第7話

「お前、どうやってここに入ってきた?」


 ここは、周防九曜が作る特殊な空間だ。雪山で遭難したときにはあの長門でさえ俺たちの手を借りるほどてこずったというのに。朝倉は口に手を当ててくすくすと笑った。


「キョン君は私が長門さんに負けるところしか見てないものね」


 そう、朝倉は長門のバックアップだときいていた。だからこそ、長門がいれば対処できる奴だと思っていた。


「それでさ、私は佐々木って子に用事があるんだけど、何処にいるのかしら」


 相変わらず朗らかに笑いながら聞いてくるが、こいつは笑顔のままナイフを振りかざす奴だ。知ってても教えられるものか。朝倉はふうんと少し上を向いて思案していた。


「じゃあ、知ってそうなそっちの子に聞いてみようかな」


 言うが早いか、矢のように橘の立っていた場所へ駆け出した。橘の悲鳴をあげたが、九曜が動く方が速かった。橘は再び何もない空間に飲み込まれていった。


「あら、天蓋領域ってこんなこともできるのね。興味深いわ」


「――――――」


 橘の後を追うように藤原も異空間へと消えた。 朝倉はいつか見た光の槍を作り出し、藤原が消えた辺りへ放り投げた。光の槍は藤原がいたあたりで、らせん状に曲がりながら地平線へと消えていった。


「ふぅん、ミンコフスキー空間なのかしら」


 朝倉は何かわかったのかふんふんと頷いているが、九曜は何も答えない。朝倉は指を自分の口に当て、上を向いてしばし考え込んだ。そして


 それから起こったことは、俺の理解できる範疇を超えていた。朝倉は光の槍を、あさっての方向へと投げた。本当に、何もない場所へ投げたはずなのに、九曜の左肩を撃ち抜いた。無感情のまま、九曜が肩に突き刺さった槍を引き抜き捨てると、光の槍はカラーコーンに姿を変えた。


 そこから先は一方的な攻防だった。朝倉涼子はそれこそ踊るように、狂ったようにてんでんばらばらな方向へと光の槍を投げ続け、そのすべてが吸い寄せられるように周防九曜の身体を貫いた。防戦一方、というより防御すらままならない。なんだこれは。


「頑張るわね。けど、あとどれだけもつのかしら」


 朝倉のいうことはもっともだった。はたから見ると、周防九曜はもはや立っているのが不思議な状態で、身体に刺さっている槍を抜こうともしない。朝倉はさらに光の槍を撃ち込もうとして、はたと動きが止まった。


「あれ?」


 朝倉は一瞬間をおいて光の槍を投げたが、それは九曜をかすめてとんでいった。朝倉はまた何本か槍を投げるが、投げるたびに九曜からの距離が離れていく。それに、朝倉の動きがどこか鈍くなっていた。


「何、これ?」


 わなわなと手を震わせて、朝倉がそういった。両手をあげて光の槍を作るも、それは形を作る前に光の粒子になって消えていった。


「――――――」


 朝倉涼子は膝から崩れ落ちた。風邪をひいたように顔を真っ赤にさせた朝倉は、そのまま動かなくなった。



「九曜さん!」


 先ほどの場所から、橘京子が現れて九曜に駆け寄った。それに続いて藤原が現れ、最後に佐々木が現れた。佐々木は血の気を失ったように真っ青な顔をして、黙って立っていた。 無事だったか。


「あぁ、僕は平気…」


 ドスッと嫌な音がした。


 橘はおっかなびっくりといった感じで、九曜に刺さっている光の槍を抜いていた。藤原はそれに目もくれず、倒れている朝倉をギラギラした目で睨んでいた。



 佐々木は、ゆっくりと俺の横に倒れ込んだ。


「ごきげんよう皆さん」


 佐々木の立っていた場所のすぐそばから、この場にふさわしくないタンポポのように朗らかに、喜緑江美里さんが微笑んでいた。

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