Dive03

10月7日




風が窓を揺らす音に目が覚めた。机の上に置かれたデジタル時計に目を向けると06時11分と表示されている。前日寝る前に読んでいたSF小説が開かれた状態で床に転がっていた。ベット周辺を照らす安物のLEDライトも床に転がったままになっており、中に入っていた単三の乾電池2本が床に吐き出されていた。どうやら主人公が敵の体内に埋め込まれたIDタグを飲み込むあたりで寝てしまったようだ。なんのためにそんなことをするのか気になり、今すぐ続きを読もうか考えていると、そんな思考を否定するかのようにカタカタと窓を揺らす音が耳に絡みついた。




立ち上がりカーテンを開けると一面の曇り空が視界に飛び込んできた。向かえの家の庭に植えられた名前のわからない花や植物の先端が、見えない力に引っ張られるように地面の土に今にもくっつきそうだった。その他の強風に逆らうことのできない、ありとあらゆる物が全て同じ方向に押されているのを見て、傘凪市に台風が接近していると昨日ニュースで言っていたのを思い出した。




傘凪市を避けてくれなかった台風を恨んでも仕方のないことではあるけど、僕は学校に行くのが憂鬱になってきていた。正直学校はもう僕の中ではどうでもよかった。発売日に買ったのに途中でやめてしまったゲームと同じぐらい本当にどうでもよかった。最悪なのはここまでどうでもいいと思っているのに卒業まで通わなきゃならないことが決まっているということだ。日本の学校に何かを学ぶために通っていると信じて疑わない日本中にいる全ての生徒達には申し訳ないが、それは真実ではないことをぼくは知っている。高校卒業。もしくは大学卒業の前に必ず誰もが就職活動というレールに乗せられる。というより就職活動という一つの到達点に向かうために、そんなことを考えもしない幼い年齢の頃から、着々と洗脳の準備ははじまっているのだ。おそらくそんなこと、ほとんどの人間は考えもしないだろう。では学ぶという漢字を頭につけながら何かを学ばせることが本来の目的ではない日本の学校とはなんなのか。




それは労働者を生み出すための機関である。




学校はただ日本の労働者を生み出すためだけの機関なのだ。このシステムは戦後まもなく完成した。誰もがアップルコンピューターやGoogle、九紋重工やダイノ・コア製薬という一流企業に就職できればいいのだが、残念ながらそうはならない。そんな真実を知っていても僕はそのシステムから逃れることができない。それは僕がどこにでもいるごく普通の子供だから。その完成されたシステムから逃げることも、そのシステムを変えることもできない普通の子供だからだ。日本は自動的に労働者が生まれ続ける。誰もが卒業したら就職することが当たり前だと思っているからだ。工場で次々と作られるお菓子のように労働者が生まれ続ける。




窓から見える風景をしばらく見つめ、強風の流れを目で追いながらふと、台風が自分をどこか別の世界に吹き飛ばしてくれないか、などというくだらない妄想にひたるうちに、時間があっという間に経過していることに気がついた。洗面所に向かい顔を洗い歯を磨き制服に着替える。時間は少し早かったけど雨が降り出す前に学校に到着したかった。早くついてもやることはある。床に転がった読みかけの小説に黒いしおりを挟んで家を出た。




玄関のドアを開けて二三歩歩くと突風が吹きつける。学校までは歩いて10分ほどの距離にあるがそれでも進むことがためらわれるほどの強風だった。それでもなんとか急ぎ足で学校を目指す。こんな思いまでして学校に行く必要が本当にあるのだろうか。きっとない。あるはずがない。そんなことを考える時はいつも暗い海と黒い空だけを照らす灯台からのびる一筋の光のように、一つの選択肢が頭の中の端のあたりに必ずあらわれた。そんなことを一瞬でも考えてしまう自分があまり好きではないんだけど、こんな世界に生まれてしまったのだからきっと仕方のないことなのだろう。そう思うことにした。いつも寄っているコンビニに入り焼きそばパンとペットボトルの甘いコーヒーを買った。急ぎ足で傘凪市の商店街通りを歩いていると商店街入り口の看板と閉められたシャッターがギシギシと音を立てて揺れていた。通りを歩く人すべてが逃げるように急ぎ足で歩いている。時間が早すぎたのか学校に到着するまでにぼく以外の生徒の姿は結局一人も見かけなかった。学校について図書室に行く途中、廊下の窓ガラスが雫で濡れはじめていた。雨だ。やっぱり早く家を出たのは正解だったようだ。小さい頃から僕と気象には異常なほどのシンクロニシティが存在した。雪が見たいと思えば雪が降り。雨に濡れたくないと思えばいつだって雨は僕が濡れない場所に辿り着くまで降ることはなかった。

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