二人目を絶賛妊娠中の奥さん。よく言う二人目不妊ですね、分かります。そして宿屋後継ぎの14歳の息子さん。


 「イシーダ!! 何サボってんだ、テメー!」


 訂正。14歳のクソ餓鬼。


 「何処をどう見たらサボってる様に見えるの? 目悪いの? 頭腐ってんの? 死ぬの?」


 てゆうか死ね。この一言を言わないのは私が大人だからだ。

 張ってある紐に洗濯物をせっせと干して行ってる私に何たる暴言。


 「手がおせーんだよ! チンタラやってサボってんじゃねぇよ!!」

 「これでも私は最大速度だ! 効率を上げる為の環境改善を再三にも要求しているのに一向に改善が認められない現状に異議申し立てをする!! そしてそんな私に対しての暴言に謝罪を要求します、バイス坊ちゃん!」

 「かんきょ…? つーか、坊ちゃんて呼ぶな!!!!」


 はっはっはっ! 負け犬の遠吠えほど爽快なものはない!! 見たまえ、少し小難しい物言いをすれば理解出来ていない、その顔を! 止めに、思春期真っ只中の少年に対して坊ちゃんという羞恥を誘う敬称! まるで熟れたトマトの様な赤面ではないか! 愉快爽快。


 その様に満足し、バイス坊ちゃんは華麗にスルーして私はまた洗濯物を干し始める。

 確かに洗濯干し作業が遅いのは私も自覚している。宿屋裏にある家人用の庭に張られた何本もの紐。それにシーツや服を掛けたり通したり、の簡単なお仕事です。ええ、簡単ですよね。


 身長があればね!! 特にシーツを引っ掛けるのとか死ねる! つま先立ちし過ぎて足つった事は数知れず。うう、女将さんの時は直ぐに改善してくれたのに……旦那さんが。


 「テメーのせいで俺が手伝う羽目になったじゃねーか。ステー達と出掛けるはずだったのによー」


 文句を言いながら隣に立つバイス坊ちゃん。ぱっと見、クソ餓鬼なのに親の言いつけは守る、弁えた少年だ。だがしかし。


 「そう言うなら今すぐ紐の位置を低くしてよ、バイス坊ちゃん」


 このガキ、私より身長が高いのである。ぶっちゃけ近くにいる時は見上げなくていけない。高身長とか滅びればいいのに。


 「ハッ! ヤなこった!! お前が早く大きくなればいいだけだろ!」

 「無理。私の成長期はとっくに過ぎました。ええ、とっくの昔にね」


 大事なことなので二回言いました。私があと大きくなれても人はそれを肥満と言う。


 「まだ19とか嘘通すつもりか? ガキみたいな事いってっからガキのままなんだよ」


 くっだんねーと今にも聞こえて来そうな位のハイレベルな顔芸を披露してくれるバイス坊ちゃん。泣く泣く妥協して伝える決心をした10歳サバ読みの私の年齢さえ信じてもらえないこの侘しさ! 今こそ昔取った二つ名スキル発動の瞬間だ!


 「出るとこ出なかっただけで生えるとこにはもっさり生えてるので大丈夫です。まだ生え揃ってもいない少年にガキ扱いされたくないね」

 「おっ、ま!!!」


 秘技、「おっさん殺し」 ただの下ネタです。ありがとうございました。

 女が言う事により破壊力無限大。数多の空気を破壊しつくして、おっさん達を居た堪れなくさせた、「ぶっ壊しの石田」と讃えられた私の二つ名。


 その対象はおっさんだけではない。

 顔を真っ赤にして私を凝視したまま固まったバイス坊ちゃんを完全スルーし、カラになった洗濯籠を持ってその場を後にした。

 

 見事、バイス坊ちゃんの何かをぶっ壊す事に成功したようだ。それが私への印象だとしても構うもんか。19歳と名乗るだけでも背筋がぞわぞわするというのに、それさえ信じてもらえないなんて泣きたいくらいだ。


 そんなこんなで素で居られる解放感を満喫。うん、平和だ。


 背後から「テメー!! 女のくせになんて事言いやがんだ」等と聞こえ続ける言葉は私にとって、くぁwせdrftgyふじこlp、と心地いい響きにしか聞こえない。



 あー、子供ってとっても可愛いね。






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