未解決の話

 秋も深まり、茜色に染まり始めた頃。

 ある町の公園で、一人の男が倒れていた。

 男は飛鳥井秋人という。

 見るからに普通の青年なのだが、その実魔法使いだったりする。

 その魔法使いはベンチの上で横になりながら、財布を覗いている。

 彼にしてみれば珍しく真面目な表情であった。

「まずい」

「なにがマズイというのだ」

 秋人の鞄の中から、一冊の本が問いかけてきた。

 本に名はなく、ナナシと呼ばれている。

 簡単に言ってしまえば意志を持った魔道書である。

「路銀が、尽きた」

 まるで、世界の終わりだと言わんばかりの声である。

 実際問題として、秋人も現代に生きる生身の人間である。

 当然お金がなければあらゆる面での制約がかかる。

 特に食事が取れなくなると、当たり前のことだが餓死してしまうのだ。

 先ほどから秋人の腹の虫がやかましいくらいに喚いている。

 まるでゴジラかなにかが潜んでいるようだった。

「ったく、まともにバイトでもしていれば良かったものを」

「いや、魔法使いがそんな世俗じみた真似をしてちゃ面白くない」

「お前、その『面白くない』だけで今餓死しかけてることを忘れてるんじゃないだろうな」

 ちなみに断食初めて四日と半日程度。

 徐々にやつれてきた頃である。

 と、ナナシの隣からポワンと一人の女性が現れた。

「私がどうにかしましょうか?」

 彼女の名は夏名。

 もともと日本のある地方にいた神の一人である。

「どうにか、というと?」

「えーと、あるばいと、とか」

「……画面の前の皆さんならなんとなく分かると思うけど、夏名さんにバイトさせちゃいけない気がしてきた」

「秋人さん、画面の前のってなんですか?」

「あー、とりあえず僕らとは違う次元の人々」

 明後日の方向を見ながら話をごまかす。

 案外まだまだ元気そうである。

 ちなみに夏名は実体化しているときは別として、霊体化しているときは食事の必要がない。

 ナナシはそもそも本なので食事など論外だった。

 つまり、今危機に晒されているのは秋人一人だったりする。

「つーか神が人間救うためにバイトやるというのも変だしな」

「そういうものなんですか? 私この時代のことには疎くて疎くて」

「っていうかあなた、いつの時代の人ですか」

 興味本位で尋ねた途端、秋人の身体に電撃が走る。

 一瞬の後、こんがりと焦げた秋人が出来上がり。

 どんな調味料をつけても不味そうである。

「乙女にそんなことを聞くなんて、秋人さんひどいです」

「どちらかと言うとお前の方がひどい気がする」

「もう、ナナシさんってば。神の天罰叩き落しますよ?」

「……お前、ここ数ヶ月で秋人に感化されただろ。出会った頃はまともな性格だったのに」

「生きてる限り、人は変わるものなんですっ」

「お前はもう死んでるだろうがっ!」

 ナナシのツッコミは二倍の消耗率である。

 肉体的な疲労はないナナシだったが、最近は精神的な疲労のせいか動きが鈍くなってきている。

 もしかしたら苦労人ならぬ苦労本なのかもしれない。

 と、自分で考えているあたり、ナナシの精神も頑丈なものである。

「まぁ冗談はここまでにしよう」

 むっくりと起き上がる秋人。

 ダメージは全くないらしい。

「しかし冗談抜きで飢え死にする可能性が出てきたなぁ」

「魔法使いがそんなこと心配せにゃならんとは、なんとも世知辛い世の中だな……」

「法的に言えば秋人さんて無職ですからねー」

 そう言う夏名とナナシには人権すらない。

 その代わり飢える心配もない。

 果たしてどちらが幸せなのか。

「ですが秋人さん、アテはあるんですか?」

「うーん、まぁあると言えばあるんだけど……」

 なぜか口ごもる。

 あまり言いたくないようだった。

「同盟でも頼るのか? 確かに飢えは凌げるだろうがお前は下手すりゃ一生軟禁生活だぞ」

「そこから脱出してみるのも面白そうだね」

 真剣に悩み始めた。

 秋人は『面白おかしく生きること』をモットーとしている。

 そのためなら周囲の人間や自分自身をも危険に晒すという、迷惑極まりない性格をしていた。

 雲行きが危なくなってきそうだったため、ナナシは話の矛先を変える。

「で、お前の心当たりはなんなんだ」

「ああ、シンプルな方法なんだけどさ」

 公園から見える山を指差して。

「あそこでなにか採ろう」


「で、集めたわけだけど」

 眼前に並ぶのは山の幸。

 というかほとんどキノコ。

 種類は様々だが、中にはかなり禍々しい模様のものもあった。

 他には適当に食べられそうな山菜を少々。

 火を起こし、鍋の中に次々と放り込む。

「おい、大丈夫なのか?」

 ナナシが心配そうに尋ねる。

 彼の知識内には食物のことはさほど入っていないため、秋人が採ったキノコが安全なものかどうか判断がつかない。

 夏名の方も山菜に関する知識はほとんどないらしく、やや心配そうに覗き込んでいた。

「多分大丈夫だと思うけど。腹に入れば一緒だろうし」

「秋人さん、その理屈だと食中毒というものの存在が否定されますよ」

「そうです。あれは誤りなんです。本当は食物に毒などなく、未知のガンマ液によって引き起こされているだけなんです。実はそれを裏で画策しているのは某……」

「そろそろ不穏当な冗談をやめいっ!」

 ナナシの怒鳴り声に、秋人はすごすごと引き下がった。

 その前でぐつぐつと煮上がる謎キノコ(仮名)。

 なんだか煮ているうちに、お湯が紫色に変色しつつある。

「ある意味魔法使いの煮るものとしては正統派だな……」

「ですねー、少なくとも食べ物には見えませんけど」

 自分たちは食べないという安堵感から、好き勝手なことを言う二人(一人と一冊)。

 逆に秋人は、表情こそ変わらないものの若干冷や汗をかいていた。

 やがて頃合とみたのか、秋人が恐る恐る鍋に箸を伸ばした。

 最初に摘み上げたのは、まだ食べられそうな普通のキノコだった。

 秋人はその色合いに安心したのか、そのキノコを思いのほかあっさりと口に運ぶ。

「どうですか、秋人さん」

「……」

 無言で秋人は夏名を見据える。

 やがて、そのままの姿勢で口からキノコの残骸を吐き出した。

「きゃあっ!?」

「どわっ、汚ぇっ!」

 夏名は思わず飛びのく。

 残された秋人はというと、うつ伏せになって咳き込んでいた。

「なぜか薬の臭いが……」

 ぶふぉー、と吐き出される秋人の口臭は確かに薬臭かった。

「命名するならドクターキノコといったところかな……」

「まるで任○堂のゲームタイトルみたいだな」

 アクションなのかパズルなのか微妙なところだったが。


「次だ」

「お前って懲りない奴だな」

 ナナシは呆れた様子で鍋の中身を覗き込む。

 先ほどのキノコよりも毒々しいものが沢山入っていた。

 夏名はというと、先ほどのことがショックだったのか木の影に隠れている。

「あ、秋人さーん。もう止めた方がいいと思うんですけど」

 が、秋人は夏名の言葉を爽やかな笑顔で一蹴。

 どうやら未知のものに対する好奇心が一気に出てきてしまったらしい。

 ぱくりと一口。

 先ほどと同じように硬直。

 また吐かれたら嫌なので、ナナシも夏名も近寄らない。

 秋人はしばらく俯いていたが、いきなり起き上がると夏名の元へとスタスタと歩み寄る。

「夏名さん……」

「え、え、なんですか?」

 引きつった笑みを浮かべながら後退る夏名。

 なぜかと言われれば秋人の様子がおかしかったからである。

 顔は紅潮し、目は若干潤んでいた。

 彼は両手で夏名の手を握り締めた。

「僕と、け……」

「え、え!?」

 唐突な告白(らしきもの)に夏名は慌てた。

(どうしよう急にそんなでも私は別にいいかなってでも私もう死んでるしいや別にそんな些細なことは)

 頭の中がバーサク状態。

 そんな夏名の前で、秋人は高らかに叫んだ。

「僕と、権謀術数を用いて世界を陥れましょう!」

「はい喜んで――――って違うっ!」

 ズバンッ!

 神速で構築されたハリセンが、秋人を地に叩き落した。

「……野心増築を促すキノコか」

 一冊宙に浮かんで虚しく解説するナナシ。

 夏名は涙目で走り去り、地には仰向けに倒れている秋人。

 さらに彼のすぐ側には謎キノコの山が。

 そのとき、急に強い風が吹いた。

 鍋が傾き、謎キノコが秋人の口の中にゴボゴボと入り込む。

「ぶふぉぁっ、げふぉあっ、ぷぎょるぅあ!?」

 謎の叫びと痙攣を残して、秋人は完全に沈黙した。

 お腹は膨れているようなので、当初の目的は果たされた。

 未知との遭遇も出来たので満足だろう。

 ただし、別の意味での危機が迫っているようではあったが。

「……やれやれ」

 ナナシの溜息が、虚しく響いた。

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