Dive22

僕はユウグレの14番目の隠れ家のリビングで一夜を過ごし、レラージェが買ってきてくれたチーズサンドを食べながら目の前の壁を見つめていた。ユウグレはケシキの部屋で撮影した無数の企業や人物の写真をリビングの一番大きな壁に貼り付け、ケシキの部屋の壁で見たものと同じ状態を再現していた。とにかく部屋の壁に貼りつけられた沢山の写真に圧倒される。ユウグレは起きてから3杯目のブラックコーヒーを飲みながらMacBookを操作し続けていた。レラージェは完全にリラックスしているのか、ソファーで横になりながらワイドショーとスマートフォンに映るゲーム画面を交互に見ていた。

僕は再び壁に貼り付けられた写真に目を向ける。これらが一体なにを意味するものなのかさっぱりわからない。中央に映っている痩せこけた頬に丸眼鏡をかけた男の写真の下には委員長。発案者?と書かれていた。左上には横浜市にあるダイノ・コア製薬本社の写真、そして右下には京都にある九紋重工本社の写真が映っていた。さらにそのすぐ横に人口増加対策推進協議会と書かれていて、その文字の上に、髪を上にまとめ上げた白いスーツ姿の男が車から降りた瞬間の写真があった。それは遠くから隠し撮りした写真だった。この写真はケシキが撮影したのだろうか? さらにその隣にはグレーのスーツ姿で小太りの男が飲食店から出てきた時に撮影された写真だった。

ダイノ・コア製薬は2000年代から約50年間、国内トップの製薬会社である大野製薬とアメリカで当時常に首位にいた医療メーカーのホーラルとトップ争いをしていたコア・ラボラトリーズが2053年に合併して誕生した製薬会社である。合併後は様々なテクノロジーや新薬を発表し他の企業を圧倒した。世界の病院はどこを見てもダイノ・コア製薬のロゴが入った製品で溢れ、食品や飲料水、バイオ野菜に至るまでとにかく世界の人々が口にするものの大半はダイノ・コア製薬の商品だった。九紋重工は戦後から続く日本最大の企業で航空機や兵器、自動車、船舶、産業機械、交通システム、ヘリコプターなどその製造は多岐にわたる。世界で初めて完全なオートパイロットシステムを実装した自動車を販売したのも九紋重工だった。2040年以降は国内のみにとどまっていた兵器製造もアメリカを中心に世界へと拡大し、徹底した品質の高さから世界のクモンと呼ばれ広く知られている。ケシキが調べていたのはそんな二つの巨大企業。さらに厚生労働省の機関の一つである人口増加対策推進協議会という得体の知れない組織まで含まれていることに僕は次第に陰謀論のようなものしか想像できなくなっていった。

ユウグレは1度MacBookをガラステーブルの上に置いてマルボロメンソールに火を点けた。



「よし。まずはその小太りの奴、灰原 司の家に行く」


「こいつは一体何者?」


「こんな見ためだけど、人口増加対策推進協議会委員長」


「委員長? こいつが?」


「そう。なんたって委員長様だ。プロジェクトの中心にいるのは間違いない。それにこいつが一番頭が弱そうだし、クソみたいなことやってるのも見つけた。今すぐにでもやめさせたい」


「どこで会う?」


「やっぱり家かな。リラックスしてる人間は隙が生まれやすい」


「12月の天国のプロジェクトの概要は?」


「そこまではまだわからない。だから奴らのメールを今チェックしてるとこ。人は文字にそれほど警戒心を持たない。必ずこの写真の中にいる誰かがそのことについてメールで話しているはず。そこから辿っていく」


「なんで灰原 司から?」


「デカい家に住んでるわりにはセキュリティが緩い」


「なら早く行こう」


「焦るなよ。行くのは夜だ。誰だって夜には酒を飲んで眠りにつく。親友への最高のサプライズと襲撃は夜に決行するのが一番いいのさ」


「ユウグレが親友にサプライズ?」



あまりにイメージしにくい。



「もっぱら不法侵入の方が多い……」



レラージェがそれを聞いて笑い転げた。ユウグレの言葉がよほど面白かったのか、ソファーに足をばたつかせながら笑っている。



「ユウグレ様には私しかいないもんねぇ」


「黙れ。そんなことない」


「ねぇユウグレ様。お昼は焼肉にしようよぉ」


「またかよ」


「だって夜に襲撃だよ? 激しく運動するってことだよ? 焼肉食べなきゃ動けな〜い」


「わかったわかった。焼肉な」


「よっしゃぁぁぁぁ」



レラージェはソファに立ち上がって大袈裟にガッツポーズをとった。灰原 司は僕達が知りたい答えを持っているのだろうか? すぐに頭にイメージされたのは深い深い底無し沼の淵に立って、つま先を入れ始めたような感覚だった。そんな感覚を嘲笑うように灰原 司の写真は自分以外のすべての人間を見下したような、不敵な笑みを浮かべていた。

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