探し物の行方

 最近の趣味の話でもしようか。この屋敷には変わった物しか無い上、この姿だからこそ外を出歩けない。そのため、俺の趣味は少し変わっている。


 かれこれ一年間は静かに屋敷で生活しているのだが、その全ての時間を比喩無しで趣味に注ぎ込んでいる。眠気が差すことも、集中力が途切れることも、食欲が刺激される事も、小用を足す必要もない。だから、丸一ヶ月趣味以外の事をしなかった事もあった。


 俺の趣味は大きく分けて三つある。

 

 一つ目は読書だ。オーソドックスに聞こえるかもしれないが、内容は変わっているどころか、異端と言ってもいい。何せ、読む本が魔女の所有物だ。莫大な量の魔導書を片っ端から読み進めている。


 二つ目はピアノ。楽譜から楽器の様式まで何もかも元の世界と違っていたが、慣れるのに時間は掛からなかった。最近はずっとピアノを弄っている気がする。


 なんだかゾンビの趣味にしては上品なモノばかりだな、と我ながら思う。勿論、この程度で変わっているとは言わない。


 三つ目は、錬金術の研究だ。一つ目の読書と近しい物があるが、読書はせいぜい知識として脳に保管しておくだけ。錬金術に関しては、本気で学んでいた。


 何故錬金術なのか。

 女の得意な魔法では無かったからだ。彼女の使っていた魔法を学んで行くと録な事にならなさそうだったし、最も憎む相手の魔法を使うのは気分が悪かった。


 錬金術は禁忌の魔法だ。これもまた世の理を覆しうる。俺は禁忌に妄執した者の果てを知っている。また、執着の果ての虚しさも実体験している。だからこそ、己の行動を一歩引いて客観的に見た。きっと、間違いは無い。


 嫌でも時間は無限にある。

 ゆっくり行こう。


「さてと、やっと深夜か」


 真っ赤な月が綺麗なその夜、俺は日課をこなそうと外へ出る。

 

 趣味とは別に、俺は一つの楽しみがあった。

 庭の草刈りだ。

 

 たった一人で暮らすのはしんどいが、庭いじりは俺の悩みを忘れさせてくれた。緑を見ていると気分が落ち着くのは、やはりゾンビでも変わらないのだ。


 シン、シン、シン


 ファンタジーな世界でも虫はそこら中にいて、俺の鼓膜に優しい刺激を与えてくれる。


 無心になって草を引っこ抜いて行く。多分、俺にしか出来ないだろうガーデニング技術がある。雑草を抜く時、同時に生命力も抜いてしまう。すると、しぶとい雑草でもとたんに草臥れてしまう。草刈り機なんかと比べられると、大したこと無いが素手でやるにはこれがかなり効率的だ。


 朝日が上る頃、その日の始まりを告げるかのように虫の音は交代する。もう村人が行動を始めている時間だ。さっさと退散しよう。


 欠伸なんて生理現象はもう無くしてしまったが、立ち上がると、腰に手を置いてグッと仰け反る。


 ノソノソと屋敷へ帰ると、汚れた服を着変えようと自室に戻った。

 

 俺の錬金術による作品。体を隠せるローブ。そして無地で模様が無く、目と口の部分のみに穴が開けられた仮面。俺の技術ではこれが精一杯だったし、錬金術で造った物ならこれでも相当ハイレベルな物だった。


 勿論、こんなもの普段から身につけてはいない。必要となった時だけだ。今身に付けている着衣は下半身のみ。ゾンビなっても下半身のソレは朽ち果てていない。だからパンツやズボンを当然だが履いている。


 他に常備している物と言えば、不恰好だが手製の剣くらいか。ともあれ、汚れた服を脱ぎ捨ててせっせと着替えた。俺の朝はこんな感じだ。その日の予定を洗濯しながら考えたりする。


 ピアノの練習でもするかな。

 ピアノは最近になってやっと本腰を入れた趣味だ。なにせ、どんなに練習しても聞き手がいないのだから、モチベーションを保つのは難しかった。曲を弾けるようになった達成感とかで自己完結が出来るようになってから、この趣味は続いている。


 適当にマスターしている曲を流しで弾いてみる。

 俺を包み込む様な緩やかな風が吹き、カーテンが揺れた――


「はッ!」


 背後から気配を感じた時には、既に銀の閃きに体を切りつけられていて。俺は勢いよく床を転がっていた。


 右肩から袈裟に入る斬撃だった。


「妹をどこへやった?」


 こちらへ刃を突き付ける女は、混乱する俺の頭をさらに混乱させる一言を告げた。





「――にしても、ゾンビがピアノだと? おい、お前本当にゾンビなのか?」


「……俺にも分からん」


「……は?」


 何で分からないんだよ? という意味での生返事では無さそうだ。多分続く言葉はこうだ。何故ゾンビが喋るのだ、と。


「喋った、な。いや、ゾンビが喋る? お前もしかして、重病に犯される人間だったりする?」


「だとしたらそいつはもう死んでるよ」


 なにせ、内臓を深々とぶった切られたのだ。人間なら死んでいる。下手したらゾンビでも死んでいそうだ。


「そうか、なら信憑性が増したな。……で、妹をどこへやった?」


 と、耳の側で問い掛けてくるが、女の手に握られる剣は俺の胸を貫いており。


「死ぬ前に答えろよ」


 怒りの形相で女がこちらを見て、するとその勢いは段々と萎れた。


「お前……」


「……いてぇ」


「――」


 心臓を裂いても死なない俺を不気味に思ったのか。それとも、死なない相手を前にして接触しているのが危険だと思ったのか。どちらにせよ大きな間違いだが、彼女はバックステップして距離を取った。警戒心を露に剣を構えている。


 殺せるものなら殺して欲しかったな。


 なにはともあれ、彼女は何か勘違いしている様だった。こんな所に住んでいるのだから怪しまれて当然ではあるが、誤解は解かないと互いのタメにはならないだろう。


「お前の妹なんて、知らないよ」


「……嘘を吐くな」


 女の目がつり上がった。

 どこからそんなに低い声が出ているのだろう。見た目はまだ成人したての女なのに。


「どんな噂を聞き付けてここに来たのかは知らないが、ゾンビ退治ではなく妹探しに来たのなら、さっさと別をあたった方が賢明だ」


「ほ……本当、なのか?」


 明らかに落胆しているのが目に見えた。藁にも縋る思いでここに来たのだろう。口振りから、彼女の妹が拐われてしまったのだろうが、女の命令で人を拐っていたのは一年以上も前の事だ。明らかに人違いだ。


「もう打つ手が無いんだな?」


「――」


 図星なのかピクリと肩が震えた。

 さぞ苦しかろうその女の姿を見て。


「話を聞かせろよ。俺はそこらの村人よりこの辺の事には詳しい筈だぞ」

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