炎は上がる

 蟻の巣を荒らしてしまったせいで、帰り道に行きと同じ道は使えない。その為に別のルートを構築して帰還しているのだが…。


「リリィ、通信にノイズが混じっている、そちら側で確認出来ないか?」


 ダンザが、そのマイクをカリカリとひっかくような雑音を捉えた。普通であれば聞き逃してしまうような雑音ではあるが、ダンザは索敵を常に意識している事からかろうじて聞き取れた音である。


『確認しますね、少しだけ通信切ります』


 十秒後、再びリリィとの通信が復帰したが…どうにも様子がおかしい。


『ダンザ!私達の街がアバドンに襲われてます!』


「……とんだ命知らずが居たな」


 街にはあの中年三人衆がいる。迎撃施設と組み合わせれば一軍でも連れてこなければまず勝てない筈だが…そう考えているとリリィの続く言葉に思わず思考が停止した。


『街が劣勢だそうです!急いで戻りましょう!』


「は?劣勢?なんで?」


『わかりません、物量差でしょうか?』


「そんな事……」


 防衛戦であれば一流がダース単位であっても3人なら捌ける、そんな信頼があったが故にダンザの表情はひどく困惑した物になっていた。


「いや、わかった、急ぐぞ。相手が包囲している可能性も考慮して推進剤にも気を使ってくれ、場合によっては敵の包囲を切り崩す必要もある」


『了解です、それでルートの構築はどうします?』


「行きと同じだ、念の為砂喰い付近は迂回して蟻塚は全速力で突っ切っる


『蟻さんにごめんなさいしないとですね……』


「許してくれとは言えないだろうさ」


 所詮この世は弱肉強食、弱きに生きる価値など無い。ダンザはそれを理解しているが故に踏み潰す事を躊躇しない。踏み潰さなければ……次に踏み潰されるのは自分自身なのだ。


 ◆


 別にその男達は弱い訳では無かった。むしろアバドンとして上位陣に食い込むと言っても良いだろう。


 その上で…ただ一つ問題があるならば。ダンザ達の街を狙ってしまった事だ。


『クソッ!クソッ!クソッ!どうなってやがる!ただの防衛隊って話じゃなかったのかよ!?なんで……なんで高々8機にここまで好き勝手!』


 最初に24機居たアバドンは既に5機まで数を減らしている、その間に男達側で撃破出来たのは4機。しかもその全てでパイロットを殺せていない、全て中破止まりでありであり、決定打を与えれずに上手く引かれたのである。


『クソッ!クソッ!あの3機だ!あいつらさえ落とせば……!』


 アロウン、ダコール、ゴウザ…アラクネとして最上級の力を持つ彼等は、条件が整わなければダンザとリリィの全力であってもまず1人すら落とせない。


 既に50歳に差し掛かるにも関わらず、未だ腕に衰えなし。それどころか彼等の戦闘勘は最盛期と言っても良い所に到達している。ましてや街の迎撃設備を使える防衛戦においては、文字通りの無敵と言って良いだろう。


『こっちは後何機残ってる!?』


『お前含めて5機、既にボスがお冠だ……やべーぞ』


『クッソ!あのキチガイ女が!俺等全員このまま殺す気かよ!!』


『聞こえてますよー!誰がキチガイですって、ん?』 


 場違いにも程があるまでに透き通った、少し不機嫌そうな女性の声が響いた。だが、自らのボスである少女の声が響こうとも、その男は取り繕うでも無く怒鳴り続ける。


『テメェだよクソボケ!テメェが出りゃすむ話だろうが!!!』


『こわっ!えっ何?逆ギレですか?私も部下の在庫すり減らされてムカムカしてるんですよ?というかさっさと働いてくださいよ!イキってるあの3機潰せば勝ちみたいなもんでしょう?給料泥棒ですか貴方?』


『オレ達じゃ手に負えねぇんだよ!なんだあの3機、射線に入っただけでコッチをゴミみたいに……』


 そこまで言って通信が途絶、途端機体が爆散した。機体を貫いたのは青白い閃光…それはとある兵器の使用を意味している。


『嘘だろオイ!対消滅弾だ!掠めただけで機体が吹っ飛ぶぞ!』


 対消滅弾と呼ばれるそれは、大地に落ちた宇宙船に搭載されていた物である。それをポーター用装備として使用可能にした物ではあるが、未だ安定性は無く3発まで撃てば銃のフルメンテ必至の代物…とはいえそれはアバドンへの大いな脅しになるだろう。


『窮鼠猫を噛むとか言いますけど、どっちがネズミか分かりませんねコレ、ハハッ!』


『言ってる場合じゃねぇですぜボス!どうすんですか!?』


『あー……撤退許可が出ましたよ。ハイハイ撤収!どうやら私達は前座として使われたみたいですね、いけ好かないなぁ……一応雇われているのに油断も何もあったもんじゃないですよコレ』


『了解!各員急いでケツまくるぞ!』


 そう言って、引いていくアバドンの群れ。後に一時の静寂が訪れる。…それまでの会話を宇宙船の通信傍受システムとポーターをリンクさせ、盗聴していた男が呟いた。


「……聞いたか?」


 アロウンがよく分からないミュータントの干物を齧り、軽く酒を煽りながらスコープより目を離す。


『聞いたよ、あの声きっと美人だぜ!俺もあんなねーちゃんの元で働きてぇよ畜生』


「ダコール、お前もその年なんだからそろそろ身を固めろよ……もしかしてホモか?」


『はぁ!?女一筋に決まってんだろうが!いやーでもリリィちゃんみたいな子と結婚してぇよなぁ……ああ見えてスケベで滅茶苦茶床上手らしいぜ!ガハハ!!』


 そのダコールの笑い声に額を抑えるゴウザ。ピンチだと言うのに何時もと一切かわらないチームメンバーは頼れる存在ではある……あるのだが。


『ちょっと得する情報どうも、んで、どうするんだ?こっちも結構ギリギリだぞ』


 前座に使われた。そうアバドン達は言っていた。つまりだ。


『本命が来るって事かよ、あー…せめてダンザとリリィちゃんが居れば割となんとかなりそうだけどよ、同数来たら今度は3人じゃキツイぜ?』


 と、ダコールの言葉にほぅと声を上げるアロウン。


「思ったより2人の評価高いな?」


『そうか?妥当だろ?』


『ああ、だが、まだまだ青い。5年アラクネやってりゃ俺達を超える逸材なんだがな』


『5年ねぇ、何事もなく普通にアラクネ出来る月日じゃねえよなぁ』


 軽くため息を吐くダコール。彼等の同期も彼等と同等の腕を持っていた、ミュータントに遅れをとるようなアラクネではなかった。


 だが、3年で皆消えた。荒野で求められるのは腕だけでは無い、幸運も不可欠なのだ。


「まぁ、その辺悩むのは後でいいだろ?ダコールは予備機に乗り換えてこい、他の連中助けるのに貰わなくて良い弾貰いすぎだ」


 そう指摘されたダコールのポーターは装甲のあちらこちらに大穴が空いており、内部から火花を上げている。それでも動くのは一重に蓄積された経験と、並外れた戦闘センスだ。弾丸を受ければ支障の出る箇所を徹底的に回避し、それ以外の場所で受ける事により駆動系のみは守り続けたのである。


 が、勿論それでもポーターに不具合は幾つも発生する。数えるのが馬鹿らしくなる程に落ちたシステムを戦闘勘でカバーしながら戦い続ける事が出来る。その事実が彼を超一流であると証明していると言えるだろう。


『へぇへぇ、っても予備後一機しか無いぜ?そっちはどうすんのさ』


 そう指摘されたアロウンの機体も又、脚部が大きく破損しており最早固定砲台としてしか運用出来なくなっている。


「対消滅の残弾で先手打って2機は潰してビビらせる。最悪寄られたら…余った対消滅弾抱えて機体を自爆させるさ」


『オイオイ、引き際間違えて自爆に巻き込まれんなよ?』


『まったくだ、ヤバくなったら即座に引け、隊長命令だ』


「久々に聞いたなそれ」


 ピンチの時にしか聞かないゴウザの定形である。先日アバドンと戦った時すら聞けなかったが、つまり現状はそう言う事なのだろう。だが……この場の3人は不思議と死ぬ気はしなかった。


「ピンチなのは分かるんだが、なんとかなる気しかしねぇんだよな」


『奇遇だな、俺もだ』


『ったく、アロウンも上がりの前にデカイ仕事が来ちまって不運なこった。俺等もコレ切り抜けたらもう引退していいんじゃないか?』


『ハッハッハ!ちげぇねぇ!けど、カワイイ後輩2人をほっぽり出す訳にもいかねぇだろ』


「ったく、俺が悪いみたいじゃねぇか」


『おや、違ったか?』


 そうおどけて言うゴウザの声に3人が笑う。追い込まれているとはとても思えない、彼等のメンタルの強さが垣間見えた。


『じゃ、一旦戻るぜ、隊長。アロウンを暫く任せるからよ』


『おう、とっとと行って来い』


 その言葉にポーターのハンドサインで答えると、残りの推進剤を使用して一気に加速するゴウザ。第二ラウンドの始まりは、どうやら近いようだ。


 ◆


「っ……想像よりヤバそうだ」


 その光景を見て普段浮かべない焦りの表情を見せるダンザ。砂喰いを迂回し、蟻達を踏み越え、不眠不休で急ぎ自らの街へと帰還した2人であったが、それでも尚急いだ方が良かったと思わせる程度には悲惨な街の状態が目に入る。


『どうします?一気に突っ切りますか?』


「そうしたい所だが……街の周囲を包囲するようにアバドンが居る。それに現状の状況もよく分からない。不用意に出て場を引っ掻き回すのは得策じゃない」


『なら……そうですね、この距離なら船の通信回路から皆さんに連絡を取れる筈です。まずは状況確認を行いましょう』


「ああ、そうだな。通信頼んだ」


『了解です』


 普段であればダンザはリリィよりも先に通信の提案をしていた筈である。だが、この光景は普段冷静なダンザからも、その冷静さを奪うに値する惨状だったのだ。


 一部爆発で崩れた城壁、火が上がる街並み、壊れたポーターの山……はある意味安心出来る要素か。アバドンの骸が積み重なっているのは、あの3人が大暴れした証明でもあるのだから。


『あーあー…通信繋がったか?』


「アロウンさん、ご無事で」


 どうやらリリィがダンザの機体に周波数を合わせて、無線の中継を行っているらしい。ダンザの機体である3VTは、正面切っての撃ち合いと機体出力こそ強いが電子系は若干の不安を抱えているが故の判断だろう。


 これだけ敵が近いと、リリィの乗る高級機の隠密通信を使用しなければ傍受される可能性も高いのだ。


『おう、散々落としまくったがそろそろ限界でな?落とし所を探ってた所だったんだが……どうやら奴さんら、宇宙船のジェネレーターが欲しいらしい』


「ジェネレーター?それだけの為にわざわざこんな騒ぎを」


 ダンザはそう言うが、宇宙船のジェネレーターは10万人規模の都市であっても、300年は保つ事が出来るという代物だ。しかもその300年というのも主にジェネレーターパーツ側の劣化による試算であり、フルメンテナンスが可能な技術力があれば事実上半永久的に電力を供給し続けるだろうとされている。


『気付いてるかもしれないがもうこの街はダメだ。余った資材掻き集めても、再起はできねぇだろうさ』


 その言葉に目を閉じるダンザ。悲惨な光景を見ても考えないようにしていたが、誰より街を愛していた人から事実を突きつけられれば、彼もその言葉に納得せざるを得なかった。


『が、幸いにして人的被害は少ない。この場さえ凌げれば無事な資材と人員を各都市にバラ撒く事で、全員死ぬって最悪の事態は回避できる筈だ。砂漠のアラクネは非戦闘員であれ重宝されるからな』


 この先の苦難を考えれば気休めであるとは理解している。だがそれでも、皆の命をつなぐ事は出来る筈だと、ダンザは思考を切り替えた。


『ようダンザ、ゴウザだ。残念ながらコッチで後マトモに動くのはダコールだけでな、俺もさっき軽く当たった時に3機落としたんだが愛機を潰されちまってよ?ったく……10年来付き合った相棒だってのに』


『そして一番の腕利きダコール様って訳よ、まぁ予備機に乗り換えて無傷気取ってるだけなんだが……で、単刀直入に行くがアロウンは固定砲台、ゴウザはHQ代わり、動ける兵は俺とお前とリリィちゃん……所感でいいからお前の意見を聞きたい、これで殲滅出来ると思うか?』


 少し、考えるダンザ。


「残りアバドンの数は?」


『14と艦2、前方はよくある陸上艦だが後方に見たことねぇ陸上船1隻が居る。後方のは先にコテンパンに叩いたから前に出て来る事は無いだろ、帰還の為の護衛として5機じゃ結構ギリギリ。だからまぁ、実質9機落とせば実質勝ちみたいなもんだろ』


「……何か1手あれば問題なく」


『一手、一手ねぇ?おいアロウン、なんか策出せ』


 ダコールが無茶振りをアロウンに押し付ける。まぁ、いつもの事であるのだが。


『あるには有るが分が悪いぜ?さっきのボロボロになったダコールの機体に爆薬ありったけ突っ込んで遠隔操作で上手く誘い込んで爆破する、街に結構な被害が出るが……そこはまぁ今更だろ』


『あー……確かに穴ボコだらけだが動くだけなら動くかアレ、ポーター1機ミサイルにしたと考えりゃ中々良い作戦じゃねぇか』


 重畳とばかりにダコールは笑うが、未だダンザの表情は暗い。


「可能であれば予備の策が欲しいですね……それだけでも行けなくはないですがその後の事を考えるともう少し余裕を作りたい」


 確かに今取れる手としては良い部類なのだろうが、それだけではリリィの戦闘時間に若干の不安が残るとダンザは考えた。


 そんな時、不意に通信から透き通った女性の声が響く。


「なっ!?どうやって回線に割り込んだ!?」


 若干遅れて驚愕するダンザ。


『ハハッ、そっちの宇宙船と同じタイプの通信機使ってるだけですよ?それより取引しませんか取引』


 突然の乱入から突然の申し出。それを聞いていた全員が動揺を見せるのは当然の事だろう。


「取引ったって、いや、そもそも何でだ?」


『いやぁ、私傭兵なんですけれども今回の支払いを相手側が渋り初めてましてね?破損したポーターと欠員になったメンバー分のお見舞いは出るって話しだったのに、やれこっちがヘボだのなんだの、頭に来ますよね!そっちが強すぎるってだけなのにこっちがヘボ扱いですよ!んんんんんっっっっ!むかつくっ!!』


 バンバンバンと何かを叩く音が通信機越しに入る。わずかに引いた空気が通信に流れるが、アバドンの指揮官はまるでスイッチでも切り替わったかのように、再び語りを始めた。


『あっ、申し遅れました、私VERTEX FRONTLINE専属傭兵のリィンと申します。名刺要ります?いりませんね』


 その情緒不安定ぶりには覚えがある3人、たまらずアロウンがその女に問いかけた。

  

『……あんたまさか精製されてるのか?』


「精製ってあのパイロット強化手術?」


『へぇ、意外と知恵はあるんですね?驚きましたよ、素直にね』


 精製とは企業がポーターに行うパイロット強化手術であり、これを行う事でパイロットとしての性能を格段に引き上げる事が出来る。だが、その代償として情緒不安定になったり言動が怪しくなったり、精製が失敗すれば廃人になったりする為に、人道的に忌み嫌われている技術なのだ。


『私は比較的新しい精製者ですからね、安定性の確認も兼ねてこうやって裏の仕事を任されてるんですよ、ハハッ』


 そう事もなげに笑う少女の声。それに対しての3人の反応は概ね一緒であった。


『まぁ、実際かなり安定してるよな?前に殺した精製者なんてマトモな会話にすらなんなかったぜ』


『戦闘中に急にマイク使って大声で歌い始めたり、どうにも気味悪い連中ばっかだった』


『しかもそれでいて滅茶苦茶強い、厄介極まりない』


『ボロックソに言いますね、同意しますけど……あーなんでしたっけ?世間話しに来た訳じゃ無かったと思うんですが』


「取引って話しだったと思うが」


『あっ、そうそれ、それですそれ。えー……正直このままだと大赤字なんですよね、割りと大目玉食らいそうなんですよ。なので私達が背中からコイツ等適当に襲います、そっちも適当に連携して殺しちゃって下さい。その後私達に宇宙船のジェネレーターくれたらそのまま大人しく帰りますので、ええ』


 そんな裏切りの話しが、なんでもない世間話のように彼女の口から飛び出たのであった。

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