乱獲の果

 最初にその異変に気付いたのは街の回収業者であった。彼等は、ポーター乗りが獲物を狩った後に置くビーコンポイントまで行き、ミュータントの死体等を回収する。彼等の賃金は歩合制で、回収すればする程に儲かる仕組みだ。


 そんな回収屋の一社、バラック社の社長であるバラックが、ビーコンを知らせるアラートで昼寝から目覚めたのは、丁度昼の12時頃の話だ。


「ッチ、さっきから回収ポイントのアラートがうるせぇぞ、サッサと回収してこい」


 大欠伸をしながら、ハンモックより立ち上がるバラック。だが、あばら家の社内を眺めると、其処に居るのはオペレーター一人だけであった。


「ロクデナシ達は?確か今日は六人出勤だろ?」


「全員出てますよ」


「……他の業者がサボってんのか?」


「そっちも出払ってます」


 そう言いながらも、1分に1箇所程の間隔で増え続ける回収ポイントに眉を潜ませるバラック。


「オイ、今日は大狩猟だったか?」


 大狩猟とは、複数のチームが大規模になったミュータント達の群れを狩る、一種の間引き作戦である。特に虫系のミュータントは、コロニーを作り直ぐに増殖するので定期的な間引きが必須なのだ。


 ちなみにそう言った大規模な作戦は、事前に業者に通達があるのだ。だが、ここ迄大量に回収ビーコンが響くのであれば、通達忘れがあったのでは無いかとバラックは睨んだのだ。


「大狩猟は再来週の筈です。今日出てるポーターは、マリオ・トラゴラス。カツオ・リーム。ダンザ・ブロウの3名です」


「マリオにカツオ…あの2人でこの量は無いか、3人目は聞いた事ねぇな?」


「噂レベルですが市場に3VF持ち込んだポーター乗りって話です、砂漠からの流れ者って聞いた時は与太話かと思いましたけど……どうやら本当みたいですね」


 オペレーターが淡々と答えると、顎に手を当てて考え始めるバラック。


「……ダンザ・ブロウに連絡取れるか?」


「試したけどダメッスね、混線しまくってる」


「チッ、考える事は皆一緒か。見かけたら直接声掛けるようにロクデナシどもに伝えろ」


「もう伝えてますよ、後最新のビーコンを出来るだけ追って可能な限り早く話を入れるようにとも」


「お前」


「はい」


「やるじゃん」


「ウス!」



 ダンザがコックリコックリと船を漕ぎながら、カタカタとポーターの腕の角度をコンソールで変更させて精密射撃を行う。距離は2.5km、最初よりも倍以上の距離ではあるが、最早ダンザにとっては作業に過ぎない。発砲音を響かせるか、1発叩き込めば真正面からゆっくり撃たれに来るカモなのだ。


「あー…これ何体目だっけ?途中寝てたから覚えてない、50発は撃った気がするけど」


「49だよ」


「ウトウトしてたから心配だったけど最初の一発以外無駄玉は無いか、ならいいや」


 パン!と軽い音が響き、未だ視界の端に点として写っている程度の甲虫の脳と神経を破壊し、移動を開始するダンザ。


「はい、これでビーコン最後だよ」


「うん?あんまり持ってきてなかったのか?」


「無理言ってちょっと多めに貰って来てコレだったんだけど…足りなかったね」


 そう言って複雑な表情を見せるラルフェ。彼女の想定では20そこらで切り上げる予定だったのだが、既に討伐数はその倍以上に及んでいる。その理由としてはダンザの索敵能力の高さと、2km以上先から一方的に相手を狙撃できる射撃能力が大きく関係しているだろう。


 素早く敵を発見し、素早く狙い定め、素早く倒す。戦闘と呼べる戦闘すら起きずに一方的になぎ倒していく様は、文字通り格が違うのだと嫌でも認識させられる。


「まだ弾に余裕あるけど戻るか?軽く流すぐらいの戦闘なら後2戦ぐらい行けるけど」


 ダンザの言う所の軽く流すとは、まともな戦闘を2回と言う所である。少なくとも芋虫を一方的に撃っているのは、彼にとって的当て程度の認識だろう。


「いや、今日はもう帰ろっか」


「分かった、余った時間こっちは訓練してるから、換金とか頼む」


「一緒に行かなくていいの?」


「金勘定は任せる、面倒だ。3VF売っぱらってポーター購入や生活基盤に回した時点で、金回りには信用出来ると思ってる。後、早い所金貯めて第二世代モデルを購入したい、使ってて思ったが……流石にコレは"無い"」


 そう言って、ダンザは恨めしそうにコックピット内部を見渡す。先程からダンザは機体を操作というよりも、コンソールのキーボードを操作している。というのも、どの制御ソフトもダンザ基準から見ればガタガタであり、マニュアルでキーボードを叩いて直接数値から操作した方が精密に動ける程なのだ。


「特にFCSとか無い方がマシだ。コイツは近接50m圏内でしか、精密射撃が出来ない。だからと言って、今みたいに手動入力だと対象距離が600m以上離れて無いと倒し切る前に寄られる可能性も高い。50~600mの間550mの距離からチマチマ撃たれると何も出来ずに死ぬ事になりかねない」


「それ、この辺りで手に入るのだと一番良い奴って話だけど……」


 その言葉に絶句するダンザ。完全に表情と動きが停止して、次に出す言葉が中々浮かばない様子で、何度かコックピットとラルフェを目だけで交互に見て考え込んだ後。


「そうか」


 と、一言だけ言って先程撃った芋虫の元に向かった。色々と言いたい所はあったのだろうが、グっと飲み込んだのである。


「早い所金貯めて機体イジって移動しよう」


「うん、その…なんかゴメンね」


「いや、ラルフェが悪いという訳じゃない、むしろ環境が悪かった」


 フゥと、ため息を吐いて周囲を見渡すと、ピタリと動きを止めるダンザ。


「どうしたの?」


「……何か居る」


  ポーターに銃を構えさせ、FCSを機動して50m圏内での戦闘モードに入るダンザ。どうやら敵はかなり近い位置に居ると判断したらしい。


「下か?」


 ダンザが空になったマガジンを一つ、叩きつけるように遠い地面に投げると、僅かに地面が震えたのを感じる。移動中であった為に気づき辛かったが、先程ダンザが感じた違和感はこの振動であったらしい。


「この辺りで大型かつ地面に潜るタイプのミュータントの情報は?」


「うーんっと、ジャイアントクローラー?かなり大型で、大狩猟の時以外は滅多に出ないから忘れても良いって、酒場の人が言ってたけど」


「その情報は欲しかったかな……大狩猟って大人数で狩りをするんだろ?そしてその時滅多に出ないって事は、その時はほぼ確実に出てるって事になる」


「つまり……今回乱獲したのがトリガーになったの?」


「可能性は高いな、ちなみに倒し方なんかは聞いてるか?」


「ごめんなさい、其処までは……ちょっと」


「そうか、まぁ射撃さえ通ればなんとか……」


 ボコン!と、音を上げて地面が隆起する。其処から現れた大型の影に、ダンザは慎重に距離を取りながら銃を構える。土煙が収まると、其処に居たのは15m程の重厚な鎧に身を包まれた……。


「ダンゴムシ?」


 首を傾げるラルフェ。其処には、地球の原生生物によく似た生物が居た。


「なにそれ?」


「こんな見た目で手のひらサイズの虫ね、地球が荒れ果てる前には結構居たみたいだけれど…」


 そのダンゴムシによく似た生物は、周囲をキョロキョロと見渡すと、ダンザのVFを発見し……。


「丸まったな」


「こんな風に丸まって身を守……っ!?」


 その次の瞬間。ジャイアントクローラーは高速回転を開始し、突如ダンザに向かって突進を開始した。


「おっと、コレは不味い」


 咄嗟にダンザは盾で上手く受け流しながら、機体の両足を地面から離して、あえて吹き飛ばされる形で致命傷を回避した。ダメージこそ最小限に抑えたものの、ジャイアントクローラーはそのまま高速で方向転換を行い、再度攻撃を仕掛けに来た。


「これ20mmだと通らないか?」


 そう言いながら、落ち着いた様子でAGATAを連射するダンザ。ダンザの想定通り、高速回転と重装甲の2つから20mm程度では弾かれてしまうようだ。


 金属音を響かせながら、周囲に弾丸を跳弾させるジャイアントクローラー。ダンザは再び盾で流し、回避しながら腰にマウントされたパンツァーファウストを手に取り狙い定める。


「通ると思う?」


「私に言われても……っていうかちょっと戦い慣れ過ぎじゃない?」


「俺に言われても記憶が無いから困るんだが」


 バシュゥ!と音を上げるロケット音と共に、ジャイアントクローラーに飛来する240mm迫撃弾頭。それが直撃した瞬間、その巨体が轟音と共に爆煙に飲まれる。


「やった!?」


 狭いコックピットの中でピョンと飛び跳ねるラルフェ、だがダンザは相変わらず仏頂面でモニターをにらみ続けた。


「虫のミュータントを侮らない方がいい、確実に脳と中枢神経を潰さないと、かなりしぶとい」


 そのダンザの回答に答えるように、土煙が晴れた後、ジャイアントクローラーは再び方向転換してゴロゴロ転がり始めた。


「脳震盪すら無し、耐衝撃性能が桁外れて高いのか?いやでも振動で此方を確認してたみたいだし……何か違和感があるな」


 僅かに溶けたジャイアントクローラーの装甲を見ながら、眉をしかめるダンザ。相変わらず高い精度で、高速回転体当たりを行なって来る所から、先程の攻撃もあまり効果は無かったと判断したのだが……少々違和感を感じていた。とはいえ、今行える行動は限られている。


「後試して無いのはブレードか……これで通らないとなると、もう一発240mm同じ位置に叩き込んで弾切れまで20mmを同じ箇所に当て続けるしか無いけど」


 非常に落ち着いた様子でそう言うと、再び次の攻撃に備えるダンザ。


「……怖く無いの?」


「どうして?」


「当たり前みたいに落ち着いてる、その……ピンチが当然みたいな」


「俺に聞かれてもな?」


 ダンザが落ち着いている理由は大きく2つある。一つは、砂漠で撃墜された場合は事実上の死を意味するが、荒れ地でおいてはそうでは無い。生還率が非常に高いのだ。


 更に言えばワーム類は体皮の維持の為に鉄を好んで食すが、人間に対しては其処まで攻撃的ではない。少なくともポーターが隣にあれば、そちらを優先して食べる事が確認されている。


 此処までで既にダンザの有用性は示され、たとえこのままポーターを失ってロストしても帰れば新たにパトロンの一人二人は余裕で付くだろう。つかなくても、最悪の場合地味な仕事をこなしながら再び再起すれば良い。そしてダンザにはそれが可能だ。


「一つ、言い忘れてた事がある」


「何?」


「盾、ありがとうな」


「えっ、う……うん!」


 溶断ブレードをシールドから抜き放ち、フォワードグリップエッジインで順手で持ち刃側が自分に向くように持つダンザ。これは相手に組み付いて装甲の隙間を狙う為の持ち方だ。おそらく装甲を貫くのは不可能であると判断したダンザは、この持ち方を選択した。


 もっとも格闘用のモーションは最低限の物であり、普通に使ってその体皮を切り裂ける…等とダンザも楽観視しては居ない。装甲の隙間に刺されば御の字程度の考えだろう。


「来るぞ、捕まっててくれ」


 そう言って、ダンザは鉄塊となり駆け出した敵に向かいポーターを走らせた。彼我との距離はどんどん縮み、やがてその影が重なり合う。


 直撃の瞬間、今までと同じように、盾で受け流すダンザ。だが、これまでとは違い直撃に近い形で受ける形になり、ギリギリと悲鳴を上げるポーターの腕。そして、ダンザが軽く舌打ちをする。


 瞬間、吹き飛ぶポーターの片腕。同時にバランスが崩れ、吹き飛ばされるような体制で空中に浮くポーター。致命傷を回避する為に、ダンザの操作によって取り外された片腕と盾は空高くへと舞った。



 だが、それはダンザの狙い通り……。否、本来なら片腕を外さない予定だったが、空に浮いたポーターはその全重量を刃に集中。体を捻らせながら渾身の力で、ジャイアントクローラーの装甲の隙間に、その刃渡り5mの溶断ブレードを差し込んだ。


【ギチチチチチチチチ!!】


 ジャイアントクローラーが悲鳴を上げて、だが勢いは殺さずに転がり走り続け、再び狙いをダンザのポーターへと向けた。


「だ、ダンザ!来るよぉ!!」


「……あっ、そうだ、俺の嫌いな物を教えとこう」


 倒れた状態で、ジャイアントクローラーにAGATA-2020mmライフルを向けるダンザ。だが、その弾丸は先程相手に通らない事を実証していた、つまりこの行為は……。


「え?何言っ……」


「無駄玉だ」


 勝利を確信しての事である。


 ダンザは刺さったままの溶断ブレードのグリップに弾丸を叩き込むと、テコの原理でギリギリとジャイアントクローラーの内部を切り開いて行くブレード。弾丸をブレードグリップに当て続けるだけで神業だが、ダンザは一方向にのみ刃が進むように調整して当て続けたのだ。


 やがて、痛みに耐えきれなくなったのかはたまた重要な筋繊維を切断したのか、頑なに閉じていた丸い体を元の平な姿に戻すジャイアントクローラー。


「これ赤字じゃないよな」


「う、うーん……私に聞かれても」


「……だな」


 ポーターを起き上がらせ、ギチギチと蠢くジャイアントクローラーに近づいて、ダンザは刺さったままの溶断ブレードを握り、そのまま振り抜いた。


 噴水のように飛び散る体液を気にせず、装甲の隙間に刃を突き立てては引き裂いて行くダンザ。やがて、均一に五等分されたジャイアントクローラーを綺麗に並べると、そのまま最後の回収ビーコンをその場に力なく落とした。


「一回目の依頼でこれか、前途多難だな」


「私はダンザものすごーく、頑張ったと思うよ?」


「……どうやら俺の頑張りだけでは、世の中上手く回らないらしい」


 そうして、ダンザはもげ落ちた片腕と盾を拾い、機体に取り付けると……トボトボと帰路につく。


 その姿は悠々とした凱旋ではなく、どちらかと言うと敗残兵のような惨めさを醸し出しているのであった。

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