ふたりのユウキ

 講堂で部活動紹介プレゼンが終わり、いよいよ学校全体での勧誘。


 夕貴は部室に残り、俺は外でビラ配りをする。だが、ビラ配りの成果は芳しくない。


 それはそうだ、美術部というものは、入ると決めているやつは何も言わなくても入るだろうし、興味のないやつはいくら熱心に勧誘しても入部しようとしないだろう。


「……ノルマ達成、無理そうだな。夕貴になんて言おう……」


 お昼の休憩まで一時間を切ったころ。俺は受け取ってもらえないビラ配りをあきらめ、中庭の木陰で寝ころびながら、ひとりごとをつぶやいた。

 ふがいない自分にいら立つように、やや大きな声で。


 ――――ああ、空が青い。声が通るくらい空気も澄んでいる。そんなことを思いながら現実逃避をしていると。


「……んん? だれかわたしを呼びましたか?」


 さっきのひとりごとが近くにいた誰かに聞こえたらしい。

 俺が上半身を起こして振り向くと――――ストレートでやや髪の長い、黄色い大きなリボンを頭に乗せた女の子が、そこにいた。


「どなたですか? 別に呼んでないですけど」


 非常にかわいい子だ、と思いつつも俺はそのように返す。知らない顔であることは間違いない。


「ええ、でも今、『ユウキになんて言おう』って言ってましたよね?」


 黄色いリボンの女の子は、やや小柄で、色が白い。まるでつい最近まで入院していたような白さだ。思わずその白さに目を奪われていると。


 ――――突然。


 女の子は胸を右手で抱え込むように押さえて、戸惑うそぶりを見せた。


「……あ、あれ……? どうして……?」


 女の子の顔が紅潮している。ガン見していた状態から我に返った俺は、様子の変化を見て不安になった。


「……どうしたの? 具合悪くなった?」


 女の子は問いかけにハッとして、首を横に振る。体調不良とかではないようで一安心。


「ならいいけど。ところで君も、ユウキって名前なの?」


 ホッとした俺がそのように訊いてみると、女の子は胸に当てていた手を後ろで組み、立ったまま足を交差させてこちらのほうへとかがんできた。近くに寄ってくる顔が、不安ではないドキドキを俺にもたらす。


「…………」


 ターン交代。今度は俺が女の子にガン見される番だった。無言で品定めをするような、くりくりとした犬みたいな瞳から放たれる視線を、あちこちに受けること一分ほど。


「……お、おい……」


 鼻毛でも出ていたのだろうか、しまった、今日は起きてから鏡で鼻毛チェックしてなかったわ、などど後悔しつつも、ガン見を制止させようと声を上げる。


「あ、これはこれはジーっと見て申し訳ないです。わたしは結城華子ゆうきはなこ、ピッカピカの一年生ですよー?」

「……あ、そう」


 制止成功。うん、確かにユウキだな。ガン見を中断してもらい落ち着いた俺は、そこだけは納得した。人違いだけど。


 一年生か、道理でこれだけかわいくても俺が知らないわけだ。


「……で?」

「あん?」

「あん? じゃありません。わたしは自己紹介しました。し返すのが礼儀だと思いませんか?」


 ガン見をやめてもらえたはいいが、唐突に自己紹介を要求してくる女の子に、唖然とする俺。


 ――――でもまあ、女の子の言ってることは正しい。仕方なく、俺も自己紹介をすることにした。


「……岸川延樹きしかわのぶき、二年だ」

「!! ……なら、先輩ですね。で、先輩は、わたしになんて言おうとしていたんですかー?」

「いや、だからね……ひとちが」

「……はっ、まさか愛の告白!? いきなりですけど、先輩にならわたしのすべてを知ってもらいたいですので、いいですよ?」

「んなわけあるか! つーか軽いな、おい!」

「こんなこと誰にでも言うわけないじゃないですか。軽いって言葉を撤回してください」


 なぜかそこで、女の子――結城華子さんが、ドヤっと胸を張る。えーと、まだ出会って五分経ってないんだけどなあ。


「……今のどこにドヤる要素があるのか、わけがわからないよ」

「なんでですか? というよりもですね、先輩はこんなかわいい後輩に気に入られたんですから、もっと嬉しそうにするべきかと」

「自分で言うかそれを……」


 ため息ついていいですか、と、思わず許しを乞いそうになった。

 いくら見た目がかわいくても、こんな性格だと疲れそうではある。漫才するわけじゃあるまいし。


 ――――そう思うのだが、なぜだろう。


 なんとなく懐かしい感じがして、そんなにいやとは思わない俺がここにいるのが不思議だ。


「で、先輩は、ここで部の勧誘はしないんですか? そのためにきたんですよね、学校に」


 結城さんは、そう言いながら俺の横に無造作に置かれた勧誘用のビラを覗き込む。


「そうだが、勧誘はもうあきらめたんだ。どうせ美術部なんて、興味ないやつは最後まで興味ないから」

「!」

 

 俺は勧誘断念のわけを淡々と説明したが、『美術部』というワードを耳にしたとたん、結城さんが驚いたように、そして嬉しいように、表情を変化させた。


「せんぱい……美術部に、所属してるんですね……」

「あ、ああ」

「ひょっとして、幼なじみや妹さんの絵を描いてたりとか?」

「!!」


 なんでそれを。……いや、適当に言っただけだろう。それに、俺は愛美の絵はまだ……


「……残念ながら、俺は絵を描かない部員なんだ。入部してから一度も絵を描いたことはない」


 無念さと後悔の混じった否定を口にすると、結城さんが目を見開いて驚く。


「えっ? 絵を描かないのに、美術部にいるんですか?」


 至極当然な疑問だ。美術部の一般的認識など、ふつうそうだろう。

 仕方ないので、あいまいな言い訳を俺は試みる。正直に言う必要などないし。


「まあ、いろいろ理由があってな。きょうの勧誘は頑張ったんだが」

「なるほど、せめてもの罪滅ぼしというわけですね?」

「ぐぅ」


 試み失敗。隠す必要などなかった。図星すぎて、ぐぅの音も出ない。いや、何か出たけど。


「……なんでわかるんだ」

「だって、先輩の考えてること、簡単に読めますよ?」


 ――――ドクン。


 どこかで聞いたようなセリフに、俺の心臓が、ひときわ大きい脈を打つ。


 ……なんだろう、この感じ。


「なら、新入部員も、絵を描かなくても、許されるんでしょうか?」


 何かの間違いのような鼓動に気を取られ、結城さんの問いかけに反応が遅れてしまった。今度は無難に取り繕うことにする。


「…………あ、ああ。部員数が少なくて廃部危機と常に隣りあわせだから、それでも許されるとは思うけど」

「そうですか。ということは、先輩も美術部が廃部にならないように、幽霊部員として所属してるんですね?」

「……なぜわかった」

「話の流れからして、そうとしか考えられないじゃないですか」

「……」

「そして、美術部が廃部になって困る人がいるんですね、おそらく。先輩にとって――――困らせたくない、大事な人が。違いますか?」


 ――――ドクン。


 またまた、俺の心臓が暴れた。


「……エスパーか、結城さん」

「だから簡単に読めますって。あと、『結城さん』は他人行儀だから、『華子』でいいですよ」

「いや、他人だろ」


 この子は……警戒心が足りないというか、人懐っこいというか。


 当然のように突然の名前呼びを要求する結城さんと、距離を取ろうとする俺。だが、駆け引きに関しては相手が一枚上であった。


「じゃあ、わたしが美術部に入部すれば、他人じゃなくなりますよね?」

「……は?」

「そうすれば、わたしはかわいい後輩です。というわけで、結城華子、美術部に入部希望です!」

「…………」


 言葉を発することができない時点で、俺の完敗である。あまりにできすぎな展開、なんという距離の詰め方。

 これが恋愛ゲームだったら、話の流れの強引さに、星ひとつのレビュー待ったなしだ。


 ――――が。


「まあ、いいか。ノルマ達成できるし」


 深く考えるのをやめて、俺は部員が増えることを素直に喜ぶことにした。

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