Dive24

「ど……どうなってる。誰なんだお前達は……」



即座にレラージェが胸元から光沢のない黒い拳銃を灰原司のこめかみに近づけた。ユウグレが腕を組みながら灰原司に近づいていく。



「よく聞け灰原司……」


「わたしが誰かわかってるのか? こんなことしてただで……ただで済むと思うなよ」



ユウグレがレラージェに目で合図を送ると、すぐさまレラージェは灰原司のお腹のあたりを全力で3回殴った。灰原司の呼吸が一瞬止まり口を開きながら悶絶の表情を浮かべる。ユウグレはその様子を一切気にすることなくタバコに火を点けると、深呼吸するように大きく吸い込み。白い煙を吐き出した。



「黙れクソ野郎。お前が自殺寸前のやつらが集まる会に出て、その中から好みの女を拾ってここに連れてきてることは知ってる。優しい言葉で手を差し伸べて、犯して捨てる。自殺しようとしていた人間だからなにをしても許されるとでも思ってるの? その後お前に犯された彼女達はなぜだか全員きっちり自殺してる。お前と彼女達の繋がりはこの画面にすべて表示されてる。自殺させれば証拠が残らないとでも思った? 虚勢を張る前に、今の自分が置かれた状況を把握して、一度冷静に考えた方がいい。お前に許されてることは知っている情報をすべて吐き出すこと。吐き出さないのなら、鼻水と涙と血ををぐちゃぐちゃに流しながら許しを乞うまで、こいつがお前を痛め続ける。私の暇つぶしに選ばれた時点でお前は終わり。理解できた? できたら今あんたが関わってるプロジェクトのことをすべて話せ」


「わかった……どのプロジェクトについて知りたい?」


「一番規模がでかいプロジェクト」


「俺も……俺もすべてを把握しているわけじゃない。お前らが俺のことをどう思ってるか知らないが俺の役目と言えば所詮、承認の判を押すぐらいだ。今もっとも大きなプロジェクトならおそらく……12月の天国でまず間違いないだろう」


「12月の……天国?」


「ああ。あんたの言いたいことはわかるよ。本当に……ふざけたプロジェクト名だ」



灰原司は口から血を流しながら作り笑いを浮かべた。



「それはどんなプロジェクト?」


「俺もすべてを知っているわけじゃない。あいつらが仮面を付けたように無表情で語る難しい話は、大抵俺には理解できないことが多い。唯一わかったのは人間の思い込みによる研究と実験ということだ」


「思い込み?」


「簡単に言えばプラシーボ効果。ヘンリー・ビーチャーが実現不可能だったことをやろうとしているらしい」



プラシーボ効果については過去に記事を見た記憶がある。まったく効果のない偽薬を、偽薬であることを秘密にして患者に飲ませる。すると効果があると信じている患者の病気が快方に向かったり、治癒してしまうということが実験でわかった。この実験でわかったことはそれだけではない。偽物の鎮痛剤を処方された患者は、それが偽薬であること知ったあとも、しばらく鎮痛効果を得ていたという。信じるものは救われる。神もこの世界にいる自分の存在も、奇跡も信じていない自分に果たして同じことが起こるだろうか? きっと起こらない。



「それで……なにをやろうとしている?」


「プラシーボ効果とどう繋がるのかはわからないが、俺が聞いた話だと自殺を決行しようとする地球上にいるすべての人間を事前に把握することみたいだ」


「自殺を事前に?」


「ああ。わかってる。俺もイかれてると思うし、そんなこと不可能だ。だがダイノ・コア製薬なら話は別だ。そこに政府が加わるとなれば、どんなバカなプロジェクトも実現する」


「確かに巨大なバカと別の巨大なバカがクソ真面目に力を合わせると、とてつもないものが生まれる時がある。指揮をとっているのは誰?」


「ダイノ・コア製薬の中で奇妙な実験ばかりをやっているRoyというチームのトップだ。最新のテクノロジーを使った商品はすべてここから生まれる」


「そいつの名前を聞いてるんだけど」


「久遠寺……サイロ」



ユウグレはソファーに座りながらMacBookのキーを叩き、画面を見つめたあと、1度手を止め灰原司を睨みつける。



「それ本名? ダイノコアにそんな名前のやつ存在しないんだけど?」


「本名か偽名かまでは俺にはわからない。ただ確かに存在している」


「あんた予想以上に使えないなぁ どこに住んでるかは?」


「サイロは常に各地を転々としているからホテル暮らしだ。今は銀座のグランドホテルに泊まってる」


「そう。ありがとう。大体わかった。今日のことを誰かに話したら、あんたの知られたら困ることすべてを、ネット上に公開する。私達がこの建物から出たあとに尾行されたり、命の危険を感じても公開する。わかった?」


「……わかった」



灰原司のその声は、言葉とは裏腹に了承というよりもどちらかと言うと反感の入り交じった返事だった。



「本当にわかってる? 私があんたの情報だけを手に入れた、その辺のただのハッカーだとか思わない方がいい。存在しない情報を作りネットにバラ撒くことだってできる」


「わかったわかった。すべて従う。今日俺達は会っていない。それでいいだろ? 早く手錠を外してくれ」


「冗談でしょ? 犯罪者なんだから外さない。朝になったら、あんたの仲間にメールしてあげる。それまで強制的に手錠をかけられる側の気持ちを味わえ。じゃあね」



レラージェが鼻歌交じりにワインセラーからワインを5本抜き取り、一体どこから持ってきたのかグレーの箱にそれを詰めていく。



「おいっ なにしてるんだ?」



レラージェは不思議そうな顔で灰原司を無言で見つめていた。リビングを出ようとしていたユウグレが立ち止まり振り返る。



「レラージェ。それ割れないように気をつけてね。灰原司。あんたに必要なのはアルコールじゃなくて悔い改める心」


そんな言葉を残しユウグレは玄関に向かい、レラージェもリビングから出て行った。



「おいっ 君っ 頼む。この手錠を外してくれ。外してくれれば、この家の金庫にある金をすぐに渡す。500万でどうだ?」



その弱った人間の振りをした表情と、札束で解決しようとする思考に嫌気がさす。正直お金は欲しい。でも自殺を考える人間を、人形のように扱い、捨てるようなやつが蓄えたお金など欲しくない。灰原司から少し離れたテーブルにユウグレが置いていった手錠のカギが置かれていた。



「あなたを助けてもいい。だけどそのお金が本当にここにあるのか僕にはわからない。金庫の番号を教える気はきっとないだろうし」


「いや本当だ。金は本当にある。番号は20642324だ」


「朝になれば助けが来るのにそんな簡単に500万僕にくれるんですか?」


「こんな状態で朝までいるなんて耐えられない。金庫はテレビの横にある戸棚を開けたらある」



僕は言われた通りに赤色の戸棚を開け暗証番号を入力する。金庫の中にはA5サイズの封筒が3つあり、その上に1000万円以上の札束が積み上げられていた。僕は金庫にある残りすべてのお金をベランダから出て、大きな窓から見えていた落花生の形をしたプールの前に置く。部屋に戻り、ワインセラーの横にある背の高い棚に置かれた葉巻の上にある金のジッポライターを手に取る。



「おい……なにしてる?」



僕はその言葉に答えずに再び中庭に出てジッポライターに火をつける。赤と青の炎がやさしい風に小さく揺れた。迷うことなくその炎を積み上がった札束に落下させた。シワ一つないの綺麗だけど汚い札束は、予想以上に勢いをつけて燃え上がる。



「馬鹿かお前っ 今すぐ消せ。早くしろっ」



後ろ手を縛られたまま、ジタバタ暴れる灰原司。札束を灰にしたことよりも彼の方がよっぽど馬鹿に見えた。本物の炎を見たのは久しぶりだったこともあり、燃え続ける札束はなんだか幻想的で綺麗に見えた。

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