第8詠唱 臆病な魔女(後編)

「な、なによ......」


 双剣を構えるドミニカをユニコーン男はマジマジを見てから、後ろにいるまるでクローンのように、自分と瓜二つの二人のユニコーン男と背を向けてヒソヒソと話し始めた。


 斬りかかろうと動いた瞬間、すぐさまさっきのユニコーン男が振り向き、着ぐるみのような大げさな「落ち着いて」というサインをし、目を青白く光らせ魔法をかける。


(動かない......まさかユニコーンが使う呪術?)


 イザベルを横目で見ると頬を赤く染めたままピクリとも動いていない。

初めは驚きのあまり腰を抜かしたのかと思っていたが、どうやらドミニカと同じ呪術に掛けられたようだ。


(ドミニカ?聞こえる?)


 イザベルの声が脳裏に響く


 魔法少女の生まれつきの技で、絆の深い人とはテレパシーで会話できるらしい


(背中に書かれた文字ってエルフの文字じゃない?)


 ドミニカは目を凝らして背中に書かれたヒエログリフみたいな文字を見る。


(もしかしてユニコーンの頭を被ったエルフじゃないの?)

(でも馬面の被り物だったら、動いた瞬間に口の部分が上下に動くはずじゃん)


 二人が深く考えているとユニコーン男が振り返り「いやぁすまなかった」と人間の言語で言い、指をパチンと鳴らし二人の金縛りの様な呪術を解いた。 意外と男の声は青年の様に若かい。


「あなた人間の言葉を話せるの?」

「我々は知恵高き種族エルフだ、私たちに知らない言葉などない」

「じゃあ、あんた達は本当にユニコーンの被り物を被った......いや、でもそもそもエルフは絶滅したはず」


 するとドミニカの後ろにある草むらからエルカとアーダ、そしてミポルプ達がやってくる。


「あんた達隠れててって言ったじゃん!」

「ふふふ~その子達はエルフの怨霊とユニコーンの怨霊が交わって生まれた怪人」 


 3人のエルフ達が「魔女だ!白い魔女の手下だ構えろ」と声色を変え持っている槍を構えた。


「エルフは昔から直ぐに決めつける石頭だから困りますね」

「ふふふ~この感じだと話しても無駄の様ね~」


 二人は被っているフードを外す、森はエルフと魔女の殺気に包まれさっきまで聞こえていた狼の鳴き声もピタリと止やむ。


「ちょっと待って!私たちその魔女を知ってますから!」


 イザベルは慌てて大きな声で言い皆を止める、勿論とっさに出た嘘だが殺し合われたら目的の物も手に入らなくなるから良かったかもしれない。


 エルフたちは「本当か?」と、こちらを向かずに横眼だけイザベルたちを見た。


「本当だから武器を下ろして......ね?」


 エルフたちはお互いに顔を見合うと構えるのを止め、槍を背中に背負っている鞘さやに入れる。


 エルカとアーダもイザベルのお願いに、ため息をつき渋々フードを被り近くにいるドミニカの方へ歩み寄った。


「ココじゃあ何かと危険だ、そこの魔女以外はついてこい!そこで話そう」


 “魔女”を強調して言うとどこかへ歩き始める。


「二人とも村で待ってて、すぐに戻って来るから」


 ドミニカは二人に言うとアーダはある小瓶を手渡す。


「これをここでお飲みください、そうすれば貴方の聞いた事が同じ薬を飲んだ者だけに聞こえるので」


 小声で言うとこの事を予想していたのか、エルカと自分の分の同じ薬が入った手のひらサイズの小瓶を取り出し二人飲む。


「分かった」


 コルクの栓を開けると柑橘系のオレンジの香りがふんわりと鼻をかすめる、一気に飲むと香りとは裏腹に苦くて思わず咳き込んだ。


「あ、ありがとう」


 ケホケホと咳き込みながらイザベルの方に向かう背中に二人は手を振った。



* * * *



「どうしたの?」


 ドミニカはガタガタ震えている3匹を見る


「さっ流石、魔法の知識が豊富なエルフと、魔力の高いユニコーンが組み合わさって生まれただけあるニィ」


 ミポルプは頷き「敵にしたらアイラでも敵わない相手ミポ」と震え声で言う。


「そんな相手に......イザベルは......まともだと思っていたけどアホだルル」


 妖精は魔法少女の数百倍と相手の魔力を感じることができ、妖精の中には巨大な魔力を感じた時に、泡を吹き失神した者もいたらしい。


(なんであんな嘘言ったの?)

(しょ、しょうがないでしょ!私だって言いたくなかったけど、あの喧嘩を止めるにはあの方法しかなかったの)


 歩く事数十分、霧が晴れて岩壁に囲まれた場所に出る


「こんな場所があったなんて」


 岩壁をよく見ると細かい宝石が混ざっていて、月の光でキラキラと輝いていた。


「ここは臆病者の森の中で唯一霧のない場所で、発光キノコを辿ったら絶対に着かない場所なんだ」

「だから我々以外に知らぬ者はいない」


 カトリネの水晶通り、入り口の周りには沢山の絵が描かれている。しかし絵は血で描いてあるのか、描かれた場所にはハエが集たかっていた。


「さあ、お入りください」


 大人二人が横に並んでも余裕で通れそうな大きい入り口から、線香の香りがただ寄ってくる。


 全員は入りロウソクで灯された長い廊下を真っ直ぐに進むと、円形の広間に出た。


 壁には所々窪みがあり、そこに線香が数本ずつ立てられている。部屋の中央には焚火が燃えていて、その前に三人の男と比べて背の低く顔や体がしわしわの男が、目をつぶり舟をこぐように上半身をゆすり寝ていた。


「アビエル様、白い魔女に関して詳しい人間を連れてきました」


 アビエルは「おお?......」と口から垂れたヨダレを腕で拭く、声的にかなり歳を

とっているようだ。


 まだ寝ぼけているのか、よろよろと立ち上がり奥の方に移動すると、「さあ、お客さんもお座りなさい」と言いストンと腰を下ろす。


 二人は「「失礼します」」と正座をする。


「ブラムよ、この者たちに白い魔女の写真を」

「はい!」


 ブラムは木の棚から3枚の写真を取り出すとイザベルに渡す。写真は湿気でヨレヨレになっていたが、まだ見やすかった。棚には泥だらけのカメラ有り、どうやら拾ったカメラで撮った写真らしい。


「この人ってリリィちゃんのお母さんじゃない?」

「確かにこの透き通るような白くて長い髪はそうね」


 写真には、振り向いて不気味に笑うアシュリーがいて、足元には森に来た時ドミニカ達が見た干物の様なユニコーンの死体が転がっているのが写されていた。


 イザベルとドミニカはアシュリーの事を説明し、自分達も探していることを説明すると「なるほどう、ならば我々も手を貸そう」とアビエルは頷く


「ブラムよこの者たちにユニコーンの角を」

「え?」


 ドミニカが驚くと「これは共闘を結んだ証だ、受け取ってくれ」とブラムは、30㎝ぐらいのねじれた大きな角を差し出す。


「あ、ありがとうございます」

「実は私たちが来たのは他の件もありまして」

「分かっている、魔女にはお詫びのしるしにこれを渡しといてくれ」


 鉛の様な銀色の粘り気のある入った渡した。きっとイザベルの言う事が分かったのはユニコーンの特性だろう


「100歳のユニコーンの血だ、手に入りにくく飲むと寿命が延びて若返るとも言われている」

「分かりました、責任をもって渡します」

「頼んだぞ」


 無事話が終わり、アーダとエルカと合流して村へ戻り村長に全ての事を話した。


「なるほど......」


 村長は少し不満げだったが壺を受け取り、約束通りユニコーンの角を渡す。


「また困った事があったらに来るのじゃぞ、力を貸そう」

「お姉ちゃん達また来てね?」


 二人と三匹は皆に別れを言いアイラの所に戻ることにした。


* * * *


 魔導機動隊がアシュリーに近づく準備をしている中、リリィは記憶を取り戻した為思い出の宝玉を返しに、魔法少女達が隠れ家として使っていた廃教会の所にいた。


「やっぱり誰も居ないかなあ......」


 ドアが開いていた為中へ入ると、室内は銃撃戦でもあったんじゃないかと思うぐらいの荒れ様で、ベンチや聖書台は跡形もなく壊れていた。辺りは血なまぐさい臭いが漂い、ハエの羽音が聞こえる。


 原因はおそらくあの時の一件だろう


 太陽が嫌がらせの様に室内を照らし、ゴロゴロと転がっている死体をリリィに見せる。 しかし路上で生活してた時は殺してた側だったせいか、リリィはあまり驚かなかった。


「この感じだと誰もいないか」


 建物から出ようとすると女性とぶつかる。


「あいたたた......ごめんなさいおばさん」


 尻もちをついているアイラと同じ年齢であろう、小皺こじわが目立つ女性に手を差し伸べた。


「こちらこそごめんね......って」


 女性はリリィの顔をまじまじと見て、驚いた顔をする。


「どうかしましたか?」


 女性は目をこすりもう一度見直すと「やっぱり......やっと来てくれたのね」と呟き、手を引っ張り「ちょっとこっちにきて」と廃教会の中へ入り奥の部屋に入った。


 入ると一部の床にだけ取っ手がついており、開けると地下に続く階段が現れる。


 引っ張られるがままに着いていくと、石でできた扉の前についた。女性は腰から魔導機動隊の杖と取り出し「ウーヴリール」と唱える。


 ゆっくりと、石と石がこすれ合う音と共にホコリが天井から落ち開いた。


「その杖、魔導機動隊の人?」

「昔はね」


 部屋は長い間使われていなかったのか、家具は一切なく雪の様にホコリが積もっていた。中央には箱の様な長方形の何かがホコリの中に埋もれていた。


「あったあった」


 ホコリをどかすと旅行カバンの様な馬の皮で作られた小型トランクが顔を見せる。


「とりあえずここから出るわよリリィちゃん」

「何故私の名前を?」


 「それは後で」と手を引っ張られこの場から逃げる様に廃教会から出る。


「リリィちゃんが私の事を忘れてるのも無理ないか」


  懐かしむ様に言う


「私の名前はドーラ・バーンズ、昔は貴方のお母さんと同じチームに居てね、まだ貴方が赤ん坊の頃は私もお世話をしてたのよ」

「そう......なんだ」


 ドーラは頷くと持ってきた小型トランクを開ける。


「ベルト?」


 リリィも覗き込むと中には機械の付いたベルトの様な物と、半分綺麗な彫刻が施ほどこされた銀のケースに覆われた、長方形の真っ黒い宝石が入っていた。


「コレはお母さんがリリィちゃんの為に作ったものでね、もしも大きくなってここに帰ってきたら渡してって言われたの、だから週に3回だけどココに来てたのよ」

「ねえ、お母さんは生きてるの?」


 母に会えるかもしれないという希望につい笑顔になり聞くと、ドーラは首を横に振り「私も分からない」と言う。


「そう、なんだ......」

「でも何処かで生きてるはずよ、まだ終わってないんだから!あの子の戦いは」


 悲しそうな顔をするリリィの頭をワシワシと撫でてベルトを取り出すとリリィの腰に巻き付けた。


「だからお母さんを助けてあげなさい」


 ブロック型の宝石を手渡して言う


「使い方を説明するね、まずおへその前にある機械に魔石を差し込めるポケットがあるはず」


 リリィがココ?と指差すと「そうそう!そこに銀の方を上にして縦に差し込んで」


 差し込むと機械に掘られた花柄の模様が青白く光る


「それから横に倒してみて」


 言われた通りに横に倒すと今度は赤く光り「ワルキューレデルタ、モード、ファントム」とアシュリーの声でが聞こえてから、リリィは光に包まれ一瞬で鎧ドレスに着替えた。どうやらこのベルトは変身ペンダントと同じ効果があるらしい。


「凄い……綺麗」


 黒い鎧ドレス姿のリリィを見て、ドーラは言葉を漏らす


「これが変身した姿」


 自分の変わった衣装を見たりクルクルと回る。


「変身を解く時は、左右に開いた機械を両手で閉じれば大丈夫だから」


 左右に開いて機械の中央には紫色の玉が光っていて、閉じると赤い光が消え鎧ドレスから普通のコート姿に戻る。


「素晴らしい!待った甲斐があったわ!」


するとドーラは真面目な顔になり「私たちに協力してくれない?お母さんの為にも」と言う。


「協力?」

「そう、この計画が成功すればアシュリーや私たち、全魔法少女の夢が叶うの!」

「夢って?」

「魔物たちと和解する世界よ」


 その瞬間、リリィは昔アシュリーが時々呟いていた言葉を思い出した。


- いつになったら罪のない魔物が平和に暮らせるんだろうね、リリィ -


 その言葉を呟く時は、必ずどこか遠いい場所を見つめていて、リリィは「ママならできるよ!」と笑顔で言うのが決まりの流れだった。


「ママは、できなかったの......」

「大丈夫!ここまでの流れを作ってくれたのはお母さんよ、だから次はリリィちゃんがお母さんの為にも頑張る番じゃない?」


 リリィ両肩に両手を置き「ね?」とウインクをする。


「ママの為なら」


 ベルトに使う宝石を両手でギュッと握り、覚悟を決めた表情でドーラの顔を見上げた。


「じゃあ向こうの世界に行って、ある人を連れてきてもらおうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る