夏が終わる日

 着物にうちわ。

 そして垂れ下がる堤燈に、太鼓の音が鳴り響く。

 どんどんと、景気のいい音が祭りの場を賑やかにしていた。

 ここは森の中の村。

 夏が終わる日、最後のお祭りがあるそうな。

「と言うわけでどうですか、似合いますか?」

 くるくると回りながら着物姿を披露する女性。

「さすがは女神と言ったところか。うむうむ、美しい」

「ありがとうございます、ナナシさん」

 誉めてもらったことが純粋に嬉しいのだろう。

 女性は穏やかな笑みを浮かべた。

 そんな彼女の前に浮かぶのは一冊の本。

 宙に浮く本など当然普通の本ではなく、それは意思を持つ魔道書だった。

 遥か太古の時代に創造された存在だが、著者が名前をつける前に死んでしまったために今では「ナナシ」と呼ばれる。

 で、女性はナナシの後ろで寝転がっている男性に視線を向けた。

「秋人さん……生きてます?」

「死んでるだろうな。では夏名を新たなマスターとし、2人で新たな旅に出るか」

「いや、待てナナシ」

 ゾンビのような動きで、くねくねと起き上がったのはまだ若い男性だった。

 先ほどまでは体力が尽きたなどと言って倒れていたのだが、どうやら復活したらしい。

 彼の名は飛鳥井秋人という。

 一応魔法使いであり、そして旅人でもある。

「秋人さん、大丈夫ですか?」

「ええ、ちょっと熱気にやられただけですから。大丈夫ですよ」

「お前は暑さには弱いからな。いや、寒さにも弱いか」

「あらあら……疲れたら言ってくださいね。私にできることならなんでもしますから」

 そう言って彼女――夏名はにっこりと微笑んだ。

 彼女はついこの間から旅に同行することになった、ある地方の神である。

 名前がなかったので、秋人が夏名(かな)と命名した。

 夏に決めた名前。

 安直だとナナシは笑ったが、彼女は案外その名前を気に入っていた。

「ところで秋人さん、屋台見に行きませんか?」

「そうですね、ちょっとお腹減ったし」

「俺はここで荷物の番でもしている。楽しんでこい」

 妙なところで大人の貫禄を見せようとするナナシに苦笑しながら、秋人と夏名は祭りの中に飛び込んでいった。


――――――――――/夏名


 さて、お祭りというものははじめてです。

 神として崇められる前、つまり生前は行くこともできませんでした。

 だから今日はとても楽しみです。

「秋人さんっ、この白いのはなんでしょうか?」

「それはわたあめですね。蜘蛛の糸を巻きつけて食べるんです」

「……変わったものがあるんですね。それ、本当に食べられるんですか?」

 私がそう聞くと、秋人さんは困ったように笑います。

「嘘です、すいません」

「では食べられないんですね」

「いや、食べれますよ。嘘っていうのは蜘蛛の糸の部分です」

「あ、そうなんですか」

 私が感心している隙に、秋人さんはわたあめを2つ買ったみたいです。

「片方は夏名さんの分ですね」

「ありがとうございます。では」

 緊張しながらも、秋人さんの真似をして口に運んでみました。

 …………。

 ……。

「もう1個いります?」

「えっ、あ、えと」

 気づけば1個食べ終わってしまいました。

 あまりにも物足りなさそうに見えたのか、秋人さんはもう1個買ってくれました。

 でも心中ちょっと複雑なのですが……。


――――――――――/飛鳥井秋人


 夏名さんはよく食べる。

 僕の魔力を通じて実体化できるようにしたのは間違いなのではないかと思うくらいよく食べる。

 僕はと言うと、当然なにか珍しいものがないかどうか探し回っているわけだが。

 なにしろお祭りは毎年、立ち寄った町のやつには参加している。

 だから普通の屋台などは見飽きているのだ。

 なにかこう、地球が唐突に爆発するような内容の屋台はないものだろうか。

「あるわけないか」

 幸せそうにあちこちの屋台を駆け回る夏名さんを見ながら、僕は考える。

 例年やらなかったことをやりたい。

 それも、誰もが驚いて狂いだすようなイベントを、だ。

 その方が面白そうだし。

 で、いいものを見つけた。

「ふふふ」

 思わず笑みがこぼれ落ちる。

 あえて悪役っぽく笑うのがミソだ。

「どうしたんですか、秋人さん」

 右手にヨーヨー、左手の金魚の入った袋。

 頭にお面を装着した、完全な祭り姿の夏名さんがなにやら疑問の声を上げている。

 っていうか馴染みすぎですよ貴女。

 仮にも神様なんだから。

 まぁそれは置いておこう。

 自称ムー大陸で創造された(他にもマーリンに創造されたとか、ホメロスが著者だとか諸説あり。多分全部嘘だ)ナナシだって、最近では世俗的な性格になりつつあるぐらいだ。

 時代と共に人は変わるのだ。

 人じゃなくても変わるのだ。

 それが大宇宙的英雄神論の結論なのである。

 嘘だけど。

「実は面白いことを考えました」

 そう言って僕が指差したのは祭りの中心にある高台。

 その上には太鼓が置いてあり、人々は太鼓のリズムに合わせて踊りを踊る。

「ひょっとして」

「ええ、あれを占拠します」

「それはまずいのでは」

「いえいえ。太鼓を叩くものは祭りを制す。というわけで行ってきます」

「たっ、多分関係ないと思うんですけどっ」

「それでは」

 夏名さんがなにか言っているようだが、それどころではない。

 人々の反応が実に楽しみだ。

 こんなことは今までやったことがない。

 もっと早く思いついていればよかった。


――――――――――/ナナシ


「やってるな、あの馬鹿」

 俺は荷物の上に身体を伸ばしながら祭りの様子を見ていた。

 すると突然太鼓のリズムがトチ狂ったものになりやがった。

 おそらく、というかこのパターンは確実にあのアホがなにか仕出かしたに違いない。

 夏名の性格ではあいつを止めることはできないだろうし……っていうか俺にも無理だ。

 などと思っていると、案の定夏名が走ってきた。

 しかしなんなんだその格好。

 もう少し神としての威厳を……まぁいいか、なんか似合ってるし。

「な、ナナシさんっ」

「あいつの仕業のようだな」

「そうなんです。高台に上って、いきなり太鼓を叩き始めたんですよ」

 なにやら困っている様子は見られない。

 それどころか、とても感心しているように見えた。

「夏名、お前も案外大物だな」

「え?」

「いや、なんでもない。それよりどうなったんだ、それから」

「皆さんもちょっと驚いてましたけどすぐにリズムに合わせて踊り始めてましたよ」

「このリズムでか?」

 音感もなにもない秋人の適当なリズムだ。

 こんなリズムで踊れるわけがない。

 あるいは人間というのは分からんから、ノリだけで踊っているかもしれないが……。

 あまり見たい気はしない。

「まぁいい……それでお前はどうして戻ってきたんだ?」

「ナナシさんもご一緒にどうかな、と思いまして」

「遠慮する」

 1秒とかからず、微塵も迷わずに俺は答えた。

 カオスフィールドの中心地になぞ行きたくはない。

 2度と戻ってこれなさそうだ。

 が、夏名は俺の身体をむんずと掴むと歩き始めた。

「いや待て、俺は行かんと」

 言っている、と言いかけたところで身体に何かが向けられた。

 白くてふわふわ。

「ま、まさかそれはっ」

「断わりませんよね?」

 にこりと笑う。

 その笑みはまるで聖母のようだ。

 だが、本である俺にそんなベタベタしたものは向けないでいただきたい。

 と言うか普通に嫌だ。

「放せ悪魔ー!」

「いやですよナナシさん。誉めても何も出しませんよ」

 にっこりと笑ってわたあめを引っ込める夏名。

 何も出ないほうが俺としては嬉しい気がする。

「ま、仕方ない」

「では行きましょうっ」

 心底嬉しそうに、俺を持って夏名が走る。

 どうでもいいがコイツは本当に女神なのだろうか。

 そして何歳なのだろう。

 どう間違っても、聞いてはいけない気がするのだが。


――――――――――/夏祭り


 そこは無茶苦茶な場所だった。

 中心に高台があり、そこで1人の魔法使いが太鼓を叩く。

 太鼓の奏でるリズムは、魔法にも似た力があるのだろうか。

 最初は驚いていた人々も、次第に調子を合わせて踊り始める。

 リズムは無茶苦茶だった。

 人々の踊りも無茶苦茶だった。

 遅れてきた女神と本も、無茶苦茶に踊った(本は宙で跳ねてた)。

 魔法使いは無茶苦茶に叩いた。

 無茶苦茶盛り上がった。


 ――――無茶苦茶楽しかった。


 屋台の店番をしていた人々も、祭りの運営担当の人々も、誰もが一緒になって踊っていた。

 皆が一緒になって、踊り狂っていた。

 そんな楽しい思い出で、今年の夏は終わり。


 ――――夏祭りは、また来年、またどこかで。

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