スターダストドロップ・オール・ポーターズ

七尾八尾

プロローグ 彼の幸福

供華



 かつて、緑の惑星と呼ばれた時代もあったらしい。


 かつて、水の星と呼ばれた時代もあったらしい。


 だけど、今は砂漠と過去の技術で作られた朽ち無い都市と、蒼く染まった森林と。流れるオイルと人々の血で赤黒く染まった大地しかありはしない。


 そんな星の大地から僕らは空を見上げる。いつ振ってくるか分からないドロップ甘い夢を求めて。







 見渡すばかり、地平の果てを越えて尚広がる広大な砂漠。その砂漠を3機の…即ち、二足歩行型の戦闘ロボットが警戒しながら進む。僅かに鉄錆て、それでいて尚力強さを感じさせる5m程の巨人は、数十メートル移動しては空を見上げて、30秒程停止。後に、再び歩き出すというルーティンを繰り返していた。


 彼らのお目当ては宇宙ソラから投下されてくると呼ばれる物資であり、観測データからこの付近この時間帯に落下してくると踏んでリスクを承知でわざわざ遠出をしてきたのである。


 かつての砂漠。即ち、人々が宇宙進出する前のソレ砂漠であればポーター1機で十二分な安全を確保出来ていた事だろう。


 だが、今は違う。


 主武装である57mm2連装キャノンに機体背面コンテナに備え付けられた安価なクラシックセミアクティブ・レーダー・ホーミングミサイル12発。小型の敵対生物を仕留める為に追加装備として備え付けられた12.7mm2門胸部・椀部機銃。


 それらの武装を最大限活かす為にポーターの。即ちは、中量射撃戦闘モデルの第三世代中期型VERTEX FRONTLINEヴァーテックスフロントラインと呼ばれる、機体全体がやや丸みがかった装甲の目立つ機体を使用。


 俗にVFモデル等と呼ばれているその機体は中距離戦での撃ち合いに強く、がっしりとした脚部は砂の上でもしっかりと大地を掴んで安定した射撃戦を提供してくれる。若干の鈍足こそ少し気になるものの、装備の積載キャパシティの余裕や撃ち合いでのタフネスの高さ、遠・中・近全ての距離での戦闘をソツなくこなせる対応力が魅力の機体であり、すでに第5世代型のVFモデルがあるにもかかわらず未だ多くのベテランや新人に大人気の信頼性の高いモデルだ。


 それが3機。なるほど、確かに過剰に見えるかもしれない。だがこの砂漠を渡るにはこれであっても心もとない数だ。安全という面から見るに、最低でも8機は欲しい所である。


 だが、それでもこの3機は強行した。何故か?彼らがに所属するベテランのポーター乗りであるからだ。


 "アラクネ"はドロップの回収を生業とする人々であり、殆どの資源が枯渇したこの地球において人類の生命線なのだ。彼らはそれぞれが一つの都市を背負って立つ立場にあり、この強行軍にも少なからず勝機を見出しての遠征なのである。


 彼らの所属している都市は比較的まだ余裕がある、だがそれに胡座をかける程でもない。余裕があるという事は、逆に言えば勝算が高い博打ならば今なら多少は出来るという所でもあるのだろう。本来ならあまり褒められた行為ではないが、彼らは都市の人々の幸福を願ってこの進軍を行った。


 そうして、彼らの読みは見事的中した。


 機体の内1機が宇宙を指差す。其処には流星のように赤く白熱するドロップコンテナ、それが合計15程もある。思わず小さくガッツポーズするパイロットであったが、仲間に気を緩めるなと通信で叱責を飛ばされ、周囲を警戒する。


 そう、獲物を狙っているのは彼らだけとは限らないのである。

 

 それぞれのパイロットが弾薬の残弾とポーターの整備状態を確認する、強行軍とはいえど此処に至るまでの交戦回数は、敵性生物と4回と比較的少なくすんでいる。これは運が良いのもあるのだろうが、彼らのルート取りが非常に上手いのが一番の要因だろう。ベテランを名乗るだけはあり砂漠を渡る技術も一流なのだ。


 弾薬も他のポーターとの戦闘に耐える程にはあり、機体の整備状況も良い。機体損耗も非常に少なく、虎の子のクラシックミサイルも全機が全弾温存出来ている。だが、気は緩めない、回収して巣に持ち帰るまでが彼らの仕事なのだから。


 互いに背をあわせるように円陣を組み、目を皿のようにして前方300度3人称視点モニター+後方120度モニターを見渡す。カメラ技術の発達により正面のモニターだけで300度を僅かに後方から引いた、3人称視点で見れるようになったのは戦闘において非常に有利だ。


 彼らの内1機が、リーダーに対して索敵ピンを打つように進言する。恐らく何か違和感を感じたのだろう、本来であれば敵に自らの位置を晒すような行動ではあるが……あえてリーダーはそれを許可した。仲間の直感を信用しているからだ。


 ピンを放つ機体。周囲に敵影は無い筈だがその場に居た3人が皆、妙な胸騒ぎを覚えていたのだ。そう、まるで自らが何かの巣に掛かったかのような感覚……とでも言うべきなのだろうか?


 そして、その胸騒ぎは的中していた。


 ガオン。と、砂漠に突如響く高い音。その音の正体は3機の内のリーダー機であり、57mm2連装キャノンを虚空へと乱射し始めたのだ。それに反応したように残りの2機も機体をすばやく動かす。VFモデルの弱点である機動性を補う為に取り付けられた装甲下のブースターが蒼く光ると、まるで弾き飛ばされたかのように横方向へと移動する2機。そのまま、僅かに小高くなった砂に飛び込み身を隠した。


 2機のポーターのダイブにより砂が空へと巻き上がると、先に隠れた2機が牽制を引き継ぎ、リーダー機もその砂の丘にポーターを隠す。先のピンに反応があった、だが敵の姿は見えない。つまり何らかの迷彩技術を使用していると思われる。そう即座に判断したリーダーは直感的にその場所へと弾丸をばら撒いたのだ。


 結果として、敵のあぶり出しは完璧に成功した。光学迷彩による透過は57mm砲弾の直撃によりシステムダウンを起こし、その機体を顕にする。


 黒いエッジの効いたシャープな機体には大型の実体ブレードが握られており、恐らくそれで弾丸を防いだのだろう。光学迷彩こそ衝撃でダウンしたものの機体は無傷であった。


 そしてその機体は、紅いブースターの光を上げて3機に対して直進を取る。通常、ブースターの発光は使用されている推進剤の色で変わるが、蒼はリッターあたりの燃焼効率が非常に良く、長期の戦闘や進行を主観に添えるポーター達に好まれる推進剤。それに対して紅の発光は速度重視の短期決戦型、即ち…対ポーター戦のみに主観を置いたアバドン簒奪者が好む推進剤である。


 アバドンとは固有の街を持たずに、アラクネや街から物資を奪い生計を建てる無法者達の事を指し、奪い取った機体を継ぎ接ぎつぎはぎした物を利用している。彼らは襲う獲物によって機体のパーツ構成から推進剤に至るまで全てを変更しているが…何よりも特徴敵なのはその機体脚部であろう。


 


 まるでバッタの足のようなソレは、脚部のみでの高い瞬発力を生み出し、代わりにその装備を極限まで減らす事を強要される。だが、彼らの目的は砂漠を渡る事ではない。他者を襲う事であり、そして奪う事。即ち最低限であろうと事足りる。


 同時にそれはアバドンイナゴと呼ばれるようになった原因でもあるのだろう。ある意味、お誂え向きおあつらえむきとでも言うべきだろうか?


 紅い軌道を残し、そのアバドンが疾駆する。狙いは先程ピンを撃ったリーダー機だ。大型のブレードを左手に持ち替え、ポーターの右手で大型の散弾銃を腰より取り外す。完全なインファイト仕様、それを見ていたベテラン3人は即座に迎撃を開始した。


 足回り、そして瞬発力に劣るVFでは接近戦に勝ち目はない。寄られる前に削り落とす、それが彼らの共通認識となった。


 互いにFCSファイアコントロールシステムを連動させ、リーダーが射撃で相手の頭を押さえ、残り2機がそれぞれミサイルの誘導係と誘導担当の肉壁となるように位置を変える。


 砂漠に響く発砲音、リーダーの正確な射撃により直線移動は困難であると見たアバドンは、その歪な脚部で砂を横に蹴ると一瞬で方向転換して斜めに移動。砂丘に隠れ様子を伺う事にしたようだ。


 リーダーは残り5発残っているマガジンを投棄し、新しいマガジンを銃へ装填する。そのリロードタイミングよりやや早く、壁役のポーターが57mmを構えて牽制を引き継いでの射撃を開始。言葉を使わずとも互いに阿吽の呼吸である。だが、3人のベテランの表情は険しい。


 先程見せた横方向への高速移動、あの動きが出来るのはアバドンの中でもJOKERと呼ばれる凄腕の連中に限られる。足が地面についたタイミングで横方向への跳躍が遅ければ、足が大地に沈み込みすぎて上手く跳躍出来ない。逆に、早ければ大地を上手く足がつかめず、横方向への跳躍が足りない事になる。その2つの場合ブースターで補助して行わなければならないのだが、あのアバドンは補助なしで、それも完璧なタイミングで速度すら殺す事なくそれを行ったのだ。


 脂汗が滲む。3人とて決して負けるつもりなど無いし、今までとて何度もアバドンを退けて来た。だからこそ分かる、あのアバドンは凄腕だ。人を殺す事になんの躊躇も持たず、強い力を持ちながら自らの為だけに行使する怪物アバドンなのだと。


 ジリジリと胸を焼かれるような感覚、トリガーに指はかかりっぱなしで余裕は微塵も無い。何時動くのか、鼓動が早くなる、息が詰まる、勝負は互いに一瞬で決まる筈。引き伸ばされた体感時間の中で3人は一切の緩みを見せずにその時を待った。


 不意に、3人の後方で響くドロップ落下の爆音。それにつられて振り向いてしまった時。


 アバドンが動いた。


 砂煙を上げ、上空に浮かび上がるシルエット。驚くべき大跳躍、だが3人は即座に迎撃する。数発の直撃弾がすり抜け、此処でリーダーが声を上げた。違う。アレはだ。


 視線を上に誘導された、つまり下から来る。とっさの判断で正面を向くも其処にアバドンの姿は無い、だが此処で動いていない筈は無いと思いつつ弾をバラ撒き……ふと、先の光学迷彩が頭をよぎった。


 そう、アバドンの本命はアラクネ達の後方に落ちるドロップコンテナの待っての事ではなく、光学迷彩のシステム復旧だったのだ。


 一瞬周囲を見渡した後、最初の跳躍で上がっていた砂煙へ乱射する3機。ステルス迷彩といえど移動すれば砂煙が上がる。だが、それが無いという事は、最初の跳躍で此方に直進してきたと判断したのだ。それぞれ20発のマガジンを撃ちきり、再装填。


 其処で、リーダー機が突如後方へブーストを吹かせた。それに応じたように残りの2機も後方へと下がると、次の瞬間大地を両断する大剣。それは無論アバドンの物である。


 アバドンは高く上に射出したホログラムの下を光学迷彩で低く跳躍していたのだ。アラクネ達が攻撃のタイミングに気づけたのは、最早勘としかいいようが無い。生きるという強い気持ちが予知にも近いソレを呼び込んだ。


 57mmを乱射しながら距離を取る3機、相当な距離を無理やり詰めるような大跳躍を行ったのだ。これまでの移動等も含めれば推進剤は相応に消費している筈、使い切らせれば勝機はある。そしてVFモデルは頑丈だ。1人2人やられても最悪1人が生き残ればなんとかなる。


 アバドンは剣を盾にしながら一番近場に居たポーターに襲いかかる、ポーターは後方に推進剤を吹かせながら跳躍し大きく引くも、アバドンが放った大型の散弾銃からの凶弾を受け、衝撃で僅かにバランスを崩す。


 好機とばかりに飛び込む……否、飛び込まざるを得ないアバドン。巴戦に持ち込まなければ他の2機から弾丸の雨を喰らう事になる、速度を活かした機体構成を行っている為に、VFモデルと違い非常に脆いという弱点がある。だからこそ、攻撃の集中は回避しなければならない。


 アバドンの刃がVFモデルの片腕を捉えた。


 だが、ベテラン2人の反応はアバドンの想像を越えていた。57mmをアバドンに打ち込んできたのだ。確かにアバドンの装甲よりも分厚いVFモデルであれば、57mmの直撃弾にも耐えうるだろう。


 同士撃ち。それも長い間連れ添ってきた仲間相手にそれは躊躇する筈の行為であった。忌諱すべき行為であった。だが、一切迷う事なく行った。


 背負うモノから来る、覚悟の差である。


 運悪くブースターに一撃をもらい爆発を起こし、バランスを崩すアバドン。それを見計らったかのように、腕半ばまで刃が追い込まれていたように見えた前方の機体が、アバドンの機体を抱きつくようにして抑え込んだ。速度こそあるものの、パワーゲインで大きく劣るアバドンの機体は完璧に動きを封じ込まれてしまう。


 装甲同士が擦れ合い、ガリガリと火花を散らす中、リーダー機が近づきその機体の背中からコックピットへ抜けるように57mmの銃口を押し付け、発砲。


 

 発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。


 

 やがて、フレームとコックピットから赤黒いオイルを流し、そのアバドンは動きを止めた。


 双方共に紙一重の戦い、勝利を得たのは一重に覚悟と仲間の差。


 だが、これが日常茶飯事なのだ。


 弱者が悪となり死に絶えるこの砂漠の大地で、今日もオイルと血の混じったそれが大地に徒花を咲かせた。


 あるいは……それは未来の無い死者への、最低限の供華なのかもしれない。


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