圧倒

 夜は人通りが減るがゼロにはならない。寧ろ増える場所さえある。あちこちに光がある。要するに、簡潔に、人の目は消えないと言うことだ。元々農村だったなんて嘘みたいだ。ダンジョン一つでここまで変わるとは全く予想していなかった。お陰で北からの山賊の襲撃が無くなったのだから喜ぶべきか。


 通路確保もろくにせずに建設しまくったが故に道路はごちゃごちゃだ。建物を踏みつけて走る。幸い、建物の背は高く下からはこちらは死角だ。屋敷のある南西口から、直線に行き中央区までやって来ると、一際高い塔の頂上にて立ち止まり、合図を待つ。


「もういいだろ、降ろせよ」


 横抱きにして連れてこられた少女は恥じと忌避の感情から、俺の腕を払う。やはり普通の人間相手にはレティシアの様にはいかないのだと改めて理解する。元々覚悟していた事だ。


「ああ、……クソ、悪かったよ」


 突然そんなことを言うフィオナに驚き、


「レティシアを見てれば分かってる。何より、オレだってそう思ってる。お前は悪い奴じゃない。でも……」


「……いい、分かっていた事だ」


 口は悪いのに気遣いが出来るんだな、と意外に思う。考えてみれば、話を聞く限り、フィオナは例の兄妹とまだ一月の付き合いしかない。それなのに彼らの死に涙を流し、仇討ちまでしようとしている。


「しかし、なんでシオンを殺ろうとするんだ? ゾンビの癖に人助けか?」


「……勘違いしてるようだが俺は元人間だ。それで、シオンを殺すのは奴がアノニアス教徒だからだ」


 アノニアスを潰さなければならない理由。フィオナに教えたところで信じてもらえるとは思えないが――


 パキンッ


 どこからか発せられた甲高い音。その道に詳しい一部の人間だけが何の音か理解できる――魔法道具の破損。セルニー中央区の光が消えた。魔力供給の遮断により街灯および家々の光源が絶たれたのだ。


 月の光が頼りだが、しかし町は背丈の高い建物ばかりで月光さえ届かず、中央区は暗闇に包まれていた。そこはもうアンデッドの独壇場である。


 レティシアからの合図を受け、次にクレイグが動く。ある建物が幻影に包まれ外界と遮断される。中で起こることは外にいる人間には知られる事はない。続く発光、建物の天井が破壊される。音も光も景色も、セルニー住人は認知できない。


「行くぞ」


「はぁ!?」


 再びフィオナを抱えて屋根郡を飛ぶ。


「ちょ、うわぁぁぁあ!」


 降り立った場所は暗闇に包まれるパーティー会場。先程まで優雅な時間を過ごしていたのだろう上流階級の人間が、今は混乱に次ぐ混乱でパニックに陥っていた。


 ただ一人平然とする人間がいて。歩みを進める。人混みを掻き分け、絶叫を無視し、許容を超過した怒りを持って歩む。そこにいるのは悪の根元。この世界を破滅へ導く、女と同等の憎しみを抱いた男、シオン。


「貴様か、私のパーティーを台無しにしたのは」


「……ザマあねえ」


 突然のゾンビに怯まず対応する姿から、やはり常人では無いのだと。


「一応聞いておこう、何のつもりでこんなことを?」


「復讐だよ」


「くくく、それなりに恨みを買っているつもりでいたが、まさか死人さえ出てこようとはな」


 無駄話を断とうと剣を抜く。


「ああ、そうだ。最近、私の活動を妨害するのは、もしや貴様らか?」


「だったら何だ?」


「殺す理由ができた。……良かったな、堂々戦ってやるぞ?」


 周囲の人間は既に退出している。

 幻影を司り役者以外を逃がすなんて業をクレイグが器用にやりおおせたのだ。となれば戦場がここになろうと問題は無い。


「……滑稽な」


「は?」


「良いこと教えてやろう。……お前の得意技は通用しないぞ?」


 と、その一言で途端に焦燥が顔に浮かび上がる。シオンは先天的魔法――転身魔法を試す素振りをするが、それは意味をなさず、


「――なぜッ!?」


 幻影魔法の限界はどこにあるのやら。吸血鬼の幻影は魔力さえ騙す――幻影結界。あらかじめ用意しておかないと使えない大技だが、シオンの動向は予測できていた。


「さてと、やろうか」


 俺の殺意を受けて、しかし、シオンの表情は状況に反してニヤリとほくそ笑む。


「ここまで読まれているとは、見事だ。しかしな、私が一人で行動すると思うか?」


 四つの人影が現れた。全身を黒の布で覆っていて姿顔は確認てきない。思ったより多いな、と奥歯を噛みつつ頭を回す。おそらくアノニアス教団の手の者だ。それなりの手練れの筈。判断は思いきりと速さだ。フィオナの方に振り返り告げる。


「シオンを任せられるか? 足止めだけでもいい。危なければ逃げろ」


「分かった」


 心強い返事を受けて、間をおかすにシオンの手下へと突貫を仕掛ける。

 

 ――接近戦は苦手なのだがな、まあ余裕か。





 そいつは理性的な見た目をしていて、事実、理性的な人間なのだが、表面からは決して感じる事ができない狂気が奥底に眠っている。対面し殺意を交わすことでなんとなく理解していた。


「ああそうだ、貴様は覚えているぞ? たしか私の奴隷と一緒にいたガキだったか」


「……ッ、奴隷、扱いかよ」


「実際そうではないか。まぁ奴隷にしては道具としても使えないクズだったが……」


「――ッ」


 短剣を抜いて飛びかかる。勿論、怒りに身を委ねて正面から行くなんて事はしない。相手の出方を伺う手から。


 シオンの武器はレイピアだった。手下が持ってきた得物だ。


 長いリーチから突き。熟練されているのが構えから見てとれた。だが、負けず劣らずこちらも綺麗に往なす。剣を交えて分かってくるシオンの強さ。剣術は中堅層の冒険者の上。ましてや、シオンは魔術師である。


 押されている。

 決して気迫や体調で劣っているつもりはない。簡単な話で、ほんの僅かな技術と能力の差が現れた始めたのだ。


「転身」


 短剣が空を切る。


「――ッ!?」


 背後への、瞬間的な移動――


 そこからは刹那的な戦闘が展開された。

 反射的に体をずらし、且つ腕で内臓を庇う。左の肩口を切り裂くレイピアは、二撃目を放とうと、心臓を貫こうとして。本能というか、勘のようなそれに突き動かされ、体を後ろに飛ばす。


 レイピアの刃先から目を逸らさずに、凝視。こちらが回避するのを折り込み済みの二撃目が放たれる。まだ動く右手を犠牲に刃の猛威を殺す。


「ああああッ!」


 痛みと、そして憎悪にも近い怒りを持って叫び、言うなれば一矢報いようと腰を落とし頭突きを叩き込んだ。見事にヒット。


「キサマァァアッ」


 シオンが額から滴る血を押さえて激昂する。

 無謀をした訳じゃない。もしここで何もしなければ、すべてゾンビに持っていかれそうだったのだ。


「ナイスファイト」


 力尽き倒れたオレに告げられた、その労うつもりが感じられない賛辞に、 


「……速えよ」


 朦朧とする頭で思い付けた最大限の悪態をついた。

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