第49話 愛

「ゼフィロスさん、あなたに会わせたい子がいるの」


 女王イザベラはいつになく優しい顔でそう言うと、パチンと手を叩き、少しおっとりとした顔の女性とその女性に連れられた男の子を部屋に招き入れた。


「こちらは私の娘、ヴァレリアと同じファーストのミラ。子育てを任せているの」


「ゼフィロス、顔を合わせる機会は初めてですね」


「あ、話は聞いています。子育ての頭をしていると」


 そう答えるとミラは慈愛に溢れた微笑みを浮かべ、連れて来た男の子を前に立たせた。


「ほら、ご挨拶は?」


 男の子は緊張気味、だが礼儀正しく腰を折ると俺に向かってはっきりと挨拶をした。


「僕は、あなたの息子、名をゼロスと言います。お父さん、逢いたかったです!」


 そう言ってその子は走り寄り、鎧姿の俺に抱き着いた。


「うふふ、あなたにもらったお種、それで生まれた子。この子は私たちの希望でもあるの」


「そっか、俺の、息子」


 パンっと鎧を解いてその子を抱き上げる。イザベラに似て優し気な面持ち、そしてどこかに俺の面影も感じさせた。


『へえ、可愛いじゃない』


 ジュウちゃんはそう言って俺の抱え上げた子にすりすりと顔を寄せた。


「前にも言ったけど僕たちに男が生まれる確率は非常に低い、その産まれた子が君の種、これはね、種族的にも非常に大きな事なんだよ」


 グランさんがそう解説してくれる。勧められた椅子に座り、息子のゼロスを膝に乗せる。ゼロスはジュウちゃんに手を伸ばして戯れていた。


「そう言う事です。私だけでなく、あなたにお種を授かった女王たちはみな、男の子を。アエラも、キイロスズメバチも、アシナガバチも」


「そっか。なんか嬉しいね。」


「さ、ゼロス、そろそろお勉強の時間よ。お父様の邪魔をしては。」


「うん、姉さま。お父さん、また会いに来てくれる?」


「もちろんだよ」


 ゼロスはミラさんに手を引かれ、俺に手を振りながら部屋を後にした。ものすごくいい子。ついついウチのおてんばたちと比べてしまう。


 その時がくんと、鎧を解いた事による疲労が押し寄せ思わず額を抑えた。


「ゼフィロスさん!」


『心配ないわ、ゼフィロスは鎧を解いた消耗にまだ体が適応できてないだけ。二日も休めば回復するわよ』


「そう、なのですか?」


『待ちきれない、そう言うのなら女王イザベラ、あなたの蜜を』


「ま、待つのは構いません、ですが、心配ですから」


 そう言ってイザベラは俺に大きな尻尾を向けて蜜を吸わせた。



 ぶるんっとした蜜を吸い体力を回復した俺はグランさんに支えられながらとりあえず風呂に行く。そこにはイザベラの夫たちが顔をそろえ、俺を大歓迎してくれた。


「ああ、ゼフィロス! 僕はこの日を心待ちにしていたんですよ!」


「なんせ、お前が来れば俺たちは十日の休み、色々あったようだが俺たちにとっちゃお前さんはまさしく王さ!」


「ええ、我が君。あなたに栄光を!」


「ハッハー! そう言う事だ、お前は俺たちにとっては神に等しい!」


 ショタ系のカシムさん、ちょい悪系のシュウさん、貴公子のライアンさん、そしてマッチョなニールさん。勇者グランと共に、彼らは全てをわかり合える心の友。


 体を流し、湯につかりながらこれまでのいきさつを彼らに話聞かせる。皆、真剣な顔でそれを聞き、俺の長く伸びた触覚の使い道に話が移ると「ほう、」「なるほど」と自分の触覚を触りながら興味深げに頷いた。


「獅子族の振る舞い、エルフの内情、そうした事に対する対応策は各コロニーの男たちを集め、僕たち王国としての統一見解を出さねばいけませんね」


「そうだな、グランの言う通り、我々の一存では決めかねる。だが、我らが王の受けた侮辱、これは晴らさねばな」


「ああ、ライアン、そいつは絶対だ。カシム、お前は俺と古い文献を、始祖アイリスに関しちゃもう少し情報がいる」


「ええ、そうですね」


「ニール、お前はライアンと触覚の新たな使用法について論文を。これに関しちゃ他所の男たちとも研究を進める必要がある」


「ああ、俺たちの寿命に関わる話だ。是が非でも進めないとな」


 そんな感じで古文の解読にシュウさんとカシムさん、触覚の新たな使い道に関しての論文をライアンさんとニールさんが受け持つことに。エルフとの生存競争、それと同じくらい性に対する探究は彼らにとって価値のある事。


 風呂から上がり、待ちかねていささか不機嫌なイザベラとの睦言に。ベッドの脇にはライアンさんとニールさんが陣取り、俺の触覚の使い方を観察していた。


「実に、実に興味深い!」


「ハッハー! こいつはすげえぜ!」


「もう、二人とも、まずは実践、そうでしょ?」


 イザベラの嬌声が響く中、俺たち三人は新たな可能性を探求していた。


 ビクッ、ビクッと痙攣しながら横たわる女王イザベラの大きな尻尾から蜜を吸い、ベッドに腰かけ葉巻を吸った。


「で、どうです?」


「ああ、十分に参考になったよ、我が君」


「うむ、流石はマイロード。全てにおいて物が違う」


「二人とも、ほら、せっかくだから蜜を」


 二人はやや躊躇いながらも尻尾に口をつけ、蜜を吸った。


「おぉ、これは!」


「エクセレント! 素晴らしい!」


 蜜を吸った二人は勇気百倍、そのままイザベラにのしかかった。そこに俺も参戦する。いろいろあってすっきりしたところで二人にイザベラを任せ、自分の部屋でジュウちゃんに抱かれて眠りについた。


 翌日、すっごくすっきりした顔の女王イザベラは俺の名前で王国の議会を開催すると宣言、各地の女王蜂たちに召集が掛かった。そしてすっきりしているときのイザベラはすごく献身的、グランさんを始めとした夫たちや俺の世話を色々してくれる。


「ゼフィロスぅ~☆ 待ってたんだよぉ! あ、触覚生えてるぅぅ!」


 その日の夕方、近場にコロニーを構える侯爵アエラが夫と護衛を引き連れて到着。夫はそのままライアンさんたち、「触覚研究会」に合流、アエラは俺と睦言に及んだ。

 さらに翌朝、キイロスズメバチの伯爵、ミサが夫たちと共に到着、昼過ぎにはアシナガバチの男爵、フリルの合流。女王蜂のダブル睦言に及んだ。

 夕方には北方に巣別れしたキイロスズメバチのコロニーから子を産み、居候の女王蜂となったジュンが代表として現れた。大きなおっぱいっていいよね。


 そして最後に到着したのは我らがヴァレリア。卵を産み終え、その世話を任せての登場となった。


「さて、みんな揃ったようだね」


 議会会場となった謁見の間では女王蜂たちのお茶会、そこに男性たちの意見を取りまとめたグランさんが現れ、議事進行を。


「今回みんなに集まってもらったのは他でもない。我が王ゼフィロスがエルフに捕らえられると言う屈辱を受けた。状況的には仕方がないとはいえ、身柄を差し出した獅子族に対する対応も必要、そのあたりを話し合うため来てもらった」


 するとジュンが立ち上がり現状の説明を。


「私のいるコロニーに赤アリのセリカから報告があったのは真冬、ゼフィロス様の為、動こうにも動けず、申し訳ない。ですが、春となり現在、我がコロニーからは毎日眷属たちによる北の城への上空偵察を行っています」


「それで、状況は?」


「はい、獅子族はエルフの支配を受け入れた模様。城の中には機甲兵の姿を確認しています」


 そうジュンが口にすると「やっぱりね」と言う声があちこちから聞こえた。次に立ち上がったのは俺の横にいるヴァレリア。


「私の方では評議会の意向を。獅子族からの連絡は途絶え、その内情を確認するまでは行動は控えてくれと言うのが議長の意見だ。そして行動するならば統一行動を持って。クロアリの代表からはそう言う意見もある。」


「なるほどね、僕たちも評議会に加盟している以上、話を通す必要はある。せっかく我が王のもとにまとまったんだから、アリたちとも足並みを揃えるべきだろうね」


 どちらかと言えば会議は穏やかに進行する。各コロニーとも男の誕生と言う慶事もあり、女王蜂たちは和やかなムードだった。


「ですが、我が王国の矜持と言うものもあります。グランさん、そのあたりはどうお考えですの?」


 それでもスズメバチは戦闘種族、イザベラは少し厳しい表情でグランさんにそう問いただした。


「幸いにも季節は春。それにキイロスズメバチたちのおかげで獅子族の裏切りは確定した。僕たちにとって彼らを生かしておく理由はないよ。まずはセントラルシティに赴き、議会に通達を、その上で北の城は僕たちの手で、そのあとは北の城を根拠地にエルフの領域に侵攻を。始祖アイリスが眠るアイリスシティ、そこを落さなければこの話は終わらない」


 そうグランさんが意見を述べると皆ニッコリ。早速それぞれの配置が決められていく。今回は二手に別れ、イザベラ、それにアシナガバチのフリルの手勢がグランさんと共にセントラルシティに、あちらでジュリアとメルフィに合流し、議会に話を。

 そして俺はヴァレリア、アエラ、後はキイロスズメバチと共に、北のエルフ居住地跡に作られたジュンたちのコロニーに赴き、グランさんからの連絡を待って、タイミングを合わせ、北の城の攻略を。そのあとはそこでアリたちとも合流し、エルフの領域に攻め込むことにするという。


「何事にも終わりはあるものだよ。長年続いたエルフとの確執、それももうこの辺で。ゼフィロス、君の側にはカシムとシュウを。彼らの助言はきっと役に立つはずだよ」


「はい、助かります」


「…お父様、お見事な判断。娘として嬉しく思う」


「ほんとだよねー☆ エルフなんか皆殺し、最初からそうするべきだったんだよ」


 満場一致で話は決まり、早速明日、行動に移る事になる。女王蜂たちは自らの娘、それに眷属たちを集め、合流することに。今回は長丁場が予想される為、それぞれのコロニーの防衛をしっかり固め、それと共に夫たちも引き連れての遠征となる。


 かつてない大規模な侵攻作戦が開始された。



「懸念は君の言う軍事用アンドロイド、それが何体いるか、それによってこちらの被害も」


「そうですね、恐らくはオオスズメバチの女王であればいい勝負ができるんじゃないかと。ヴァレリアは変身した俺と互角でしたから」


「なるほど、で、あればジュリアやメルフィ、君の持ち込んだ剣を携えた二人ならば大きな活躍が期待できると」


「それでも油断は」


「そうだね、女王が討ち取られてしまえばそのコロニーは終焉を迎える。彼女たちを前に、それは中々しづらい事なんだよ」


「ええ、その分は俺が」


 風呂に入りながらそんな話、他の男たちは外に出られる喜びに溢れていた。


「評議会の方には僕とイザベラで話を通すよ。君は議長とは旧知の仲、あまり強い事は言いづらいだろうしね。…それに」


「それに?」


「エルフの討滅、それは今後の世界の行く末を決定づける大きな事だよ。それをトゥルーブラッドの二人の決定で、それではあまりにも僕たちの立場がない」


「…そうですね、確かに。俺たちはあの惨劇からコールドスリープと言う手段で逃げ出し、アイリスたちは世界と向き合う事をしなかった。厳しい世界に馴染み、あらたな生き方、そう言う事を模索してきたあなたたちが世の行く末を決めていくべきだ、そう思います」


「そうだね、誰か一人が背負うには世界と言うのはあまりにも重すぎる。君はきっかけ、そして始祖アイリスもまた。君は僕らと同化することを選び、ヒトである事をやめた。アイリスはあくまでヒトである事に拘った。どちらの選択が正しかったのか、その答えを出す時が来た、ただそれだけの事」


「はい、最初に目覚めた四十人、その中に俺は含まれていなかった。その事がアイリスの心を歪め、世界を歪める事に。その責任は果たすつもりです」


「君のせいではないよ。だけど、君が目覚めた四十人の一人であれば違った結果が、だけどそれは可能性の一つに過ぎない。君は僕の娘を愛してくれた。それが全てだよ。だから僕は君の正しさ、そしてスズメバチと同化した祖先たちの正しさを信じてる。この世に真理があるとすればそれは結局のところ愛。そうであるとね」


「はい」


「ふふ、そして、スケベ心。それなくしては生きられない。そう言う事だよ、我が息子よ」


 強い家族愛、そう言うものに立脚する蜂やアリの生き方、それが正しい在り方だと俺は信じたい。それを証明するために戦うのならそれは正しい戦いだと思う。例え、妹の、アイリスの痕跡全てを消す事になろうとも。



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