二本目の煙草が燃え尽きるまで

レイノール斉藤

第一話

 雨が降ってきたが、屋根付きのバス停の中なので濡れることはない。ただ気分は天気に釣られるように沈んでいた。

 この仕事がある日はいつも雨だ。できれば辞めたいが、今や《俺達》が出来る仕事なんて限られている。それに俺がやらなかったからといって、この仕事が無くなる訳じゃない。


 俺は憂鬱な気分を誤魔化す為に、カバンから煙草を取り出す。すると近くに座っていた女型のアンドロイドがライターを差し出してきた。

 手つきから見て、貸してくれたというよりは火を付けてくれようとしているのだろう。


「どーも」


 礼を言って、煙草を口にくわえると、女アンドロイドは煙草に火を付け、ライターを手元に戻す。


「……久し振りです」

「あ?」


 しばらくの沈黙の後、女アンドロイドがボソリと呟いた。

 こちらに話しかけているのかと思い、顔を見たが目線は正面を向いていた。

 独り言と判断し、そのまま黙っていると、その女アンドロイドは続ける。


「人が咥えた煙草に火を付ける。それが今の私の仕事です。でもここに配属されてからもう一年になるんですが、その間誰も来なくて……」

「……二十年前、画期的な新技術の発見により、アンドロイドが一気に普及した。今や一人一台が当たり前。 当時全盛期だったスマートホンなんて物は最早ジャンク屋にも無い。関連会社の方が全部潰れたからな……」


 女アンドロイドは相変わらずこっちを見ようとしないが、聞いてると勝手に判断し、そのまま続けた。


「そこに、更に後先考えない奴等が、アンドロイドに人権なんて与えようとしたもんだから、またややこしくなった。自動車より多く作られたモノを今度は捨てるな、だと」

「………」

「そうなると今度は、古いアンドロイドに『どうでもいい仕事』を与えて、放置する方法が広まった。そのまま壊れた後なら、『埋葬』って名目で捨てても問題ないからな。昔人間と金が余ってた時代は、それを人間にやってたらしいが……」

「つまり……私は、用済み、という訳ですね」

「……ま、そういうことだ」


 強制的に廃棄出来ないと言われても、やむを得ない事情により、今すぐ廃棄したい場合はどうしたって出てくる。

 そういう場合取られる最終手段が『説得』、それを請け負うのが俺を雇っている会社、というわけだ。

 これを人間相手に例えるならば『こっちの勝手な都合で自殺してくれ』となるのだが、どういう訳かこれは合法らしい。全く反吐が出るほど良くできた法律だ。


「…………」


 改めて女アンドロイドの方を見る。

 表情が崩れないのは、悲しみを顔で表現する為の機能が備わっていないからか、それとも故障したからか?

 だが、却ってその方が良い。嘆こうが喚こうが、結局何も変わりやしないんだ。だったら、人らしさなんてもう見せない方が良い。その方がこっちとしても楽だ。


「手、見せてくれるかな?」

「はい」


 女アンドロイドの差し出した手に刻まれたバーコードを、専用の機械で読み取る。するとディスプレイに女アンドロイドの正式名称と、【異常:経年劣化】の文字が映し出された。

 異常か……異常なのは、この世界の方なんじゃないだろうか?

 俺はそんな憂いを無理矢理煙草に込め、携帯灰皿にねじ込んだ。

 このアンドロイドは気づいているのだろうか?このバス停に灰皿が無いことに。


「……」


 思わず女アンドロイドから目を逸らし、バス停の入り口を向いて、外の世界を溜息混じりに見つめる。

 雨は、まだ止みそうにない――外も、中も。


 ***


 それから会話も無く、一時間くらい経った時、遠くからバスの音がして来た。

 ただ、バスといっても今から来るのは各地のバス停を回り、終点はアンドロイド専用の処理施設だ。

 バスが止まりドアが開くと、女アンドロイドは自分から乗ろうとして、だが俺が動かないことに気づいて、こちらを向いて聞いてきた。


「乗らないんですか?私だけでは行った先でどうしたら良いのか……」


 女アンドロイドの困惑を無視して、俺は煙草をもう一本取り出して言った。


「君に仕事を頼みたい」

「し……ごと?」

「この煙草に火を付けてもらえないか?」

「……いや、でも、このバスに乗らないと」

「時間はまだある。乗るのは次のバスでも良い。二本目の煙草が燃え尽きるまで、付き合ってくれ」


 俺は上司にこっぴどく怒られるだろうが。あーあ、最悪解雇クビかもな。


「……わかりました」


 バスを運転していた男アンドロイドがダイヤ通りに出発するのを待って、俺は煙草を咥えた。そこに女アンドロイドが火を付ける。

 ゆっくりと吸い、紫煙を吹いた後、煙草を指で摘んで口から離し、俺は言った。


「ありがとう、シーラ」


 深い意味は無かった。強いて言えば『手向け』だったのかもしれない。ただ、それを聞いた時のの顔を見て、俺の中の何かが確かに動いた。


「お前……」

「申し訳ありません……自分でも……何故か制御が出来なくて……


 きっかけなんて、きっとそれだけで良かったんだろう。探していたのは『理由』だったのだから。


「行くぞ」

「え?な、何を?一体どちらへ?」


 気がつけば俺は、その手を取って外へ飛び出していた。

 咥えていた煙草は雨に濡れて一瞬で火が消えた。


 ――そうだ、まだわけじゃない。

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