第5話 見習い魔導師ソピア

 「というわけで、お前さんの知識を余す所無くわしに渡すのじゃ。」



 言い方!

 業突く張りの商人か!

 あんな言い方をしているけど、元々お師匠はその知識を私に全て譲り渡してくれるつもりではあったんだよね。

 歳も歳だし、なんかそのまま枯れちゃいそうな雰囲気出してたんだけど、新しい知識を目の前に俄然やる気を出したみたい。

 モチベ的な意味合いでわざと取引風に言ってみたんだと思う。




 「さて、町に売りに行くための獲物でも取りに行きまそ。」


 「おまえ、時々変な言い方になるよな。その言い方、向こうで流行っているのか?」



 いや、別に流行っては居ない、なんとなくだよなんとなく。




 さて、再び荒れ地にやって来ましたよ。

 居るね、ロックドラゴン。

 2頭居る。

 距離にして、600ヤルトと1000ヤルト。

 1000の方は多分こっちに気が付かない。遠ざかっていく。

 600の方は、ほら、こっちに気が付いて走り出した。


 私は前回の様に、先を尖らせた鉄の棒を魔力でドリルのように回転させると、100ヤルト先に仮想のスリングショットが有る想定で、そこから強力なゴム引き絞られ、目の前で回転している鉄の棒へかかっているイメージを思い浮かべた。


 やつの脳は小さいから、目の間では重要な神経系にダメージを与えられない事を前回学んだ。

 今度は、頭から貫通して、脊柱または心臓へ撃ち込む。

 どちらかを破壊すれば、まず生きていられる生物はこの世には居ないだろう。



 「やつが口を開けた時が狙い目じゃな。」



 結構くねくねしながら走ってくるので、体が一直線になり、かつ口を開けた時を狙わなければならない。



 「今だ!!」



ガヒュウウウゥゥゥゥゥン!!!



 空気を劈く音を残して、鉄の棒はロックドラゴンの口の中に吸い込まれた。

 一泊置いて、ロックドラゴンの体は跳ねるように後ろへ弾け飛び、仰向けになって事切れた……様に見える。

 しばらく様子を見る。

 同じ轍は踏まないよ。

 遠くから石を投げて当ててみる。

 遠眼鏡で注意深く観察してみると、口から大量の血を吐いている。

 今度は間違い無く死んでいる様だ。


 また崖を下りて沢を渡って崖の斜面を登る。

 近付いて、そーっと触ってみる。



 「うおっ! 動いた!!」


 「きゃああああ!!!」



 思わずお師匠に抱きついてしまった。



 「嘘じゃ。」


 「もー! もー!! もー!!!」



ポカポカポカ


 何女の子みたいな反応してるんだ俺。冷静に自分を観察する俺が居る。

 くそじじい! 孫みたいな歳の女の子をからかって遊んでんじゃねー!



 「む? 遠くに居た方の奴がこちらに気が付いたみたいじゃぞ。」



 まあ、こちらから近付いたんだから仕方がないよね。



 「さっきいのあれ、わしもやってみて良いかの。」


 「どうぞ。」



 私は鉄の棒を一本、お師匠に手渡す。

 お師匠はそれを受け取ると、空中に放り投げた。

 鉄の棒は、空中で一旦止まり、ドリル回転し始める。



 「ゴム紐がわからなければ、弓をイメージしてみるといいかも。」



 私のやった事を観察していたお師匠は、同様に、100ヤルト先に大きな弓が在る事をイメージして、その弦にドリル回転させた鉄の棒を番える様子を頭の中に描く。



 「うむ。」



ドヒューーーーーン!!



 おお、なんか音が違う。

 鉄の棒は、口を開けて私達に噛み付こうと走って来るその口の中へ綺麗に吸い込まれていった。

 ロックドラゴンは、見えない壁にでも激突したかの様に前のめりにつんのめって止まった。


 ちっ、何か簡単そうに真似されたぞ。



 「ま、理屈と要領さえ解れば、ざっとこんなもんじゃな。」


 「くそくそくそ! でも、私の仕留めた方が大きいもんね!」


 「口の中を狙うなら、そこいら辺に落ちている小石でも十分じゃったかもな。」


 「うーん、まあ、その方がコスパがいいか。」


 「コスパ?」


 「ううん、何でも無い。あっちの言葉で、費用対効果って意味。くだけて言うと、安くて旨い。」



 何でも無いと言いながら、きっちり教えてあげる私の優しさ。



 「さて、これをどうやって町まで持っていこう?」



 お師匠の仕留めた方は、小さいと言っても8ヤルトはある。

 私のは10ヤルトだけどね。



 「お前の魔力で持ち運んだらどうじゃ?」


 「えー? ずっとー?」


 「まあ、しょうがないな、一先ずわしの書架に入れて置いてやるか。」



 え? 何それ? 聞いてない!

 ゲームで言う所のアイテムボックスとかマジックストレージとかインベントリみたいな物ですか?


 お師匠は、2頭のロックドラゴンを書架とかいう謎空間に格納した。

 書架というのは、お師匠のネーミングで、自分の蔵書を入れるだけの用途だったからそう呼んだだけらしい。

 書庫でも倉庫でも魔法鞄でも何でも良かったらしいんだけど


 何それ便利すぎない? 絶対覚えたいんですけど。



 「今の教えて。」


 「そのうちな。」



 ニヤニヤしている。くやしい。


 単純な殴り合いなら魔王にも負けない気がするんだけど、こういう便利魔法は本当に羨ましい。

 火や水が出せるだけでも生活が楽になるんだよなー。



 「じゃあさ、さっきの崖上まで魔力で持ち上げてあげるから、帰ったら教えて。」



 私は魔力で二人の体を持ち上げると、最初に居た場所にそっと下ろした。



 「なんと! これが出来るなら、毎回崖を降りて沢を渡って対岸の崖を登らなくても良かったじゃろうが!」


 「え? これ位、お師匠の魔力でも出来たでしょう?」


 「馬鹿言え! それが出来たら誰も苦労はせんわい。お前は何も解っておらぬな。」


 「え? そうなの?」



 魔力は自分を起点に放出されるから、自分を持ち上げる事は出来無いんだとか。

 どんなに腕力が有っても自分で自分は持ち上げられない、みたいな事らしい。

 じゃあ、何で私は出来るんだ?



 「まったくこやつは……、無知とは恐ろしいものじゃな。知らなくて出来てしまうのも驚きじゃが。」



 お師匠は、ため息混じりに私を見た。

 今私は何気にそんな凄いことをやってしまったのか。

 私って天才?



 「調子に乗るでない!」


 「あれ? でも、空を飛ぶ魔法ってあるよね? アレはどうなってるの?」


 「あれは予め魔法を付与した物体を使って飛ぶ、高等魔術じゃな。下準備が必要なんじゃ。」


 「へー、ふーーーん……」



 これも帰ったら詳しく習おう。



 「じゃあ、このまま町までひとっ飛びでいいかな?」


 「ああ、じゃが、人目に付くとまずいから、町の外までじゃぞ。」


 「人に見られるとまずいの?」


 「まずいな、権力者にでも知られたら徴兵間違い無しじゃ。もし見られた場合には、わしの魔法だと口裏を合わせておこう。」


 「そんなに? お師匠はバレても大丈夫なの?」


 「わしはもうこの歳だし、隠居しておるからの。」



 そんなもんなのかー、この世界の戦争に利用されるのは嫌だな。


 「わしも若い頃それで徴兵されとるからのう。多くの数多居る魔導師の一人でしかなかったが、わしの居た部隊は強くてのう、多くの仲間が次々と死んで行く中、幸か不幸か邪竜の所まで到達してしもうた。それで、激闘の末、遂に邪竜を討ち果たしたという訳じゃ。」


 お師匠の居た部隊の内、生き残ったのはお師匠のパーティーの6人のみで、それぞれ英雄として伝説となった。

 それぞれ、王様になったり、大商人に成ったりと、それは前にも言った通り。

 そのあたりの話は語り継がれているので、田舎生まれの私でさえ知っている程の有名な話。


 今ではもう邪竜は居ない、比較的平和な世界なんだけど、近隣国との小競り合いはちょくちょくある。

 ちょっと目立つ便利そうな魔導師は問答無用で徴兵される傾向にあるので、目立たないに越した事は無いとの事。


 ここは大人しくお師匠の言う事に従っておこう。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 二人で森の上を飛んで、町の防壁が遠くに見えてきた所で降りる事にした。

 ここから森の中を歩いて行くのだけど、距離的に半日くらいはかかりそうかな。

 まあ、まだお昼前なので、夜までには町に到着できるでしょう。

 迷わなければだけど。


 森の中をテクテク歩いていると、所々に獣道みたいなものが在る。

 注意深く確認すると靴跡が在るので、これは人間が歩いて作った道。

 うっかり本当の動物の獣道を歩いていっちゃうと、本当に迷ってしまうので注意が必要だ。

 人間の作った獣道ならば、辿っていけば町まで楽に行けるという寸法。


 うん、焚き火の跡もあるね。

 ということは、町は見える距離だったから、ここで一泊したわけじゃなくて、ここでお昼ご飯の支度をしたという事。

 つまり、朝に町を出て、ここでお昼にしたという事だから、町はすぐそこって意味だ。

 上を飛んでいる時は直線で来られたけど、一旦地面に降りて森の中へ入ってしまうと、途端に方向感覚が判らなくなってしまうので、こういう目印は大事。


 まあ、私達はイザと成ったら飛んで行っちゃえば良いんだから、それ程心配することは無いんだけどね。

 それでもこういう人の痕跡を見つけると、なんか安心するよね。



 さあ、森が開けて町が見えてきましたよ。


 森の中では町が近いせいか、危険な動物には全然会いませんでした。

 首刈り兎が居たので、3匹程狩りましたけどね。

 え? 首刈り兎は、一般人には危険な動物だって?

 私には食料にしか見えませんけど?



 さあ、町だ!

 高さが大人の背丈の3倍はありそうな程の石積みの防壁がぐるりと町の外周を取り囲んでいる。

 そして、東西南北の方向にそれぞれ門があり、衛兵が見張っている。


 街へ入るには、そこで身分を明かし、出入りを記録しなければならない。

 お師匠は有名人だけど、一応身分証を提示している。

 私は初めてなので、身分証を作って貰う必要があった。


 お師匠に付き添ってもらって、衛兵に門の傍にある、登記所へ案内される。

 そこに居る役人に、町へ来た目的とか、所持品とか色々調べられた。



 「出身地と身分を答えよ。」


 「北の山のヴァイスの森、リーンの村、ルカの娘、ソピア。大賢者ロルフの弟子の、見習い魔導師です。」



 私は、身分は何て答えたら良いのか分からなくて、出自と見習い魔導師だとだけ答えた。



 「こいつはわしの弟子じゃ。それはわしが保証する。」



 お師匠に身分が保証され、それが身分証に記録される。

 本当は親が町に連れてきて登記するのが普通らしい。

 お師匠は身元のはっきりした、信用有る人間なので、今現在の親代わりという本人の証言で無事登記は済んだ。


 身分証は、米軍のドッグタグみたいな楕円形の金属プレートで、革紐で首にかける様になっている。



 「これはこれは、こちらのお嬢さんは、ロルフ様のお弟子さんでしたか。」



 なんだ? 途端に扱いが丁寧に成ったぞ?



 「ロルフ師におかれましては、願わくばこちらで魔導師育成にご助力頂ければ、わが町の発展が大いに約束されましょうに。

さすれば、領主様もさぞお喜びになられます事でしょう。勿体なき事で御座います。」



 翻訳すると、オマエ山奥に引き篭もってないで、後進を育てて町に貢献しろよと仰っております。



 「はっはっは、わしももう歳でな、大自然の中でのんびりと隠居生活が性に合ってますわい。」



 この狸ジジイ。





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