聖夜の魔法使い

 ――――世界は認識で出来ている。

 己の視点で見えるもの、感じるもの――それが世界だ。

 他の誰もが信じなくとも貴方がそれを信じるならば、それは貴方という世界の真実となる。

 時にそれは、思わぬ奇跡を呼び起こすこともある。

 奇跡と言うには、あまりにも些細過ぎるのかもしれないが――――。


 すっかり肌寒くなってきた季節。

 魔法使い飛鳥井秋人は、いつものように旅を続けていた。

 共に行くのは名前のない魔道書ナナシと、山の神・夏名である。

「そういえば秋人さん、明日はクリスマスですね」

「おお、そういえば。確かに明日はクリスマスですな」

 どこから仕入れてきたのか、夏名はクリスマスの知識も持っているようだった。

 時折ふらふらといなくなることがあるので、そのときに色々と見知ることも多いのだろう。

 でなければ最低二百年以上前(秋人推定)の夏名がクリスマスなど知っているはずがない。

「秋人さんは何が欲しいですか? 私にできるものならなんでも用意しちゃいますよー」

 最近は秋人菌(ナナシ命名)に感染され壊れてきている夏名だが、世話好きなところは変わらないらしい。

「そうですねぇ……」

 秋人は脳内で欲しい物を思い浮かべようとした。

 が、なにやら漠然としていてはっきりとしたものが出てこない。

 が、ここで『欲しい物はない』と言えば夏名の反応が怖い。

『私からのプレゼントなんていらないんですね~』

 と言ってイジケるか。

『私ではお役に立てませんか……』

 と言って落ち込むか。

『まぁまぁ遠慮なさらずに。どうぞどうぞ』

 と強引に迫られるか。

 どの反応も秋人としては面倒なので避けたいところである。

 夏名と付き合うコツは『好意は素直に受け取りましょう』に尽きる。

「……乗り物かなぁ?」

「馬とかですか?」

「いや、この時代馬に乗って移動っていうのはちょっと」

 面白そうではあるが、さすがに周囲から浮きそうである。

 国によっては使えるかもしれないが。

「お前、所持金あまりないのに乗り物欲しがるのは贅沢な気がするぞ」

 それまで黙っていたナナシが言う。

 ナナシの言う通り、秋人はとても乗り物を望めるほどのお金を持っていない。

 というか、その日の暮らしに困るような額しか持っていないのである。

 旅人など定時収入もないし、資金源となるものも秋人は持ち合わせていない。

「私もちょっとそれは用意出来そうにないです……」

 しゅん、とうなだれる夏名。

「まぁ冗談だから。僕は夏名さんといると飽きないから、来年一年また一緒に旅でもしてくれればいいかな」

「あ、はい。それならよろこんでっ! ……でも、一年だけですか?」

「うん。毎年契約更改を行うんだよ」

「お前夏名と何の契約してるんだよ」

 ナナシのツッコミを聞き流して、秋人は木に腰をかけた。

「さて、今日はもう寝よう。明日はなんとなく徹夜で歩きたい気分だからね」


 十二月二十四日。

 世間がクリスマスで賑わいつつあるこの日も、秋人はいつものように歩いていた。

 目が覚めたのは昼過ぎで、今はもう日が暮れている。

「なんだか不思議な雰囲気を感じますね」

「ああ、今日はそういう日だからね」

「そういう日?」

「ナナシ先生、ご解説を」

 首を傾げる夏名を見て、秋人はナナシを鞄から取り出した。

「結論から言うと、クリスマスは魔力が満ち溢れる日なのだ」

 寒い寒いと文句を言いながらもナナシは得意げに説明を始めた。

 本来はこういう風に使用されるべき存在なので、そのことが嬉しいのかもしれない。

「魔術には認識というものが大変深く関わっていてな。クリスマスといえば世界各地で認識される、非常にメジャーなイベントだ。多くの人々がそのことを認識している以上、深く関わっている魔力も満ち溢れるのは必然なのだ」

「うーん、分かるような分からないような……」

「つまり、皆がクリスマスを意識するため魔力たちも盛り上がっているのだ」

「なるほどー……」

 細かい原理はともかくとして、ナナシの言いたいことは分かったらしい。

「普段は魔力の素が漂ってるくらいなんだがな。たまに魔力そのものが溢れ出てくることがある。そういうところでは不思議な現象が起こりやすい」

「だから不思議な感じがするんですかぁ……」

 夏名は空を見上げた。

 いつもの夜よりも綺麗に輝く星々が、夏名の瞳に映る。

「いい夜ですね。こういう夜ってとても素敵だと思います」

「そうだねぇ。これで何か面白いことでも起きたら最高なんだけどなぁ……」

「あはは、いくらクリスマスだからってそこまで――――」

 夏名が言いかけた、そのとき。


 しゃんしゃん。


 どこからか、鈴の音が聞こえてきた。

「……」

 二人は沈黙して、顔を見合わせた。

 視線で互いの判断を仰ごうとするが、同時に頭を振る。

 しゃんしゃん。

 その音は、あろうことか上空から聞こえてくるのである。

 ちょうどその方向には森があり、そこに何があるのかよく分からない。

 だが段々と近づいてきているのは確かだった。

「鈴をぶら下げた飛行機とかヘリでも飛んでるのかな」

 自分でも非現実的だと思いつつ秋人はそんなことを言った。

 その次に飛び込んできた光景は、彼らをいよいよ混乱させた。

 空の上を何の抵抗もなく、さも当たり前のように走る影。

 それはどこからどう見ても、サンタとトナカイとソリなのだった。


「……サンタだ!?」

 しかもサンタの格好をしているだけの普通の人ではない。

 なにせ空を駆けているのである。

 そんな爺さんが普通のはずがない。

「夏名さん、幽体なら浮遊できるよね」

「え、あ、はい。できますけど」

「じゃ、ついてきてください」

 サンタを見失わないようしっかりと見据えながら、秋人はいつにない速度で背中のリュックからボロボロの布キレを取り出した。

 すぐさま空中で印を結び、魔力を布に送り込む。

「我翼なき種なり。我空を求める者なり――――我汝に力を与える者なり!」

 ぶわっ、と強い風が巻き起こる。

 布は秋人の手を離れて空中に浮かび始めた。

 その上にバランスを崩さぬよう秋人が乗る。

 傍から見ていても危なさそうだったが、秋人は涼しい顔で布に告げた。

「さーて、サンタを追いかけるよ」

 声に反応し、布が――空飛ぶじゅうたんが、バイクのような速さでサンタのソリを追いかけ始めた。

 慌てて夏名も秋人に続く。

 聖夜の空を翔るサンタクロースと、魔法使いたち。

 その光景はとても幻想的なものだった。


 冷たい夜風を身に浴びながら、秋人は空を駆けるサンタに追いついた。

 少し遅れてやって来た夏名が、間近でサンタを見て驚きの声をあげた。

「す、透けてませんかっ!?」

「透けてるね。反応もしない」

 先ほどよりは落ち着いたのか、秋人はいつものような表情に戻っていた。

 サンタは確かにそこにいる。

 鈴の音も聞こえる。

 だがそれは何かの幻でしかない。

「本物のサンタさんじゃなかったんですね……」

 がっかりしたのか、夏名は空中でがっくりと肩を落とした。

 秋人は笑って、

「いいや。これも本物のサンタだよ」

 と言って、サンタと並んだ。

 サンタは温厚そうな表情のまま、前を見つめている。

「夏名。先ほど言ったろう、クリスマスは色々と不思議なことが起きやすいと」

「これも、その一つだよ」

 夏名には二人の言っていることがよく分からない。

「これも魔術なんですか?」

「いや――――これは純粋に奇跡というべきものだと思うよ」

「夢の結晶とでも言うべきものだからな」

「夢の……結晶?」

 徐々に広がりつつある町並。

 数々の光を見下ろしながら、秋人は語った。

「サンタを信じている子たち。“その子たちにとって”サンタの存在というのは真実だろう? そんな、信じる力が本物にまで昇華したんだ……今日みたいな、不思議な日じゃないと無理だけどね」

「一夜限りの奇跡というわけだ。最近ではサンタを信じる子どもが減ってきたためか、もう言葉も話さず姿も薄れてきているがな」

 サンタは何も語らず、ただ静かに空を駆ける。

「言葉なんかいらないんじゃないかな、最初から」

 秋人はサンタを見ながら言う。

「だってサンタは子供たちが起きないように、そっとプレゼント置いていくんだからさ。サンタはそこに在るだけでいいんだよ」

 しゃん、しゃん、しゃん。

 鈴の音が夜空に鳴り響く。

 その中で駆けるサンタを見ると、夏名もなんだかそんな気がしてきた。

「プレゼントを配らず、煙突からも入らず、ただ在るだけのサンタさん……それも、きっと本物ですよね」

「それを信じる子どもたちにとっては、ね」

 夢によって創られ、人々に夢を配るサンタクロース。

 一晩限りの存在でも、その姿はとても素晴らしい。

 夏名は、そう思った。


 ――――お母さん、サンタさんがお空飛んでるよ。

 声がどこかで聞こえた。

 そんな夜。

 それが嘘だなどと、誰に証明することが出来るだろうか。

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