第七章 事後報告と今後について

第17話 地獄を訪れる優喜

「三途の川を渡って来た者は、ここへ並ぶように!!」

道を歩いている途中で、日本でいう武官朝服姿ぶかんちょうふくすがたのような装束を纏った役人の男による声が響く。

そうして、男に命じられた亡者は列を作りながら俯いて立っていた。

 相変わらず、多いですね…

わたしは、その行列を横目に見ながら足を動かしている。

“タルタロス”の利用者ユーザーだった喜野きの 雄太ゆうた様の大麻所持報道から3日後―――――――――彼の所属していたバンドLeyduonの一件を受けて、わたしは上司ともいえる十王に呼び出され、地獄を訪れていたのである。

正確にいうと、地獄へ入る前の入口付近という事であり、この場所には十王が住まう宮殿がどっしりと身構えており、この宮殿を経由した後、死者達は地獄へ堕ちるか輪廻転生で生まれ変わるかの道へと進むのだ。

また、先程見かけていた行列に並ぶ死者達というのは、これから閻魔王を含む十王による裁きを受ける予定の者達だ。そして、彼らに指示を出している“役人”は、この場では人間の姿を取っているが、その実態はわたしと同じ“鬼”にあたる。しかし、彼らが人間の役人に見える風貌をしているのは、あくまでこの“宮殿内とその周辺”のみであり、実際の灼熱地獄等の“本来の地獄ばしょ”では、人間がよく知る強面で恐ろしい外見をした鬼――――獄卒の姿をしているのが現状である。

「例の“死者を宥める施設”で、問題が起きたらしい」

「なんと!?1軒目の建設より200年は経過しているから、特に問題は起きていないかと思ったが…」

一方、亡者による行列の側では、道を行き交う役人が多く存在し、その一部のものが何やら会話をしていた。

 やはり、ご存知の方はご存知か…

わたしは、彼らの会話に耳を傾けながら、宮殿の入口へと足を進めていく。

因みに、先程彼らが述べていた“死者を宥める施設”がわたしや末若さんが働く音楽スタジオ“タルタロス”を指す。また、“零崎優喜わたし”の名はこの地獄でもよく知れ渡っているが、その姿形を知る者はあまりいないため、わたしが彼らの前を素通りしても、“死者を宥める施設の鬼”とバレてしまう心配はほとんどないのである。


「あ!責任者発見!!」

「!!…小辣シャオシュウさんですか」

宮殿の中に入り、とある階層の廊下を進んでいると、一人の女性に声をかけられる。

彼女―――――――耀澤ヤオゼ 小辣シャオシュウさんは、地獄で働く役人の一人で、わたしの知る限りだと“タルタロス”でライブビューイング実施後に死者達が書いた感想用紙を各国の通貨に変換する仕事を担っている。

そういった業務の関係で、彼女の顔を見た途端、わたしは冷や汗をかき始める。

「先日は、散々だったわ!あたしらが、十王うえに怒られたかと思ったわよ!!」

わたしの目の前に立った小辣シャオシュウさんは、顔を上に見上げてすぐに述べたのが、この台詞ことばだ。

「申し訳ございません、小辣シャオシュウさん。まさか利用者ユーザーがあんな発言をするとは、思ってもいなかったので…」

「あたしらの部署は、あんたたち“タルタロス”の従業員が亡者達から感想用紙を回収できない場合、ちょっとした手違いであっても残業時間増やされてしまうんだからね!わかっているの!?」

「…申し訳ございません」

彼女は、責め立てるかのように言葉を紡ぐ。

しかし、言い訳の余地がないわたしは、ただ謝罪するしかできなかった。

また、この栗色の髪を持つ女性が口にしていたように、地獄にて業務に励む者の多くは死者を“亡者”と呼んでいる。差別をしている訳ではないと思われるが特に理由もなく、はるか古代むかしよりその風習が強く根付いているのである。

そうして大きく溜息をつきながら、小辣シャオシュウさんは口を開く。

「まぁ、貴方と末若ら従業員自身の過失ではないでしょうから、亡者達と同じ存在に堕とされる事はないと思うわ。だから、頑張る事ね!」

「はい…。ありがとうございます」

彼女はわたしを避けて去ろうとする前に、右手でわたしの右肩を軽く叩く。

憎まれ口を叩きながらも相手を思いやれる彼女の性分は、末若さんにはあまりない性分ぶぶんという事もあり、気が重い現在のわたしにとってはある種の救いでもあった。

その後、わたしは再び足を進めながら、建物内の階段を一歩ずつあがっていく。

今現在わたしがいる場所というのは、十王が住む宮殿の中央に位置し、各王の宮廷へ向かう入口にあたる建物の中だ。この建物ばしょは、閻魔王による裁判を行う部屋だけでなく、地獄で業務に携わる役人が多く存在している事務所のような部屋も存在する場所だ。裁判といえは、いつだったか忘れてしまったが、“タルタロス”で感想を書かずに退場をしようとした死者が獄卒に強制連行された事があった。その際に閻魔王の判決を決定づける浄玻璃鏡も、この施設に保管されている。

また、近年はエレベーターの導入によって各階ごとの移動は楽になったが、わたしは十王との対面までもう少し時間があるため、運動がてらに階段を使用して登っている状態となる。

 いくら人間側に過失があるとはいえ、わたし自身も色々と責められそうですね…

不意にそんな事を思うと、やはりこれから向かう場所は気が重くてたまらない。しかし、参上するよう命じられたからには従わない訳にはいかない。

こんな時、自分が鬼だという事に対して、どうにもならない苛立ちを感じるのであった。



「まもなく、変成へんじょう王や平等王様が参られる。しばし、待たれよ」

「はっ」

その後、十王の補佐官らしき男の声に対し、わたしは深くお辞儀をする。

あれからわたしは、十王が臣下や客人と謁見する部屋にたどり着いていた。

 この恰好は、やはり落ち着きませんね…

その後、謁見の部屋で独りきりになった途端、わたしは不意に思った。

というのも、十王との謁見にあたって、わたしも日本でいう武官朝服姿ぶかんちょうふくすがたのような装束を身にまとい、地獄を訪れている。“タルタロス”では従業員もアルバイトも私服は大丈夫なので過ごしやすい服装でいる事が多いが、地獄ではそういう訳にはいかない。また、地獄こちら現世あちらと同じ服を着ていた場合、変に目立ってしまう。故に、役人らしい風貌にわたしも身なりを整えているのが現状だ。

そして、今回わたしを呼び出した張本人は、平等王になる。というのも、彼は地獄での審議が7回行われた後に判決が出ない際に裁判を執り行う王。無論、7回の審議で地獄行きか極楽浄土へ行くか決まってしまえばお会いする事はないだろうが、そういった“決まらぬ際の救済措置”のような立ち位置であるため、臣下や他の者達と会う機会は多いらしい。そのため、今回の呼び出し及び対応をするのが平等王となっている次第だ。

「お二人が、参られました」

役人らしき男の声が響いた後、奥の方に見える暗幕が少し揺れる。

暗幕の隙間からは、歩き進める足が見え隠れしていた。そうして、音もなく暗幕が天井に向けて巻き上げられていくのと同時に、わたしは姿を現した者達に対して頭を垂れる。そうして、暗幕が上がり切った後には、二人の王―――――――――変成へんじょう王と平等王が玉座に座っていたのである。

「面をあげよ」

「はっ」

変成へんじょう王がそう口にした後、わたしは頭を上げて十王かれらを見上げる。

わたしに声をかけてきた変成へんじょう王は長い髭を生やし、平等王は細くつり上がった瞳をしている点が彼らの特徴だ。

「して、今回の一件…。報告書によると、日の本の国に建設した“死者を宥める施設”で問題が起きた…と」

「はい、おっしゃるとおりでございます」

「何でも、生きとし生ける者が死者を冒涜する発言が原因とあるが…。事の詳細を、我らの前で語ってほしい」

「無論でございます」

平等王の台詞ことばに対し、わたしは即答する。

今回の謁見にあたり、“タルタロス”の従業員わたしより地獄に在籍する役人宛てに報告書とされる書類を提出していて、それは十王と謁見する場合は必ず必要とされる書類だ。しかし、その書類の中には先日起きた事象を具体的に書くスペースが設けられておらず、それを謁見の際にお伝えするのは十王に仕えるものの義務でもある。

そうしてわたしの口から、先日のライブビューイングで利用者ユーザーが死者を冒涜するような台詞ことばを言い放ったことが原因で、鑑賞していた死者が混乱をしたこと。また、それが原因で現世へ地縛霊を複数発生させてしまった事等、事象後に起きた出来事も含めて可能な限りの事が十王へ伝えられたのである。

そして、話を聞き終えた二柱の王は、腕を組みながら考え込む。

「話を聞いた限りだと、お主ら鬼達に責めはしないが…。お主らに責任がないとも言い切れないのは、事実だな」

「うむ。“音楽スタジオタルタロス”の存在は、今日までの間で亡者を裁く十王われわれにとっても、ある程度のメリットを発生させておったからな。さて、どうしたものか…」

変成へんじょう王と平等王が、それぞれに話を聞いた感想を述べていた。

 もし、従業員じぶんら自身が何かをやらかしてしまった際は、厳罰に処されるでしょうが…。今回は内容が内容なだけに、十王かれらもどういった沙汰を下すかは迷っておられるのですね…

わたしは、彼らの会話を聞きながらそんな事を考えていたのである。


それから数十分程、二柱の十王とわたしの間でのやり取りが続く。この謁見によって、今後は東京にある“タルタロス”がどのようになるか決まるようなもののため、ほんの数十分という本来は短いと感じるはずの時間が、この時は非常に長く感じた謁見の時間であった。

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