合成獣


「うわ、スゲエな……」


 例の黒の怪物を見てフィオナは言った。俺もまた落ち着いて再度見る。あれは何なのだろう。魔獣には見えないし、当たり前だが人間にも見えない。

 

 こうして、冷静に怪物の存在を確認できるのも一重に自警団のお陰だ。副団長が隊を率いて駆けつけてくれたため、集落の安全は確保出来たと言う。


 どうしてセルニーの自警団が来てくれたのかとか、何故こんなギリギリになったのかとか、そんな疑問を――


「悪いな、オレ達はいつでも人手不足なんだ。しかし良かったぜ。今回は間に合った」


 まさかとは思うが、あのセルニーの全ての事件事故に対応しているのか。もしそうだとしたら無茶苦茶だ。


「で、何が起きてんのか分かるか?」


 首を横に振る。

 俺の方が知りたいくらいだ。


「人を追ってるつもりが、まさかあんな化け物を相手することになるとはな」


 独り言のように彼女は嘆く。やはりこれは事件であり、セルニーに関連していることであり、だからこそ副団長はここにいるのだ。


「すみません……何があったのか教えてくれませんか?」


「……オレもよく分かってねえよ。多分……いや違うな。見て確信しちまった。あれは人間だ」


 指差されたのは蠢く黒の化け物だ。思わず息を飲む。勿論、この世界では化け物に変異してしまった人間の例なんていくらでもあるのだが、見るのは初めてだし、普通誰でも恐怖を抱くだろう。


「クソ……対人を予定したメンバーで来ちまったよ。最悪だぜ」


 逞しくも、仕事の成功不成功に対して悪態を吐く。


「ほら、行くぞ」


「ど、どこへ?!」


「怪物退治だ」





 崩れる音がして、続いて地面を叩く大きな音がした。渓谷を瘴気が吹き荒れる。瘴気と言っても大丈夫だ。現在、体に異変はない。


 俺は傍観していた。

 一人の少女が強大な敵と退治している光景を、何もせずに突っ立って、離れたところで眺めていた。


 フィオナは一度たりとも攻撃を受けていない。全て避けている。と言うか、怪物がまるで目隠しでも着けているかの様に、検討違いな動きをしている。時々、フィオナが魔法を組んでいるのが分かる。何の魔法かはさっぱりだが。


 彼女は攻撃するとき、その手段として炎を用いる。火属性魔法という奴だろう。素人目からでも素晴らしい完成度の魔法だ。余波が伝わってくる。轟音を響かせて、何度も大玉の炎が怪物へと叩き付けられた。


 それはもう、そこら辺の冒険者では太刀打ち出来ないほどに彼女は強かった。


 ――しかし、怪物はその上を行っているようだった。

 

 あくまで主観に過ぎないが、怪物は悲鳴を上げて吹き飛んで、を繰り返しているが、あまりダメージが無いように見えた。傷が見えない上、動きが鈍らないからだ。


 あれが人間なのか?

 

 目まぐるしい状況に翻弄されながらも、俺はその時を待った。


 と言うのも、副団長は最初からアレに勝てるつもりは無かった様で、俺にとある事を頼んでいた。


 彼女らがいい具合に戦いの場を変えていき、建物から十分に距離が離れると俺は走り出した。


 怪物はこちらを見向きもしない。意外にも、簡単に建物へと入ることが出来た。


 中は薄暗く、ガランとしていた。

 階段を上る。また上る。


 紙切れや魔導書と思われる書物。見ないようにしているが異臭を放つ人や魔物の死体が煩雑に、階によってまばらに投棄されていた。


 やがて俺は初めて不快感を催さない部屋へと辿り着いた。

 一体何階建てだろう。やはりこの世界の建築技術は、前の世界に負けず劣らず、と言うか魔法があったからか根本から様式が違う。何にせよ、俺が異世界で活躍出来なかったのは、そういう理由もあった。

 

 探っている内に、この施設が何を目的に作られたのか分かってきた。 


 合成獣――いわば、キメラを造っていたのだ。

 この階には怪物キメラを対処するための資料は無いと悟り、次の階へと走った。


 ポッかりと穴が開いていた。キメラが出ていった跡だ。最上階だった。まだ新しい人の死体と肉片が転がっていた。込み上げる吐き気を抑え込むと、穴から地上を見下ろして――フィオナに向けて叫んだ。


「ここには、何もありませんでしたッ!」


 返答はない。聞こえていないのかと思ったが、否、フィオナがいない。キメラは見付けたが、戦闘は行われていない。目を凝らして一人の少女を探す。


「……ぁ」


 見付けたのは、崖に叩き付けられグッタリとする少女だ。

 

「やばい、やばいッ」 


 どうする?


 どう考えてもピンチだ。

 だが助けようが無い。

 地上まで移動出来たとして、俺は何も出来ない。

 

 ――ここにいれば、キメラは俺を襲ってこないか?

 ふと過った醜い考えを振り払い、最善策を編みたそうと頭を回す。


 しかし、不可能は不可能であり、発想も何もある筈がない。


 パァンッ


 この世界では聞いたことがない――初めて聞く銃声。天へと放たれたその銃弾は、しばし淡い閃光を放った。信号弾だ。しかし、その輝きは決して強いものではなく、一体誰に向けられた物なのか疑問だった。


 果たして、解答は思ったより早くにやって来た。人がやって来たのだ。光に目を奪われ、視線を下ろした時にはやって来ていた。


 覆面の男。

 黒装束の人間。

 キメラと比べるとあまりに小さな人影だが、そいつはフィオナの前に立っていた。


 何が起こったのだ?

 おそらく瞬間移動だ。それこそ、一体何がどうしたのか。


 ただでさえ信じられない事が頻発していると言うのに、唐突に現れた覆面は更に有り得ない事をして見せた。

 

 青空を巨大な火柱が貫いた。


 火炎は燃え盛り、キメラを焼き付くし、怪物と共にいつしか消滅した。

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