第16詠唱 記憶を操る魔女

 鉄製の茶色く錆びついた松葉杖をコツンコツンと突きながらリリィは地図を見つつ第五地区の真上にある街を歩いていた。


「ゲートはもう消えたのか」


 街はもうゲートが一匹も存在していないのか特徴的な魔力は特に感じなかった。

 

 リリィは変身ペンダントやベルトはもちろん魔法の杖さえも魔道機動隊に没収されている為、財布と地図しか持っていない今、心の底からホッとしていた。魔武(まぶ)を使うという手があるが、我を忘れた時だけしか殺せない為、脅しにしか使えないのだ。


「しっかし結衣にもらった松葉杖は使いにくいな」


 不満そうに眉間に皺を寄せブツブツ呟く。


 風景は明るい大通りから一転し細く暗い道へと変わっていく、建物は全て、店、店、店、そして店だ、影が濃くなっていくにつれ詰めたように並ぶ店はボロくなって行き、初めは気さくそうな人たちが多かったが、今じゃ人相が悪そうな人が目立ってきた。今適当に石を投げたら必ずナイフが飛んでくるだろう


「この街は明るいイメージがあったけど」


 周りの人々はリリィを見ながら「嬢ちゃんウチで働かねぇか」や「親は居ねえのか?」など薄気味悪い笑みを浮かべる男や女達に「こんな顔があったとは......」と鼻でため息をついた。


 着ている服がゴミ箱に捨ててあったボロボロの子供服をかき集めた為、今のリリィは側からみればただのホームレスの子供にしか見えないだろう。


 心の中で素直に結衣が用意してくれた機動隊の制服を着とけばよかったと後悔していたその時だった。


「おい、そこのガキ、俺と楽しいことしようぜ?」


 大きな影と太く低い男の声が背中から覆いかぶさる。


「私を楽しませてくれるの」


 杖を握っていない左手に魔武である剣を出して握ると、わざとギラリと太陽の光に刃を反射させ光らす。


「っんだよ覚者かよ!」


駆け出して行った男に、周りで見ていた人達も散らばっていった。


「まったく、結衣はこんな場所を一人で歩いてたのか」

「お嬢ちゃん良い剣をお持ちで、でも俺の股間に着いてる剣はもっと強いぜ......ルル」


 最後のボソッと聞こえてきた語尾で誰だか察したリリィは強く握っていた剣を消しスタスタと歩いて行った。


「何故ついてきた?」

「ルルーロール」と言うと隣に姿を現す

「何故ついてきたってルルは使い魔だからルル、何処にでも現れるルル~」

「結衣の命令か?向う場所が分かるのはアイツだけだからな」

「ブブ~違うルル~」


小馬鹿にするように言うと、リリィはルルーの顔を鷲掴みしコケの生える赤レンガの壁に押し付けた。


「ごめんなさいちゃんと説明しますルル!」


殺気があふれるリリィに必死に言うとリリィは手をはなした。


「ぷはっ!使い魔っていうのは主人の居場所が分かるように呪術が掛けられてるルル、だからルルは三日前からリリィの近くに居たルルよ!」

「でも私はお前の魔力は感じなかった、今もだけど」

「それは主人に仕える身として魔力は主人から供給されるルル、だから自分の魔力が感じないのも無理ないルルよ、そうだなぁ簡単に言うなら自分の服の匂いみたいなものルル」

「ふーん、慣れてるから感じなかったってことか、なるほど」

ルルーはうんうんと頷く。

「じゃあ今すぐ帰れ、邪魔」

「な!ちょっと待つルル!邪魔しないから」

「いや、私の事を魔導機動隊の奴らに話されると困る、お前の事も実際あまり知らないし」

「警戒しすぎルル」

「着いてきたら殺す」

 

 そう言うとルルーは背中を向け「もう何人かにつかれてるけど、良いルルかねぇ」と小さい声で言いニヤリと笑う。


「誰だ」


 すると「アイラがよこした魔導機動隊ルル」脳みそにルルーの声が無声音で響いた。


「しょうがない、ついてこい」

「賢い選択ルル」


「ボンヌ シャンス フォルトゥーナ」と唱えてから帽子の様にリリィの頭にチョコンと乗っかり。


「今何を?」

 

 一瞬歪んだ風景に驚くリリィに「いいから進むルル」と笑う、しばらく二人は一言も話しをせず結衣に教えられた店に着いた。


「何て不気味な......まるでゴーストハウスるる」

「今にも壊れそう」


 コケとキノコが生えた所々穴の空く腐敗しかけている家を前にし、二人は固唾を飲む。


恐る恐るノックをしようと手を伸ばした時、ドアが一人でにゆっくり開いた。指一本通るか通らないかぐらい細く開くと、相当歳をとっているのだろうシワシワのたるんだ目元が現れた。


「ココには義足屋じゃないぞ」

「それくらい知っています、私の記憶を戻して欲しくてココに参りました」

「なるほど、良いじゃろう入るが良い」


 そう不愛想にいうとドアは内側に開いた。声の主は驚いたことに灰色の肌をした年老いた魔女だった。


 先を行く魔女について行き、やがて所々蜘蛛の巣が張っている六角形の書室に着く。

壁には部屋を囲むように天井まである本棚が置いてあり、そこには魔法に関する本が並べられていた、きしむ木の床には血で描かれた魔法陣がある。


「カビくさ......」

「お主その魔法陣の中央に腰を下せ」


 言われた通りに静かに正座すると魔女はリリィの頭に手を皺だらけの手を置いて目を瞑った。


「なるほど、これの魔法陣は他の客でも見たことがある、たしかお前より少し背が高い子供だったな」

「たぶん私の妹です」

「ふ~ん」


 何かを操作するかのように指を動かしながら「しかしこれは手ごわいな」と言う、相当難しいのかひんやりとした手汗がリリィの頭皮に滴り落ちる。


「私の記憶はその魔法陣のせいで消えてるのですか?」

「そうだが、これは消えてると言うより規制されているな、所々記憶が消されている部分はあるが」


 するとどうかしたのか「ちょっと待ってなさい、おいそこの妖精こっちに来い」とルルーに手招きして部屋から出る。別の部屋に移ると魔女は「妖精よ」とルルーを見る。


「あの子の名前はなんて言う」

「リリィ・バレッタるる」

「バレッタ、バレッタ、バレッタ......」


 どこかで聞いた事があるのか少しの間顎に手を置いて考えてから「もしやアシュリー・バレッタの娘か?」と顔を上げて言う。


「そうルル」

「なるほどう、あの癖のある魔力はやはり」


 なにやら難しそうな表情をする彼女にルルーは「どうしたルル?」と聞く。


「いやお主には関係のない事だ気にしないでいい」


「まだ生きていたとは」とボソリと言いせを向ける。


 不意にルルーは魔女の左手にキラキラと輝く物が見えて視線を移すと、左手の人差し指に紋章の様な模様が刻まれた純金で作られた指輪を見つける。


「その紋章どこかで......」


 そう言うと魔女は指輪を外してポケットの中にしまってリリィの方に向かって行った。


「待たせたな小娘」


 「さて、始めるか」とポケットから二枚の手の甲に黒い魔法陣の描いてある革の手袋を出し、両手にはめるとリリィの頭に今度は両手をのせる。

遠くで見ているルルーはさっきの紋章の事で心がモヤモヤし、本棚から一つ一つ本の背表紙を見て回ることにした。

(黒灰の魔女、懐かしい名前ルル)

 

ルルーは一冊手に取ると埃だらけの床に座り読む事にした。


「この術をかけた者は不思議だな」

「何がです?」

「お前を奴隷として扱いたいならば記憶を全て消せば良いものの、わざと脳に鍵をしているだけにしてある」

「鍵、ですか」


 するとリリィは頭の芯から強い電気の様なビリビリとする痛みが走るのを感じ思わず頭を押さえて床に伏せる。


「これ、あともう少しじゃ、立て」

 痛みに耐えながらもリリィは渋々体を起こす。

「鍵はあと2つある、ふーんどれも同じ人物の思い出の様じゃな」

「どんな記憶か分かるんですか?」

「いや、さすがにそこまでは知らん、が、この魔法は記憶が色として現れるから同じ人物が出てくれば色も似たような色になるんだ」

「ふ~ん、色か、そういえばお婆ちゃんは黒灰の魔女を知っていますか?」


 リリィがなんとなく質問をすると眉をピクッと動かす。


「黒灰の魔女か、魔女がこの世を支配していた頃に活躍していた魔女じゃな」

「どんな魔女だったんですか?」


 そう言うとしばらく黙る


「どうしました?」


 すると「いや、もう一つのを魔法陣を壊すのに集中していた」と言い「それで?」と話を戻した。


「やっぱりいいです」


 集中を途切れさせたら失敗するかもしれないと思ったリリィはしばらく黙ることにした。


「そうか」


 その後二時間が経過し、やっと終わったのか「ふぅ」と魔女は両手を頭から離して手袋を外す。


「もう終わったんですか?」

「あぁ、終わったぞ」


 あの時の痛み以降何も起こらず本当に治ったという感覚はなく、もっとも記憶が戻ったという感覚もない


「記憶も何も思い出せないのですが」

「そりゃそうじゃ、記憶は消せても甦らす魔法は無い、今やったのは記憶を鍵していた魔法陣を壊しただけじゃ、規制されていた記憶も長い間思い出さなかったから石化じゃろう、それをどう思い出すかはお主次第じゃ」

「お主次第って......」

「あ、言っておくが急いで記憶を戻そうとするでないぞ、記憶が一個蘇るだけでも脳に大きな負荷が掛かる」


 リリィは健二の家にある地下室でアシュリーの家族写真を見た時の事を思い出し「分かりました」と頷いた。


「それとじゃ、黒灰の魔女の事は触れないほうが良い、知らないほうが主の為じゃぞ、どうしてもと言うのなら止めないがな」

「警告ですか」

「まぁそうなる」

「何故そんな事を私に?」


 するとまたしても言葉を選んでるのか話が途切れる。


「何か知っているのでは?」

「あの魔女は知ると危険だからじゃ」


 「危険?」と言おうとしたリリィに話をごまかす様にかぶせて「あと」と付け加える。


「あとお主人体実験されとったじゃろ」

「人体実験、確かにされてました」

「そうか、左右の脳みそから感じる魔力が違かったんじゃよ、とりあえずその脳みそに刻まれていた魔法陣も解いといた」

「魔法陣を解いたことで何か起こったりするんですか?」

「起こるに決まっておる、もしその魔法陣に強化する効果があったのなら主は弱体化する、魔法陣の効果によって変わるんじゃよ」

「因みに今解いた魔法陣の効果は?」


 魔女は顔を横に振る。


「そうですか、とりあえず用は済んだので」


 服のポケットから財布を出すと「金は要らない」と魔女は言い、出そうとする手に片手を乗せる。


「何故?」

「またいつか会うような予感がするからじゃ、その時に貰う事にする」

「そう、ですか」

「それより主は本当に黒灰の魔女の事が気になるか?」


 魔女の真っ直ぐで力強い瞳にリリィは本当に危険な事なのかもしれないと察して額から変な汗を流して少し戸惑うが「当り前です」と目を合わせて答える。


「ちょっとそこに居なさい」


 また部屋を出てどこかへ行ってしまい待つ事数十分、ホコリまみれになり戻って来た。


「これを主にあげよう」


 差し出された物は古くに使われていたのだろう、見たことのない文字で書かれた表紙の黄ばんだ分厚い本を渡された。自分の顔よりも大きい本はズッシリと重く、受け取った瞬間正座しているリリィは前に倒れそうになる。


「何故鎖で閉じてあるんですか?」


 本を何重にも鎖できつく縛り鍵で閉められていた。しかもその鍵はただの金属でできている物でなく魔力を感じた。


「その本は黒灰の魔女が書いた本じゃ、中身はワシにも分からないが恐らくお主の望むことは書いてあるだろう、じゃが運が悪かったら魔導所(グリモワール)かもしれん」

「なんで魔導所(グリモワール)だと運が悪いのですか?」

「魔女は秘密主義なんじゃ、そんな魔女が書いた本、しかも魔導所(グリモワール)となると呪術が掛けられておるかもしれん、更にあの黒灰となればレベルが違うだろう......普通の書物なら何もかけられてないと思うがな」

「そんなのをどこで?」

「何千年の話じゃからあまり覚えてないが、若い時に何処でか拾った?んじゃかったかなぁ」


 因みに魔女の1歳は人間年齢で言うと10歳である。


「そうですか」


 リリィは大きな本を脇に抱えると松葉杖を持って帰ることにした。


「今日はありがとうございました」


 部屋を出ようとするが足を止め魔女の方を向く


「最後にあなたの名前を聞いても良いですか?」

「ワシの名前はドロテア・ブレガじゃ」

「私の名前h......」

「言わなくてよい、分かっておる」

「そう、ですか」


 「何故?」と聞こうとしたが、この魔女に気になる事を聞いていたらキリがないと思い止めて玄関に向かった。


「じゃあ今日は本当にありがとうございました」

「あぁ、もう会わない事を願っておるぞ」


 リリィとルルーはペコリと頭を下げるとドアを開けて外へ出る。


「真実を知ることは幸せになるとは限らないぞ、お主の場合は特にじゃ」


 魔女はそう言うと静かにドアを閉めた。


「帰るか」


 ルルーに言うと日が暮れ真っ暗な夜道を歩き始めた。


 第五駐屯地に向かっていた途中だった「あ!思い出したルル!」と突然ルルーは叫ぶ


「ルルーうるさい」

「へへへ、ゴメンるるリリィはさっきの魔女が左手の人差し指にはめてた指輪を見たルル?」

「変な紋章が描かれた金色の指輪の事?」

「そうそう、あの紋章は、魔女がまだ世界を支配して、大魔法帝国っていう魔女の国があった頃使われた帝国の紋章ルル」


 ルルーは興奮気味にリリィに話す隙を与えず「しかも」と話を続けた。


「しかも、その紋章が彫られた金の指輪を持つことができるのは魔女の王とその上位の位に立つ者だけルル!」

「大魔法帝国......」

「そうルル!」


 その時、白くぼやが掛かった記憶がリリィの脳内を駆け巡り、頭が鉄の輪で締め付けられる様な衝撃が走る。


「何かリリィに関係があるかもルル」

「その場所に行けば、何か思い出すかも、ね」

「じゃあまずはルルーの師匠の所に行くルル!大魔法帝国の城の場所を知っているかも」

「え?今から?」

「当たり前ルル、リリィには時間がないルル!」

「私に時間がない?」

「説明は後ルル!まず馬が売っているお店に向かうルル」

「お金が絶対足りないと思うけど盗むの?」

「そこら辺はルルーに、任せるルル!」


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦ 


「すみませんでしたアイラさん、ルルーロールの幻覚魔法によって途中で見失ってしまいました」


 アイラの仕事部屋に6人の魔導機動隊員達が頭を下げる。


「頭を上げろ誰にだってミスはある、でも忘れるな?逃亡したりあいつらにリリィを渡すことになったら魔導機動隊(わたしたち)は死ぬかもしれないからな」


 6人はアイラのプレッシャーに冷や汗を額からタラタラと流し固唾を飲み頷く


「良しじゃあ次の任務の説明だ、まずはこれを聞いてもらおう」


 秘書は今日一日を録音した音声の最後の部分だけパソコンから流した。数分で終わりアイラは説明を始める。


「今リリィはルルーと共に臆病者の森に向かうだろう、その後大魔法帝国の城に向かうつもりだ、6人は今から目標を尾行しろ、また新たな妖精達を森に向かわせて逃げないように上空から観察させる」


 6人は「分かりました!」と返事をし、アイラは質問がないのを確認すると頷き話を続けた。


「今回の任務で使う道具が入った荷物は秘書から受け取れ、後二日だ気合を入れろよ」


 “あと二日”を強調した。しかし何故逃げられたりアイラの言う“アイツら”に引き渡す事になると自分達が死ぬことになるのだろうか......


その理由は秘書とアイラだけしか知らなかったのだった。

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