第15話 表向きにはしっかりしたバンドだが

「本日18時より予約しました、川合と申します」

「お待ちしておりました。Aスタジオはもう使えますので、奥の方へお進みください」

ライブビューイングをやる月曜日当日、18時前にLeyduonのマネージャー・川合かわい 萌映もえが、そう告げる。

第一声を聞いた私は、マイクが入ったかごを彼女に手渡し、Aスタジオが使える事を伝えた。

「開始が近くなったら、私がAスタジオに向かいますね」

「ありがとうございます」

私からそう告げられた川合マネージャーは、深くお辞儀をする。

その後、彼女の後を追うようにLeyduonの4人もAスタジオへ歩き出す。

「帽子やサングラスで顔を隠していたけど…確かに、Leyduonですね…」

「そうなんだ?」

彼らが去った後、たかし君が小声で呟く。

 優喜から話は聞いていたけど…。著名人とはいえ、何だか態度悪そう…

私は、変装していたとはいえ、受付こちらに一瞥もくれなかった彼らに対し、あまり良い印象は持てていなかったのである。

「解る人には、わかりますよ。タルタロスには彼らの熱狂的なファンっぽい子はいないと思いますが、ボーカルの喜野きの 雄太ゆうた辺りは、あれに加えてマスクでもしないとすぐにばれちゃいそうです」

私が考え事をしていると、たかし君が、小声で答えてくれた。

 現世こっちで作業するのも女性従業員わたしをご指名だし…。よくわからないけど、何事もなく終わるのを祈るしかないわね…

溜息をつきながら、私は受付のスタッフが立つ側から利用者ユーザーが立つ側に移動する。

「じゃあ、たかし君。一旦お手洗い寄ってからAスタジオ向かうので…受付、よろしくね!」

「はい、わかりました!」

私はたかし君にそう告げると、受付を後にするのであった。


「お」

洗った手をハンカチでふきながら女子トイレを出ると、そこで利用者ユーザーの一人――――――――――Leyduonのベース担当である米道よねみち みのると遭遇する。因みに、Leyduonの面子については、予備知識として優喜よりメンバー構成程度は聞いていたため、一目見て彼が米道よねみち みのると解ったのである。

受付時は少し離れた所にいたため解らなかったが、こうして目の前にいると割と背が高く感じられる。

 私の身長が160㎝だから、175はありそうね…

私は、彼に軽く会釈をしながら口を開く。

「お疲れ様です。お先に、どうぞ」

そう告げながら、私は左手を差し出す。

このタルタロスは、廊下から扉を開けて入った中に男女それぞれのトイレの扉がある構造であるため、こうしてトイレで利用者ユーザーと遭遇した際は、先に行けるように扉を譲らなくてはならないのだ。それについては一度、間違えて先に出てしまった事もあって優喜に怒られた事があるため、今では率先してやるようにしている。

「あぁ、そうだ。お姉さん」

みちを譲られた米道は、扉の持ち手に右手をかけた後、思い出したかのように口を開く。

「はい、なんでしょう?」

声をかけられたため、私は両手をお腹の前に添えて背筋を伸ばす。

気が付くと、男は扉の持ち手に背を向けてこちらを見下ろしていた。

「ライビュが終わった後、俺と飲みに行かない?」

米道の台詞ことばを聞いた私は、数回瞬きをしていた。

しかし、それとほぼ同時に、今目の前にいる人物がどのような人間なのかを何となく悟ったのである。

「申し訳ないですが、ライブビューイングが終わった後もこの“タルタロス”は営業しておりますので、まだ業務終了時間ではないんですよねー」

私は営業スマイルを浮かべながら、やんわり断ろうとし始める。

そして、「今回ばかりは仕方ない」と思い、自分が先にその場から出ようとすると―――――――――扉の持ち手に手をかけようとすると、米道が遮りように自身の手で持ち手を握りしめたのである。

「最近仕事でスタジオに籠っている日が多かったんだから、癒してくれてもいいじゃん?それに、諸々つきあってくれれば、帰りのタクシー費用だって出すしさー!」

男はそう告げながら、私を見下ろす。

その視線は、一見すると私のを見ているようだが、実際は別の場所を見ているのだろう。私は、行く手を遮られたという事もあり、苛立ちが募り始める。

 これだから、人間って奴は…

私は改めて、人間の男が煩悩まみれだという事を実感していた。

 まぁ、今だったら優喜は幽世あっちにいるし、“この場所”だったら…

苛立ちと同時に、私はこの場をどう回避するのかを思いつく。

無論、ただの人間とはいえ、相手はスタジオの利用者ユーザーだ。そのため、力づくでは対応しないし、してはいけないのは当然だ。

「お…?」

私は、その男に向かってゆっくりと近づく。

すり寄ってくるのかと勘違いしていた米道は、勝ち誇ったような笑みを一瞬浮かべる。無論、そんなつもりは毛頭ない。

そして、相手の胸に自身のおでこが接触したかと思うと、私の身体はそのまま男の肉体をすり抜けていく。

「え…?」

米道が気付いた頃には、私はその場から姿を消していたのである。

当然、相手は何が起こったのかがわからず戸惑いの表情になったであろう。

 本来、人間相手に術を使うのは禁止だけど…。今回みたいに穏便に済ませる目的ための使用だったら、例えバレたとしても優喜だって文句は言わないでしょう…

私は、得意げな笑みを浮かべながら、そのままAスタジオへと歩き始める。

実際のところは、物質透過の術を使って男とその前にある扉をくぐりぬけたという対応をしたのであった。

こうして、私より後にAスタジオに戻ってきた米道は、何が起こったかわからないと言いたげそうな表情をしていた。その表情を横目で見た時、あまりにも間抜けな表情かおだったため、笑いをこらえるのに必死になっている自分がいたのである。



こうして、大げさな事態にはならず、無事にライブビューイングが開始される事となる。

演奏が始まると、ボーカルである喜野きのが歌い始める。

人間にしては、整った顔立ちね…。きっと、人間の女だったら黄色い声をあげそう…

私は手を動かしながら、そんな事を考えていた。

先程私につっかかってきた米道も、ひとたびベースを構えると、バンドマンらしい表情かおになっていたのである。腐っても、プロのミュージシャンという事だろう。

1曲目がラウドロック(=ハードコア、ヘヴィメタルの流れを汲みつつ、そこに新しい要素が加えられたロックのサブジャンル)で激しめの曲であったり、2曲目はマイクをマイクスタンドに設置したまま歌うしっとりした曲など、何年も続いているバンドだけあって、曲のふり幅がとても広い。

 最初の曲とかはシャウト(=叫ぶ)もしていたから、やっぱり場慣れしているんだろうなぁ…

私は、幽世むこうのタルタロスにいる死者達かんきゃくらが映ったモニターを横目で見ながら、自分の仕事をこなす。

やはり、それなりの著名人だからか―――――――――――――観客である死者達も曲を聴きながら身体でリズムを刻んだり、腕を振り上げたりする者も多い。

これまでも著名人がお忍びでライブビューイングをやりに“タルタロス”へ来た事はあるが、そういう日のほとんどは、優喜が現世こちらの作業を実施していた。そのため、今回は著名人が入って初の役割逆転となったといえる。

私は着々と自分の業務に集中する中、彼らのマネージャーである川合 萌映は、落ち着かなそうな表情で、メンバーを見守っていたのである。

因みに、“タルタロス”のスタジオを使用する上で、楽器演奏もボーカルもしない“見学者”という立場でスタジオに入るのは、本来は禁止している。特に深い理由はないが、人間達が経営する音楽練習スタジオでも基本、「見学者」の出入りは禁止となっているスタジオが多いため、それに習ったといえる。

ただし、著名人もお忍びで来る事があるこの“タルタロス”では、今宵のLeyduonのようにプロで活躍していてマネージャーがいるグループに関しては、特例でスタジオに待機するのは大丈夫にしているのだ。これは公式サイトにも掲載していない項目につき、所謂「隠れルール」みたいなものだ。


「じゃあ、ここでバンド紹介をさせてください!」

気が付くと、ボーカルの喜野によるバンドメンバーの紹介が始まっていた。

ギターの徳淵とくぶち 貴志たかしに、ベースの米道 実。そして、ドラムの簡野かんの 勇樹ゆうきと、順々に紹介していく。どうやら、MCで実際に紹介する際は下の名前のみを告げているようだ。

紹介されたメンバーは、それぞれ自身が持つ楽器の音を数秒間だけ大きく鳴らす。

 こういう時に出す音って、何を出すかをあらかじめ決めているのかしら?

私は、彼のMCを聞きながら、不意にそんな事を考えていたのである。

そうして、メンバー紹介は最後のボーカル・喜野 雄太の順番まで来ていた。すると、スタジオにある専用スピーカーからは、彼の名前を呼ぶ黄色い声援が聴こえていた。その黄色い声援も、彼がマイクを握りしめるのと同時に止む。

「今日、幽世そっちにいる観客オーディエンスってのが、俺らを知っている奴も知らない奴もいると、マネージャーから聞いています」

喜野は、言葉の一つ一つをしっかりと告げている。

「病気や怪我でこの世を去った奴や、自殺だったり他殺だったりいろんな原因で死んだ奴らが、そちらに集まっていると…。前者は兎も角として、後者の連中に言いたい事があります」

「?」

今述べた台詞ことばの後、突然黙りだした喜野に対し、メンバーやMCを聞いていた私や川合マネージャーは、疑問に感じていた。

一方、幽世むこうにいる死者達かんきゃくらも、きょとんとして話を聞いていた。彼は俯いたまま、唇だけを動かす。声に出していないため、何と呟いたかを聞き取れた者は誰一人としていないだろう。

「…ろよ…」

「雄太…?」

ボソッと喜野が呟いたが聞き取れなかったため、ギターの徳淵が首を傾げながら彼を見守っていた。

幽世そっちにいるかは知らねーけど、“人身事故で電車遅延”とかあるけど、電車とか使って自殺した奴、ふざけんじゃねーよ!!!てめーらみたく自分の事しか考えない奴のおかげで、仕事なりプライベートなりでどんだけ俺が時間を奪われたのかわかってんのか!!?無差別に殺られた奴だって、“やりかえすぞ”くらいの気概を持ってねーからあっさり死んでしまうんだよ!!てめーらみたいな屑でも無償で俺らLeyduonの曲を聴かせてやってんだから、ありがたいと思えよ!!!…と、ライブビューイング始まる前に考えていたボーカルの雄太です。よろしく!」

喜野は、最初の方はかなり怒鳴り気味な口調で言い放っていたが、最後の方では一応バンド紹介として名乗りをあげていた。

整った顔立ちをした外見とはそぐわぬ言動を耳にした死者達かんきゃくたちは、その場で茫然としていたのである。

「雄太…お前まさか、”切らしている“んじゃ…?」

「しっ!!」

ベースの米道がポロっと告げた事に対し、ドラムの簡野かんのが彼を黙らさる。

私は表情こそ変えなかったが、今の台詞ことばは丸聞こえだった。

「そんなあれこれ考えさせられる日々について書いた歌を、次は演奏します。聞いてください」

まるで何事もなかったように、喜野は次のMCを告げる。

それが、次の曲を始める前の合図だと思い出したドラムの簡野かんのは、スティックでカウントを4つ入れるのであった。

 今さっきの台詞あれは…。Leyduonの奴らは何事もなかったように歌っているけど…。これ、かなりまずい予感…

曲が始まった事で我に返った私は、珍しく冷や汗をかいていた。

そして私が思っていた事はこの演奏終了後、嫌な形で当たってしまうのである。

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