弐-2:Champの決闘

決闘開始ストラグル・スタート


 開始の声が途切れた瞬間、先に動いたのは群青の戦士――ミストァKケイ。しかし前に踏み出すわけではない。

 彼の動きは声にあり。高らかに、好敵手を仕留めるべくその名を叫ぶ。


『アームズ・コールッ――ニーミサイル! アームガトリング! ショルダーランチャー! そして、ハンドマシンガンッ!!』


 それはハードメイルの武装を呼び出す音声認識だ。連続的に告げられた名前に応じた武装がナノマシンの光から形成され、次々と青の戦士へ装着されていく。

 膝の側面には小型ミサイルを放つことができる発射装置が。両腕には高速に回転して銃弾を撃ち放てる機関砲が搭載され、肩部には大型ミサイルを放つ装備が追加された。そして両手には連射性に優れた機関銃である。

 総じて重武装。一見して機動力を失い、過剰すぎる火力を得たように見えるが――とリアの思考を超えるように男は宣言する。


『見せてやる。俺の必殺技エクストラ・コール――全弾一斉発射フルバーストだッ!!』


 動く火薬庫となった鎧は、担い手に応じるように瞳を煌かせて銃口を敵の方へ向ける。それでも赤き王者、エスェズは動きを見せない。

 エクストラ・コール。即ち限定的な条件下で扱える必殺技だ。ハードメイルに搭載されている戦闘技術であり、切り札のようなものであるが、その宣言を前に動かない王者に観客席からざわめきが聞こえてきた。

 先に膝と肩のミサイルが放たれ、前面に広がりエスェズの逃げ場を奪う。


「面での攻撃! 一点集中じゃなくて!?」

「いいや、向こうの狙いはベストだ。エスェズの弱点は防御力にある!」

『小さな一発でも大きなダメージだしな』


 リアの驚愕にラグナとラグナスが答える。

 ミサイルを全て当てる必要などないのだ。爆風に曝すだけでダメージは響き渡るのだから。だからこそ、構えた機関銃から鋼の銃弾を放ってミサイルに当てるだけで良い。

 狙い通りミサイルに着弾し誘爆する。威力を持った爆風が広がっていき、エスェズの肢体を覆いつくしコロッセオの観客席にも直接ではないが衝撃が走る。


「やられた!?」

「いや、兄貴なら――ッ!」


 信頼の籠ったリックの声。その声が彼に届いたのか――爆風の灰色の膨らみが内部から突き破られる。

 それが向かうは上空。あまりにも急激な浮上であったため、地上から放たれたロケットにも見えるそれは赤色の炎を身に宿していた。


『確実に当てて消耗させる……ナイスなチョイスだ。だが、その程度でやられてしまえばチャンプの名が廃るっ!』


 王者であるシグルは青の砲撃主を見下ろしながら笑みを浮かべる。

 肩部、腕部、腰部、脚部に装着された筒状の噴射口スラスターから噴き出る赤い光が、その鎧の急速な跳躍を可能としたのだ。

 だがあくまで跳躍。浮上を維持などできずに重力に従い降下を始める。


『爆発のダメージを跳躍で回避しやがったか――だが、なァ! 空中にいるってことは、狙いを絞るのも簡単ってことなんだぜッ! このバックキャノンならァッ!』


 全弾発射の段階の爆音に紛れて呼び出されてたのか、形成を完了した背中の一台のキャノン砲を構えて笑うクランツ。好敵手が自身の攻撃を超える事は想定していた。

 だからこそ、次なる一手こそが本命。砲塔の先には赤の鎧。照準は既に定まっていた。


『もらっ——たァッ!!』


 勝利の核心を言葉にしてその引き金を引く。筒状の大砲から放たれた砲弾。反動で多少は揺れる青の鋼は勝利を前にした武者震いか。

 自由の利きづらい降下の中、昇り詰める砲弾を目視したシグルは、来たかと呟いた。その声音は少し震えていたが恐怖のようには聞こえなかった。


『すぅ――ッ!!』


 口をすぼめて吐いた息はエスェズの覚悟だ。

 誰もが王者の陥落を予想した。必殺技を囮にした本命の一撃。これが機関銃ならともかく、一撃の威力が高いキャノンである。当たってしまえば、軽量化によって落ちた防御力を持つエスェズは無視できないダメージを負うだろう。

 だが――そう予想したリアは見る。覚悟とは倒されるものではなく、この逆境を乗り越える王者としての集中を意味していたのだと。


噴射シルク――』


 砲弾へ向かうように脚から降下するエスェズ。ただ何もせずに落ちるわけではなく、彼の発言の途中から脚部のスラスターの出力が上がる。推進力の向上は落下速度を遅めるだけではなく、跳躍しか行えない鎧に一瞬だが行動の自由を与える。

 その刹那を利用して態勢を変える赤き戦士――砲撃の軌道に対し脚と腕、身体全体のスラスターで微調整をする。僅か数秒の動き。


『――回避スラストッ!』


 果たして、エスェズの真下を突き進んでいた砲弾は、彼の背面を横切ってコロッセオの空いた天井に張られたバリアによって爆散される。

 背面の爆発は衝撃を生み、降下する赤き闘士を後押しする。全身のスラスターを爆風に向けて急速で降下するエスェズの下には――勝利を確信し油断をしていたミストァが唖然と見上げていた。


『さ、先を読んで打ったんだぞ!? 緻密に練った作戦なんだぞ! なのに、なぜ――ッ!?』

『俺とエスェズはその先すらも読み越える――そしてッ!』


 シグルの雄叫びは攻撃へと転ずる合図である。エスェズは飛び蹴りをする要領で右足だけを伸ばして、加速する降下の中を突き進む。

 クランツ操るミストァKが焦って銃口を向けるがもう遅い。引き金を引く動作よりも、その距離に至った一撃は先に届く。


急降下・砕撃スウープ・スマッシュッ!!』

「決まったッ!」


 全身全霊の一撃を纏った右足が敵を砕く。そう確信したリックは身を乗り出して歓喜の笑みを浮かべる。

 だが隣のラグナとラグナスの表情は渋い。なぜならば——


「いえ、敵も……やるっ」


 リアの発言は答えを示していた。確かに一撃はミストァKを砕いた——ミストァKの右腕のガトリング砲が砕かれたのだ。

 咄嗟に身構えたのだろう。しかしそれが功を奏した。本来の用途ではないにせよ、ミストァKは健在であるのだから。


『うぉアァッ!』

『チッ!』


 右腕の機関砲を失いつつも一撃を受け止めた青い砲撃手は、飛び蹴りを敢行したエスェズを左腕のガトリングガンを軸に弾き飛ばした。

 叫びと舌打ちは僅かにだけ交差し——刹那に後方に飛ばされるエスェズに放たれるのは無数の弾丸と続けざまに聞こえる発砲音である。


『シッ——!』


 一転攻勢。無情な弾丸を前にエスェズの右足が地に落ちる。

 しかしそれで終わるわけはなく、その右足を軸に回転し跳ぶように右方へと進み躱す。ならばとその軌跡を追って銃口を向けるクランツ。

 闘技場を駆けながら描くのは銃撃手を中心とした円であり、ガトリング砲の銃弾に追われながらも銃撃を避けていく様はまさにスピードスターだ。


『まずいな』


 しかし、観戦をしていたラグナスはその赤い一つ目を細めて呟く。シグルの勝利に疑いを感じていないリックがムッと唇を噛む。


「どういうことだよ、ラグナス」

『確かに颯爽と駆け逃げている現状を続ければ、いずれ青いヤツが弾切れを起こすだろう。それこそが好機……だが』

「その間にも撃ち終えたミサイルの弾頭が再装填されてしまう、のよね?」

「うん。向こうもそれを見越して、手元のマシンガンを今は使っていない。もう一度、ミサイルによる範囲攻撃を仕掛けて、今度こそ背中のキャノンで仕留めるつもりなんだ!」


 ナノマシンで形成されたハードメイルは、空気中のナノマシンを媒介に弾頭を生成できる。勿論、再装填には時間がかかるがその時間を稼げば再攻撃は可能だ。

 回避行動を続けていれば後々に響くのはエスェズであり、だからといって止まってしまえば待っているのは銃撃の嵐。それこそがクランツが見出した、高速移動のエスェズへの勝利法。


『そう……お前のエスェズは速いが、ダメージが蓄積すれば倒れるのは道理。これが俺の積み立てた王者への道! 敗北のループに陥りやがれッ!!』


 回転しながらも叫ぶミストァK。そこに見えるのは勝利への執念か。己が策への絶対の自信か。

 観客の皆が想像する。クランツが仕掛けた作戦が成功する様を。円を描く回避運動の果てにある、膝をついた赤き王者の姿を。疾風の如き戦士が止まる最期を。

 リアも、リックも、想像せざるを得なかった。ただ二人、ラグナとラグナスは僅かに口を開く。


「いいや、まだだ」

『あぁ。まだ一手、あいつは魅せてくれる』


 まだ、シグルは諦めてなどいない。敗北のイメージが会場を包む中、彼は大地を踏みしめながら回避運動を続けている。

 ゆえに――カラカラと乾いた発砲音が聞こえた瞬間を、ミストァKの残された左腕のガトリングガンの空砲をエスェズの一つ目は見逃さなかった。


『今ッ!!』


 敵を中心軸にした回転を止め、その勢いを殺さないように全身の腰部と脚部のスラスターの噴出で加速をかけ敵方へと進撃する。

 無論、ガトリングの弾切れは想定内だったクランツは両手に握ったハンドマシンガンの引き金を引く。再び始まった銃撃を前にしても、赤き戦士の前進は止まらない。


『クッ――ミサイルはッ!』

『良い策だ。正直、術中にハマったから負けを覚悟したぜ、クランツ!』


 エスェズの体力が勢いよく削られていく。しかし黄色の一つ目は俯くことをせず、真っ直ぐと銃撃を行う敵を睨み続ける。

 ミサイルの再装填を確認したミストァKは、決死の特攻を前に攻撃を仕掛けようとするだろう。ダメージ覚悟で突っ込んできた敵のダメ押しを喰らわせようと思考するだろう。


『だが、覚悟と可能性があれば――』

『打てない――ッ!?』

『――最悪を最高のチャンスに変えられる、一手へと持っていけるッ!!』


 だがその判断は遅すぎた――いやエスェズが速すぎた。

 ミサイルの再装填は間に合っていた。だが、放ったとしてもエスェズには当たらない。それほどまでに接近を許していたのだ。二丁の銃撃による体力の消耗よりも先に、赤き闘士は自身が得意とする近距離へとその身を進めていたのだ。


『さぁ、ここからが俺の追い上げエクストラ・コールだッ!!』


 懐へ一歩、右足を踏み込んだエスェズ。銃撃を続けていたミストァKは、その一歩を前に銃撃を止めてしまう。

 止まらない。止められない。勝利を確信していたクランツは再確認する。目の前の戦士の存在を。闘技場の王者の覚悟を。その必殺技を。

 防御態勢――遅い。もはや腕を胸の前に持っていく隙すらもない。


『――連撃シークエンス始動スタート


 初手は右拳によるストレート。続けて左拳によるストレート。一歩を踏み出して再び右拳。改めて左拳による一撃――それは両拳による連続ラッシュ攻撃。

 ここまで負ったダメージを感じさせない動きは、全て無防備となったミストァKの胸部へとぶち当てられる。一撃目で浮いた肢体は、しばらくは連続で宙に滞在しその連撃を受け止めていた。


『サァッ!!』


 その浮遊があと少しで終わろうとする瞬間、大きく引いた右拳を潜り込ませるように、下から上へ拳を振り上げる――アッパーカット。

 当然、そのような上昇を促す一撃を喰らえば頑強な鎧とて空へと向かわねばならない。その一撃によって握っていた銃を放してしまったのだから、攻撃を受ける彼に待つのは敗北へのカウントダウンだ。


『トァァァッ!!』


 先に空へと跳ねた青い鎧を追い、赤きエスェズは最初に見せたスラスターを利用した強烈な跳躍をする――重力に反したアッパーによる一撃よりも先へ、赤き戦士は辿り着くだろう。

 うつ伏せに昇るミストァKの無防備な背中へ、縦の回転を加えたかかと蹴りを喰らわせて強引に大地へ叩き付ける。闘技場の土に穴を作り、銃撃主だった鎧は無様にも倒れ伏している。

 そして――全身のスラスターを吹き出したエスェズは、連続攻撃に最期を締めくくる技の名を告げる。


噴出一閃・撃スラスト・ストライクッ!!』


 右腕のスラスターを中心とし再び天井へ炎を向ける。揺らめくそれらは赤い長髪のようで、まるでそれは――


「流星、みたい」


 塔の中で伝え聞いた、空に輝く星々の一つにリアは見えたのだ。

 その流れ星が高速で落ちてゆく。目標は勿論、大地に落ちた好敵手。自身を追い込んだ強敵を前に躊躇などない。最大の一撃こそがこの接戦の終わりを指し示すのだ。

 大地を穿つかのような打撃は、周りの隆起した土を舞い上がらせ二人の姿を覆いつくす。

 一瞬の静寂。しかし、それを破るのは立ち上がる影と見えない審判の声だ。


『ウィナー――シグル・エスェズッ!!』

『ッシャァァァァッ!!』


 王者の雄叫びに呼応するかのように、観客もまたその接戦の行く末に拍手と歓声を湧かせて盛り上げる。

 勿論、立見席で見ていたリックも跳ね跳んで喜ぶし、ラグナスはふっと安堵の笑みを浮かべている。


「どうだった?」

「すごかった……こんな、心躍る世界が、私達の階層の下にあったなんて……」


 ラグナの問いにリアはそう言葉を漏らす。娯楽、と一言で言っても種類が多くあるように。本来であれば人々の生活の延長線上にあるハードメイルによる闘争のぶつけ合いは、この階層の住民を熱狂の渦へ誘うには十分すぎるほどの物であった。

 リアはそう感じたのだ。だから熱の籠った吐息と共に、赤髪の少年に笑みを向ける。


「よし! 兄貴に会いに行こうぜ」

「そうだね。機体の調子も見ておきたいし」


 その笑みへの返しができないまま、リックの提案にラグナはこくりと頷く。もう一度リアを見ると、えぇと先程以上に柔らかな笑みで提案に賛同していた。

 冷め止まぬ闘技場の中、少年少女は王者のもとへと走りゆく。少女の蛍光色の金髪が楽し気に輝いていた。



     R/R



「いやぁ、今日もすげぇ試合だったすね、旦那」

「何といっても連続攻撃までの溜めですな。あれのおかげで最後の一撃がスカッとしますからね」

「……あぁ」

 その闘技場の渦の中、観客席の上部に彼らはいた。黒色の制服を着た少年と、その取り巻きのような男が二人。

 男二人は試合の感想を少年に共有しようとするが、彼の目にはそれ以上の物が映っていた。二人の少年に連れられる少女の姿。彼は、手元にあるホログラムウィンドウに映された写真と見比べて僅かな確信を抱く。


「どうしたんすか、ブライの旦那?」

「あぁ。少しな」


 写真の服装とは違うものだった。白い制服を――少年が着る特別な制服の色違いを彼女が着ているはずだった。それが黒の安っぽい男物の服に変わってはいたが、あの特徴的な髪色は誤魔化せない。

 ホログラムウィンドウを消して、二人の取り巻きを置いて少年は走る。取り巻きもまた彼を追って走る。だから、彼の声は聞こえなかった。


「やっと、管理者としての責務を果たす時が来たか……ッ!」


 この階層の管理者を担う少年は、不敵にほくそ笑んでいた。

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