第四章 死者への想いを、アンサンブルの音色に込めて

第9話 普段における人間達との関わり

「なぁ、お兄さんよー。毎週月曜日の決まった時間だけ、Aスタジオが使えないって噂を耳にしたんだけど…ぶっちゃけ、何やっているんだ?」

タルタロスの利用者ユーザーである青年が、わたしに尋ねる。

このやり取りは既に初めてではないので慣れてはきたが、ライブビューイングをやっていない時間帯によく訊かれる質問の一つである。

「業務上、具体的な事は申し上げられませんが…。とある企業との契約で、時間貸しを行っております。そのため、実際に行っている事の詳細はわたし共も把握しておりませんし、知っていたとしても業務情報を外部の方へ漏らしてはいけない事になっております」

「俺だって、毎週このスタジオを利用しているから、無関係とは言い切れないけど?」

「…一般企業でも、”機密情報の遵守“という言葉があると思います。それと同じようなもので、例え親兄弟であろうとも、その月曜日に行われている事に関しては”本当の関係者“以外に話してはいけないというのが、社会での決まり事です。これ以上の詮索は、しないで戴けますか」

最初の一言で納得してくれない利用者ユーザーに対しては、今述べたような言い回しで何とか回避している事が多いのだ。

 人間の…特に若い男女は好奇心が強いというか、しつこい奴らが本当に多い…

こういったやり取りを終えた後は、大体はため息交じりでそう考える事が多いのが現状だ。しかし、何も知らない人間がAスタジオで行われている事を気にする理由も、多少は理解しているつもりだ。というのも、この音楽スタジオ“タルタロス”はA~Dスタジオの4種類あるが、全てのスタジオの広さや設置された機材が同じという訳ではないからだ。

例えば、Aスタジオには壁に姿見のように大きな鏡があるが、Cスタジオにはそれがない。その場合、演奏している自分の姿を確認したいプレイヤーにしてみれば、練習しようとした月曜日の夕方にCスタジオ以外の予約が埋まっていた際、“どうしてAスタジオは誰も予約してないのに使えないの?”という疑問にたどり着くのは、容易である。

また、以前に末若さんが「アルバイトをもう少し増やさないのか」という提案をしてきた事もあったが、それも案外容易ではない。

今でこそ業務に慣れてきた百合君や櫻間さんだが、彼らもアルバイトを始めた当初は、先程のような利用者ユーザーからAスタジオについて探りを入れられたことは何度か起きていた。人間とは個人によっては、“受け流す”事ができない者もいるため、ある程度精神力がある人間ものでないと、このタルタロスでのアルバイトを続けていく事は難しい。

加えて、ライブビューイングのイベント時にはお忍びで著名アーティストが訪れる事も稀にあるため、“他言無用”の就業規則を守れるような人間でなくてはならない。

故に、そう簡単に従業員を増やすことができないのが現状であった。


「そういえば、今年の慰労会は、日本で行うみたいね?」

ある日の12時頃、末若さんがわたしに声をかけてくる。

この時、わたしと彼女は、利用者ユーザーがスタジオを使い終えて帰った後の片づけやちょっとした確認作業を行っていた。

「そうですか。確か前回は香港だったので、今回は日本にタルタロスの従業員が集まる…と。慰労会それは、詳しい日時は決まっているのですか?」

「10月●日だから…あと1週間後ってところかしらね」

「成程…わかりました」

末若さんから慰労会の日時を聞き出した後、わたしは再び作業に戻る。

音楽スタジオ“タルタロス”は基本、1日の定休日を除いては土日も関係なく営業しているため、従業員は年中働きっぱなしともいえる。しかし、他スタジオの従業員との交流や労いもこめて、1年に一度だけ決められた国のスタジオで慰労会という名のご飯会のようなイベントが催されている。

例年違う国のスタジオで実施し、今年は日本うちのスタジオ内にあるスタッフルームで実施することになったらしい。

 アルバイトの彼らは自由参加なので、今度お会いしたら出席可能か確認しなくてはいけませんね…

わたしは、バラバラに置かれたマイクスタンドを定位置に動かしながら、そんな事を考えていた。

「あとは、十王のどなたがいらっしゃるか…ですよね」

「あー…そうね。問題は、そっちかしらね」

わたしが不意に呟くと、末若さんも譜面台を片づけながら同調する。

実は、慰労会で集まるのは従業員だけでなく、我々の上司にあたる十王も参加するのが通例なのだ。

当然、十王全員が来るわけでもなく、1年に1柱ずつだが―――――――――――――この1柱が実際誰なのかは慰労会当日にならないとわからないため、従業員以前に鬼である我々にとっては、ある意味ストレスの種でもあった。

「閻魔王は何度かお会いしているから慣れているけど…変成へんじょう王や平等王とかはなぁ…」

「末若さん」

末若さんがボソボソと呟いていたので、わたしはその場で制止するかのように声をかける。

「今、この場はわたしと貴女しかいないので構わないですが…。片づけが終わって受付に戻ったら、くれぐれも“そのような愚痴”は口にしないでくださいね」

「…そうね、了解」

わたしが彼女に釘をさすと、彼女は一瞬考えたが、すぐに了承してくれた。

それはスタジオの利用者である人間に聞かれる事を防ぐ意味合いと、もしこの現世うつしよに、人ならざる者が入り込んでいたら、聞かれてしまう可能性も捨てきれないからだ。そのため、なるべく十王の悪口はこのスタジオの中で留めなくてはならないのである。

そんないつもの作業を終えたわたしと末若さんは、受付の方へと戻っていく。



「零崎さん!受付の対応、少しお願いしてもいいですか?」

「はい、わかりました!」

その後、百合君から呼ばれた時に我に返る。

あれから夕方となってアルバイトの百合君や櫻間さんが出勤し、時計の針が19時を過ぎた頃になっていた。

この日は水曜日につきライブビューイングはないため、タルタロスは至って平和だ。また、百合君は元ギターリストであり、レコーディング機材の知識も多少あるため、時々「スタジオにある機材の使い方を教えてほしい」と利用者ユーザーに頼まれて受付を離れる事も、時折起きている。

そのような時は、代理でわたしが受付対応をする事もここ何回かは起きている状態だ。

「Cスタジオですね…。お会計、2000円になります」

受付を交代した後、精算をしに来た利用者ユーザーの対応をする。

タルタロスのこの日本スタジオは基本、受付は2人体制。3人目がWEBサイトの確認や雑務を担当し、4人目が合間を見て休憩に行ったり、他の3人に代わって仕事を行う。4人が全員出勤している際はこういった体制で十分営業できるため、ライブビューイングがない曜日に関しては、誰か一人が休みを取っている場合も多いという事になる。


「優喜!」

「末若さん、どうかしましたか?」

わたしが受付に立ってから数分が経過した頃、末若さんが地面にしゃがみこんだ状態でわたしに声をかけてくる。

それは、利用者ユーザー側から見えないようにするため、体勢を低くしているようだ。

「あんたを“ご指名”で、連絡が入っているわよ」

「!!」

彼女の台詞ことばを聞いた途端、わたしは数回瞬きをする。

「わかりました。わたしの方で対応するので、受付をお願いします!」

「了解」

末若さんに指示を出した後、わたしはすぐにその場から離れる。

 最近は常連が多かったので、“ご指名”の連絡は、久しぶりですね…

そんな事を考えながら移動したわたしの視線の先には、無線LANでインターネットに接続ができるノートパソコンだった。

その画面には、ある無料チャットの画面が開かれていた。

そのチャットというのは、このタルタロスで運営しているライブビューイングを希望する利用者ユーザーとやり取りをするための、専用チャットにあたる。

実は、各国にあるタルタロスの概要画面から、特定の場所をクリックする事で、所謂“裏サイト”にアクセスする事ができる。また、チャットルームはごく平凡なものだが、そこへ入るためにもログインIDとパスワードが必須であり、パスワードもワンタイムパスワードが採用されているため、遊び半分では入ってこれないようセキュリティーは万全になっているサイトであった。

「どれどれ…」

わたしは、チャットルームに寄せられた内容を読み始める。

 “はじめまして。私は某高校の吹奏楽部に所属する学生で、来年の3月に催されるアンコン(正式名称はアンサンブルコンテストです)に部員の数名を率いて出場予定で、本番を想定した練習のような形で、このライブビューイングを利用させてもらいたいと考えてます”…か。成程、別の会場で本番さながらの体験をして、今後の練習の糧にしようという訳ですか…

わたしは、チャット文の内容を読みながら感心していた。

これまでも多くの利用者ユーザーが様々な理由でライブビューイングイベントに参加してくれたが、こういった理由で演奏を希望する人間やからもいるのだと、少し感心していた。

その後、わたしはライブビューイングを実施するにあたり、必要な事項等のいつも書いている内容をチャットに打ち込む。

最初は慣れなかったキーボードも最近は早く打てるようになり、タッチタイピングもできるようになってきたため、手早く打ち込む音が、スタッフルーム中に響いていた。

そして、数分後――――――――――――利用者ユーザーから届いたチャットメッセージを読んだ時、わたしは今まで感じなかったような関心を覚える。

成程。それは、過度にならなければ、死者かんきゃく達にとっても非常に良いライブビューイングになりそうですね…!

わたしは、返信メッセージを打ちながら、そのような事を考えていた。


こうして、この日に連絡が来たユーザーは次週の月曜日にて、このタルタロスでライブビューイングを行う事になる。ジャンルとしてはクラシックになるので、わたしら従業員には馴染みのない音楽ジャンルではあるが、当日どうなるのか。それが少し楽しみになってきた水曜日の夜の出来事であった。

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