第3話 制服の可愛さで仕事を選ぶな


 ここは、秋名の峠の麓にある牛糞スタンド「牛の温もり」には、今日も尻神輿を引っ張るお尻屋達がやってきて、牛糞を調達していく。

 ここの牛糞は牛からとれたモノではなく、チョコレートや味噌、カレー、酒かすなどを独自にブレンドした、手作りの牛糞を使っているのがお尻屋達に評判である。

 藤原チクビは今日もこの牛糞スタンドで親友のボツキと一緒にバイトをしていた。お尻屋が持ってきた神輿のバケツに柄杓で牛糞を入れていく簡単な仕事だ。

 元々、ボツキが尻神輿を買うお金欲しさに始めたバイトにチクビも付き合うことになった。


「やっぱ菊六だよな」


 バイトが暇になるとボツキは尻神輿のカタログを取り出して、品定めを始める。と、言っても高校生のボツキに手が出せる尻神輿なんて限られており、そこに乗っているほとんどは予算オーバーだ。

 フェラーリ、チンポジギーニ、パンツ、味噌弁慶、ナカデダスベンツ……海外の尻神輿の値段を見て、ボツキはため息を漏らした。


「もう、夏休みの間ずっとバイトしても買えねぇよ。……だから、やっぱ菊六だよ。値段も安いし、一昔前の型だけど、まだまだ走るよ」


 ボツキはそう言ってまたカタログに目を落とす。

 チクビには解らなかった、なんでそんな尻神輿なんかに夢中になれるのかが、あんなものは……。


「そういえば、チクビ、知ってるか? 最近、この秋名で噂になってる菊六の幽霊の話」

「幽霊?」


 と、そこに一台の尻神輿が店に入ってきて、二人は仕事に戻る。


「うわ」


 この辺でもあまり見ない高級な尻神輿にボツキは思わず声が漏れた。


「す、すげー。本物のS E-Xだぜ、あれ」

「そんなすげえ神輿なのか?」

「当たり前だろ、俺たちなんかが一生バイトしても買えねぇレベルの尻神輿だぞ」


 と、尻神輿を置いて運転手が手すりを飛び越えてこっちに来る。その顔にチクビは見覚えがあった。


「あ、こいつ……」


 近づいてきた男に、チクビはおもわず目をそらした。


「牛糞満タン。あと、豆電球も新しいのに変えてくれ」

「は、はい。今なら、座薬のサービスもしておりますが……」


 ここのスタンドでは、牛糞だけでなく、店長手作りの座薬も評判である。これを店員のお尻に入れるゲームを無料で楽しめるサービスもしている。

 しかもサービス後に「勉強させていただきました!」と手で尻を押さえた店員が頭を下げて、感謝もしてもらえるという至れる尽せりのこのサービスは大人気であった。


「座薬はいい。早くしてくれ」

「は、はい!」


 よし、バレてない。


 チクビは顔を見られないように、そそくさと作業にかかる。ズボンを脱いで肛門に入れている古い豆電球を抜いて、新しいのに変える。その間にボツキが牛糞を神輿に入れていく。


 が、


「ああああ!」


 突然、ボツキが大きな声をあげ、客に駆け寄る。


「すいません! あの、神輿のステッカー見たんですけど。『俺たちおヒップ組』の方なんですか!」

「え? ああ、そうだけど」

「俺、大ファンなんです! あの、はみ出し啓介さんですよね! 尻ビンタしていただけませんか?」

「ああ? まぁ、いいけどよ」


 ボツキはその場に正座し、そのボツキの顔に啓介は尻でビンタした。ボツキに尻を向けたせいで、啓介の顔がチクビをの方を向いてしまった。


「まずい」


 チクビを顔を反らして、その場を切り抜ける。


「ありがとうございます!」


 尻ビンタしてもらった後にボツキは啓介を握手を交わした。


「尻神輿が好きなら、ちょっと聞きてぇんだけどよ」

「はい! 僕でよかったら、なんでも聞いてください!」

「この辺で有名な菊六を探してるんだ。神輿の横に『藤原女装癖』って書いてある。知ってるか?」

「藤原女装癖? さぁ、わかりません」

「この店にはこねぇのか?」


 と、ここでボツキがチクビの方を見た。


「チクビ? 知ってるか?」

「さ……さぁ」


 手応えのない情報に啓介はため息が出た。


「そうか。悪かったな、変なこと聞いて」

「い、いえ! はみ出し啓介さんのお役に立てなくてすいません!」


 ボツキは途中だった牛糞の注ぎを再開しようとしたが、よく見るとバケツの牛糞がカラになっていた。


「チクビ! 牛糞なくなったから、新しいの取ってきてくれよ」

「お、おう!」


 チクビは啓介に背を向けながら、スタンドの中へ新しい牛糞を取りに行った。


「ん?」


 その時、チクビの後ろ姿を、ふと啓介が見てしまった。


 あいつ……。


「お、お待たせしました……」


 チクビがバケツに入った新しい牛糞を持ってやってきた。


「おい、お前!」

「は、はい?」


 すると啓介が突然、チクビに話しかけた。


「名前はなんていうんだ?」

「な、名前ですか? ち、チクビです、けど……」

「苗字は?」


 まずい、なんか気付かれたんじゃないか?


「ふ、藤原です」

「藤原……チクビ? 藤原?」


 啓介は突然、チクビの方に歩み寄る。これは、完全にバレたか?


「お前、尻見せろ」

「嫌です!」

「見せろ!」

「嫌です!」

「お前だな、秋名の菊六乗りは!」


 単刀直入に来た。

 その発言に一番驚いたのは、他ならぬボツキだった。ずっと冴えない友人だと思っていたチクビが、伝説の秋名の菊六乗りだって!


「惚けても、無駄だぜ。俺はな、一度見た尻は二度と忘れねぇ。この前、コーナーで見た、お前の尻は今でも目に焼き付いてるんだよ」


 そう、チクビは完璧に啓介に顔を見られないように努力していた。しかし、この牛糞スタンドの制服である、裸エプロン姿に問題があった。

 オッ裸の上からエプロンを着ているだけの、この制服では後ろを向いた瞬間にお尻が丸見えになってしまうのであった。


 まさに頭隠して尻隠さず、ご先祖様は上手いこと言ったものである。


 裸エプロン姿のチクビの尻は、啓介には丸見えだったのである。


「制服が可愛いから、やってみようかな」


 ボツキの誘いに軽い気持ちで答えてしまったチクビは、過去の自分の選択を後悔するのであった。だって、パステルカラーが大好きなんだもん!


「座薬二つだ」


 啓介がチクビに言った。


 終わった、俺。


 その後、チクビは啓介に座薬を入れられ、豆電球の焦げ跡まで見られてしまい、おもっくそバレてしまった。


「勉強させていただきました!」


 チクビは、泣きながら尻を押さえて、啓介に頭を下げた。これ以上の屈辱が世の中にあるだろうか? 


 これで時給はたったの720円である。嗚呼、日本を支える中小チンポ。ブラックチンポ。





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